栃木:蔵の街

栃木市内を観光してきた。全国で唯一の「県名と同名の市名でありながら県庁所在地ではない」、県内第三の都市というちょっと微妙な立ち位置ながらも意外に見所の多い街である。

栃木県の観光名所といえばまずは日光、鬼怒川温泉那須高原、あるいはあしかがフラワーパークなどが有名だが、実は栃木市も隠れた名所で、江戸時代の廻船問屋として栄えた栃木市には古い蔵造りの家屋が今も多く現存し、「蔵の街」と呼ばれている。
同じく江戸時代〜大正頃の建物が多い埼玉県川越、千葉県佐原と並んで「小江戸」と称される地域である⋯⋯のだが、どうにも知名度は今一つのような気がする。

8月の半ばまでで会期が終了となる足利市美術館の展示「顕神の夢」を覧に行きたかったので、ついでに栃木市で一泊して観光してきた。

宿泊

栃木市内のホテルはそう多くないが、駅すぐ横に真新しいホテルが1軒あったので、そちらに宿を取った。
business-activity-chanvre.com

アクセス性は抜群、1階はデリレストラン「FARMDELI」が入っているので食事にも困らない。




向かいのアンテナショップ「蔵なび」では栃木名産の土産物が買えるほか、ジェラートなどもやっている。

アクセス

栃木駅はJR両毛線東武日光線の接続駅であり、交通の便は悪くない。とはいえJRは、小山までなら上野東京ライン=宇都宮線で1時間20分程度、なんなら東北新幹線を使えばわずか40分で到着するものの、そこから栃木へは単線である両毛線での接続となり、その運転間隔は1時間に1〜2本と非常に少ない。対して東武日光線の方は少ない時間帯でも1時間に3本、多い時間ならば7本が運行されているので、これを使うのが賢明だろう。都内からは浅草・北千住から東武伊勢崎線、もしくはJR 宇都宮線栗橋駅から接続できる。
なお日光線両毛線も、ホーム停車時にドアが自動で開かないため乗り降りの際はドア脇のボタンを押すことを忘れずに。

今回は一泊したが、日帰りも充分に可能な距離ではあり、気軽に足を運びたい。

観光

駅からの大通りが「蔵の街大通り」である⋯⋯が、最初の500mぐらいはまったくその気配がない。だいたい700mほど進んで「文化会館入口」交差点を過ぎたあたりでようやくそれらしい建物が現れ始めるだろうか。




見世蔵の並ぶエリアの入口付近には「とちぎ山車会館」があり、隔年で行なわれる「とちぎ秋まつり」に使われる人形山車が常設展示されているそうだが、このときは臨時休館中であった。
そして、その先700mぐらいで蔵の街大通りは終わってしまう。
実は蔵の街大通りは街のメインストリートではあるのだが、観光名所としてのメインはこの通りではないようだ。

大通りの西側には「巴波(うずま)川」という小さな川が流れている。川にかかるたくさんの橋から水面までも2mあるかどうか、川幅は広いところで10m程度か、水深もごく浅く、澄んだ水を通してたくさんの鯉の姿がよく見える。、小舟しか通れそうにない穏やかな川であるが、「渦巻く」を語源とすることからもわかるように、かつては幾度も氾濫した荒れ川であったらしい。

江戸時代には徳川家康の遺骸を駿府久能山東照宮から日光東照宮へと改葬するにあたり御用荷物をこの河岸へ水揚げしたところから舟運が始まり、江戸時代には運送のハブとして大いに栄えたという。今でも川沿いに蔵が立ち並び、そのうちいくつかは資料館などとして公開されている。

また当時を偲んで観光用の小舟で川面を行く遊覧船が運行されている。

この川沿いの散策路が、まず駅からほど近い観光スポットの中心となる。
川岸にはガス灯を思わせるレトロデザインの街灯が立ち並び、夏場は灯籠が置かれ水面に灯りを映す。だいたい18:30〜19:00頃から灯り始めるようだ。



一方、大通りと川の間には「蚤の市通り」と名付けられた通りが走っている。ここは終戦まもない1953年から2011年まで定期的に蚤の市が開催されていたらしく、通り沿いには古道具屋などをはじめとしてちょっと洒落た店が立ち並ぶ。



なお蚤の市は2022年に復活し、今年も10月末に行なわれるそうだ。

通り沿いで見かけたこちらのお店は蔵を改装した、ええと⋯⋯シルクスクリーンプリントによるアパレルデザインやヴィンテージ品販売、キッチンカーまで幅広い謎の店。
bpljbplj.com




店内にはまめしば氏の姿も。大変おとなしい子で、ゆっくり撫でさせてもらった。

大通りも川沿いの散策路も蚤の市通りも、しばらく北へ進んだところで県道と交差して途切れる。
これで終わりか、と思いきやその北側になにやら古い洋風建築が。

実はここから先に伸びる「日光例幣使街道」こそが重要伝統的建造物群保存地区、古い建物がもっとも密集する地域であった。
日光例幣使とは江戸時代、朝廷から幣帛を奉献するために京から東照宮まで遣わされた勅使のことで、この道が当時の主要な街道であったらしいことが伺われる。







(余談ながら日光例幣使は道中で沿線住民に朝廷の権威に基づいた下賜品を配る見返りに金銭を得ることで金策に窮する公家の収入源となり、ときには勅使が駕籠を揺すって「朝廷の使いに失礼な」と担ぎ手に因縁を付け金銭を巻き上げるなどの狼藉をはたらく者さえおり、それが金品を強要する「ゆすり」の語源になったのだとか⋯⋯)


途中に小さな喫茶店のようなものを見付けた。シェアキッチン「Chidori」だそうだ。

walkworks.co.jp
古いとはいっても昭和初期ぐらいの小さな民家をシェアキッチンとして、曜日ごとに違う店が入っている。たまたま木曜日に訪れたのでTwilight Coffeeというコーヒー店だった。

「くらもなか」は栃木市の象徴である蔵の形をした最中皮に各店で独自の具を詰めるものらしく、Twilight Cofeeさんでは小豆餡と胡桃というシンプルな組み合わせ。香ばしさと甘味がコーヒーによく合う。

「カスカラのソーダ」はコーヒーの果肉シロップのソーダ割り。ちょっと他では見たことのない珍しさに注文してみたが、甘酸っぱく香りの良い飲み物だった。

お手製のパウンドケーキでいただく。

実は栃木市コーヒー店が軒を連ねる「コーヒーの街」なのだそうで、多くの店でコーヒーチェリーあるいはカスカラの名で果肉ソーダを提供しているようだ。


そのうち一軒、悟理道珈琲工房では夏らしくクリームソーダエスプレッソアフォガートをいただく。

コーヒー店だけではなく、大正時代の洋館を改装したレストランのメニューにまでコーヒーチェリーソーダがあった。



巴波川から更に西、県立栃木高校は明治時代の旧制中学を前身とする、創立120年近い由緒ある学校で、大正時代に天皇行幸を記念して建てられた図書館「養正寮」は国の有形文化財に登録されている。

その向かいにあるのは市立文学館、こちらも大正時代に建てられたもので、初代栃木町役場庁舎だったもの。




1階は入場無料で、2階が文学館となっている。



栃木出身である日立製作所の創業者、小平浪平と初の国産電動機が展示されていた。

この奥には市立美術館もあり、そちらは2014年まで同地にあった二代目市庁舎の跡に建てられている。
なお現在の市庁舎は大通りに面した、元福田屋百貨店の建物に入っている。同店が撤退したとき、ちょうど庁舎が築50年を越えて建て替え時であり、また平成の大合併の結果として手狭となり複数の建物に部署が分散していたことから新庁舎が求められていたが、既存建物の改築ならば新築に比して1/3の費用で済むと見積られ、また地元住民から百貨店の撤退に伴う人流減少への対策要望もあったことから百貨店の建物を改築し2階以上を市庁舎とし、1階には東武百貨店を誘致したとのこと。

川沿いに宿へ戻る道すがら、洋館を発見。

登録有形文化財に指定さた大正時代の医院であった。「栃木病院」の看板があるが、なんと現在でも現役の病院として営業中である。

実は蔵の街大通りより東にもいくらか古い建物があるのだが、そちらにも大正時代頃のものと思しき古い医院が。



残念ながらこちらは文化財としての登録はなさそうで詳細不明、また営業中かどうかも不明であった(入口付近の改修状況などから見て、少なくともごく近年までは現役であったと思われる)。