アニメ「裏世界ピクニック」の改変意図と影響を探る

ホラーSF百合小説「裏世界ピクニック」がアニメ化された。

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アニメとは「公式の二次創作」のようなものだ。小説とはまったく異なる都合に合わせて作られるため内容を完全になぞるのは難しく、必要に応じて改変が行なわれるのは当然のことではある。
ただ、裏世界ピクニックの場合、その改変理由、とりわけ順序の変更理由がよくわからない。
原作との違いを追いながら、改変の意図を探る。
(なお未放映回の内容に触れるネタバレ部分があるので注意のこと)

フェブラリー時空問題

1話「くねくねハンティング」2話「八尺様サバイバル」までは原作通りの順だが、3話「巨頭の村」はアニメオリジナル脚本であり原作にはない。こうしたオリジナルエピソードを差し込むことは珍しい話ではなく、ここまでは穏やかに見ていられた。
しかし続く4話「時間、空間、おっさん」は、(原作に於いても4話目のエピソードではあるのだが、3話「巨頭の村」によって1話分の後ずれが生じているので)実際にはこのタイミングで挟まるエピソードではなく、アニメだと5話である「ステーション・フェブラリー」(および、続く6話「ミート・トレイン」)の次にくるはずのエピソードだった。ここでまず、前後が入れ替わっている。

この入れ替えによって、「八尺様の後の打ち上げに」鳥子が小桜に売り付けようと持ってきた(が買い取ってもらえなかった)帽子をかぶったことで裏世界へ、という流れだったものが「時空のおっさん回の後にまだ帽子を持ってる」という若干不自然な流れに変わってしまった。ついでに言えば打ち上げの場を、新宿の居酒屋ではなく「時空のおっさん」回と同じ池袋のカフェとしたことで「小洒落たカフェで居酒屋メニューを食べる」という不自然さも発生している。だがまあ、これらはそこまで大きな瑕疵というわけでもない。
また原作では時空のおっさん回で「ステーション・フェブラリーから小桜にかけた電話による異言」と、「裏世界では読めないものになる表世界文字」の話から説明される、裏世界に於ける認知への干渉と恐怖を引き起こす外因の話が消えてしまった。そのため「理解ってしまった」鳥子が語る、「彼らは恐怖を通じてアクセスしてくる」という認識が裏世界真実なのかただの異言なのか、判断つかなくなってしまった。こちらはより重大だとは思うが、そもそもアニメでは全体に説明の省略が著しいため、(順序の改変それ自体によるものとしては)結果的にそこまで大きな影響を及ぼしてはいないのかも知れない。

むしろ「表世界内で複数の怪異が発生し、裏世界へ引き摺りこまれ、空魚の目によって『ヒトをヒトでないものに置き換え』、最後に『冴月の姿をした何か』を破壊する」という高密度な物語を、前後2話構成とせず単話で描いたことによる詰め込みすぎで説明不足の方が、順序の問題よりも深刻ではある。実際このあたりで「意味がわからん」とだいぶ脱落者が発生したのを観測している。

順当に描くならば3〜4話でまずフェブラリーを、5〜6話で時空のおっさんをやるべきであるところ、敢えて逆にした理由は(物語上からは)判然としないが、これは恐らく前半の山場となるべきステーション・フェブラリーを「放送タイミングとして2月Februaryに合わせる」ためではないかと思われる。そして時空のおっさんを2話にせず、アニオリ回を挟んでまで1話に圧縮したのも、ステーション・フェブラリー回を「初の2話連続」としたかったためではないか。

敢えて時間・空間・おっさんをステーション・フェブラリーよりも先にすると、続けてきさらぎ駅救出作戦の実行が可能になる。当初はそういう狙いもあったのではないかと考えていた……のだが、アニメはなぜかきさらぎ駅からの脱出先を沖縄に設定、そのまま7話で「果ての浜辺のリゾートナイト」へと突入した。

ミートリゾート問題

実は(これは話順の変更とは全く別の問題なのだが)アニメ版では6話「ミート・トレイン」回に対する視聴者からの反応として、「親切にしてもらった米軍の忠告を無視して迷惑をかけた上に、置き去りにして逃げた」と主人公二人に対してヘイトが向けられてしまった経緯がある。実際には、米軍が親切であるとか置き去りにしたとかいった認識は描かれた内容に照らして正しいものとは言えないのだが、視聴者に「そういう印象を与えてしまった」こと自体は覆し難く、これによってもまた離脱者が続出した。
ここで次週に救出作戦が予告されていたならばそのようなヘイトなどすぐに消えただろうが、なぜか救出は後回しになった(TV版では漫画版CMで救出作戦の存在がアナウンスされているのだが、Web配信版ではそれも伝わらない)。
原作でも救出までには1話空けているので、別エピソードが挟まること自体がそこまで悪いというわけでもないのだが、流石にリゾート回を持ってくるのは失敗ではなかったか。

原作では、(他人に無関心な空魚とは対照的に)鳥子は脱出後にも米軍のことをずっと気にかけていた。冴月捜索にも米軍救出にも気が急く鳥子に対し、恐怖で気後れする空魚の意見が割れて喧嘩別れするというのが、本来の「時空のおっさん」導入部である。
そして、無事に米軍の救出を終えて心配の晴れた二人が、そのまま沖縄で羽目を外して盛大に打ち上げを行ない、泥酔した勢いでリゾートに繰り出すのが「果ての浜辺のリゾートナイト」だった。しかし、それをきさらぎ駅脱出の直後に置いたことにより、アニメでの流れは「自分たちだけ無事に脱出できたことを喜ぶ」打ち上げということになってしまい、同時に鳥子が「行きずりに少し関わっただけの米軍のことさえ放っておけない心優しい」キャラどころか「置き去りになった米軍のことなど気にせすリゾートを満喫できる」キャラに変貌してしまった。この違いはあまりに大きい。
元々この二人は、些か常識を踏み外した人物ではある。鳥子は銃を携行している程度に遵法精神がないし空魚は他人を追い払って裏世界を独占したがっており、とりわけ二人とも恐怖感覚がだいぶ麻痺している。とはいえ「敵ではない人物の直面する死を笑って見過す」ほどに善性の壊れた人物というわけではない。この部分の「改変」(意図的なものではなく、結果として生じてしまったにせよ)は二次創作としても容認し難い「解釈違い」だ。

しかも、「米軍救出のために自分の(第二話で肋戸が遺した)AK-101やマカロフを持ってきた」「空魚用に米軍から銃をもらった」救出回を挟んでいないため、「丸腰で裏世界に入って丸腰で逃げた」ステーション・フェブラリー直後であり何も武器を持っていないはずの二人が、なぜか浜辺では銃を持っている。完全に前後の辻褄が合っていない。
その上、裏世海からの脱出のために八尺様の帽子を(原作通りに)解いてしまった。これは救出作戦に於いてふたたびステーション・フェブラリーへ入り込む手段として使われるはずだったもので、つまりこの改変によって救出作戦についても原作通りには展開できなくなってしまったわけだ。

もしかしたらこのエピソードは当初、原作通りに「救出作戦→リゾートナイト」の順で放映される予定で制作されていたのではないだろうか。しかし何らかの理由で突然、「ミート・トレイン→リゾートナイト」へと接続を変更することになったために内容の辻褄が合わなくなってしまった……と考えると腑に落ちる。原作ではきさらぎ駅から脱出して西部新宿線に出るはずのシーンのみ、沖縄へ出現するシーンへと書き換えられたのではないだろうか。
ただ、何故救出を後回しにしてまでリゾート回へと繋げたかったのかはまだ見えてこない。

猫の日問題

沖縄から帰ってもまだ、二人は米軍を救出しない。次に来る8話は「猫の忍者に殺される」、実話怪異としては微妙なエピソードながら、小桜以外の準レギュラーとなる「カラテカ」瀬戸茜理と、後に裏世界探検の足として活躍を見せる「たばこ管理作業車AP-1」が初登場し、またようやく冴月に連なる手がかりを得る重要な回でもある。ただ、救出を後回しにする必要のある回とは思えない。どうやらこのタイミングに当ててきた理由は初回放送日2月22日が「猫の日」であるからのようだ。

9話以降で判明しているタイトルを見ると、9話「サンヌキさんとカラテカさん」10話「エレベーターで焼き肉に行く方法」とある。9話は「猫の忍者」に続く流れではあるものの原作では3巻収録のタイトルであり、恐らくはアニメ最終話より後の時間軸にあるはずのエピソードだ。そして10話は焼き肉というキーワードから察するに、オリジナル回というより「救出作戦」の前半部(+オリジナル改変)である可能性が高い。つまり「2話構成となる救出作戦をミート・トレイン直後に持ってくると猫の忍者放送日が猫の日ではなくなってしまう」ために、話順を変更しリゾート→猫よりも救出を後回しにしてきたのではないだろうか。

このように、アニメ版は「2月にフェブラリーをやりたいから」話順を変更し、「猫の日に猫回をやりたいから」話順を変更している節があり、ストーリー上の都合ではない理由で行われた改変が無駄に物語の辻褄を歪めているように思われる。それが面白さに寄与しない(逆に邪魔している)のでは本末転倒ではないだろうか。

追記:


ということなので、どうやら「猫の日に合わせた」は誤解だそう。
だとすれば後半の順序変更は「ふたたび2話構成となる救出回を前回と連続させず間を空けたかった」ということなんだろうか。ならば余計に、4話を先に持ってきた意味がなくなる。

他に考えられるとすれば、(この可能性は低いと思って棄却したのだが)「原作に合わせ救出まで1ヶ月近く空く」のを、放送数として視聴者にも体感させたかった?
「ステーション・フェブラリーを2月に合わせた」のが事実だとすれば、そういう「作中と現実を合わせる」形の演出意図である可能性が出てくる。本作は「現実に存在するロケーションを絡め、現実に存在する怪異譚を登場させる」ことで現実と作品内の境界を曖昧にするタイプの作品だということができ、またその体験はそのまま空魚の「架空の怪異譚だと思っていたら本当に出てきてしまった」という認識と重なってゆくと言える……のだが、作中時期では6月頃だったものを2月に合わせたりせずに放映しているし、そのような重ね合わせが強く出ているとはいえず、狙っているとしても効果は弱い。
7話以降についてもそれは同様で、敢えて重ね合わせのためだけに並び順を変えて3週間も空けるべき理由はないように思われるし、救出から最終話が(原作準拠エピソードだとすれば)連続しているべき理由もなく、やはり順序変更の意図は理解し難い。

ただ、6話→7話の雑な繋げ方を鑑みるに、あの部分は本来連続する予定でなかったのではないかという疑念は晴れず、だとすれば「1年以上前には決まっていた」脚本を、後から変更した可能性もある……のだろうか?この辺りは流石に、制作体制を知らずには結論づけることができないけれども。

「クラロワ系」のスゝメ

スマホ向けのオンライン対戦ゲームで、俗に「クラロワ系」と呼ばれるジャンルがある*1。代表作「クラッシュ・ロワイヤル」に由来するカテゴリで、少数のカードで組まれたデッキを使い、時間回復するリソースを消費することでカードを出して戦わせ、敵陣のタワー破壊を目指すものだ。
1戦3分前後で済み、移動中の隙間時間などでも遊べる気軽な対戦ゲームである。

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クラロワ系とは

この説明ではちょっとイメージが湧かないかと思うので、もう少し詳しく説明してみよう。
クラロワ系のゲーム画面は縦長であることが多い。画面最下部には自分の手札とリソース量を示すゲージが表示されており、その上に自軍のメインタワーが、前方左右にはサブタワーがある。
ゲームの基本的な目的は、手札のユニットカードを戦場に召喚して相手陣地へ送り込み、相手のメインタワーを破壊することだ。サブタワーの方は破壊してもただちに勝利とはならないが、一定の対戦時間(3分程度であることが多い)でメインタワーが破壊できなかった場合にはサブタワーを破壊した本数の多い方が勝ちとなるし、いずれにせよメインタワーへのルートを塞ぐように建っているので、まずはこれを破壊する必要がある。

手札にあるユニットカードは、戦場の下半分、自分の陣地側ならば好きな場所に召喚できる。召喚時には、カード性能に応じてリソースゲージを一定量消費する。ゲージはおよそ3秒程度で1づつ回復し、上限は10だ。
召喚されたユニットは自動的に敵陣のタワーめがけて進軍し、途中で敵ユニットと遭遇すれば攻撃を行なう。基本的に、ユニットの行動をプレイヤーがコントロールすることはできない。
戦場は中央が水路などで区切られ、左右2本の細い橋などで繋がっている。互いのユニットは相手陣地へ侵攻するためこの狭隘部を通らねばならず、必然的に橋を渡ろうとするユニットとそれを阻止しようとするユニットが橋を挟んで衝突することになる。

ユニットは自動で行動するから、プレイヤーにできることは基本的に「ユニットを出すタイミングと位置を選ぶ」だけなのだが、ユニット同士の三竦み的な性能バランスの兼ね合いによって、ここに駆け引きが生じる。
たとえば、一撃が重いユニットは1対1だと相手に大きなダメージを与えることができるが、小さくて数の多い敵に当たるとダメージが無駄に余り、攻撃の遅さが仇となってなかなか殲滅することができない。
逆に小さくて数の多いユニットは、一撃のダメージこそ小さいが手数も多いので相手のHPをどんどん削ることができるし、敵の攻撃による被害は1体分で済むので生存性も高い。ただし一体一体のHPは低いため、範囲攻撃を受ければあっという間に全滅する。
範囲攻撃ユニットは群れ相手に極めて効果的ながら、火力そのものは高くないため単体で敵と戦うには不利となる。
また、各ユニットは原則として最も近い敵を攻撃するため、高いHPを持つ「盾役」を先に接敵させて相手からの攻撃を引きつけ、後方からHPは低いが高火力なユニットを当てるようにすると、打たれ弱いユニットでも安全に攻撃を継続できるので、大きなダメージが期待できる。

喩えるならば格闘ゲームに似ている。相手の攻め手に合わせ、それに強いユニットでガードすることで被害を抑えつつ、可能ならばカウンターへと転じる。
カードはそれぞれ性能に応じてリソースゲージを消費するので、攻めにも守りにも限度がある。相手が攻撃に要したコストよりも少ないコストで防ぐことができれば、反撃時には相手よりも多くのゲージを消費した攻勢が可能となり、防衛を圧迫できる。そういうイメージだ。
一方、格闘ゲームとは決定的に異なるのは時間感覚で、リソースゲージの回復にも召喚したユニットの移動にも時間がかかるため「相手の出方を見てこちらの手を考える」余裕があり、基本的には防衛優位なバランスとなる。勝敗は反射的な操作精度の差などではなく、リソース量の差により「打つ手がなくなる」形で決着する。

操作が単純で素早さを要求されず、また通信的にもシビアでないため、モバイル向け対戦ゲームとしていくつものタイトルがリリースされている。
課金スタイルは本家クラロワからほぼ一貫してPay2Winで、「カードを買う」ことで戦術幅を広げ、またカードごとのレベルを上げて性能を向上させる方式となる。だがプレイ報酬などでカードは順次入手できるし、レベルキャップの存在とラダー制、「互いのレベルを揃えて対戦する」ルールなどにより、無料プレイでもそう極端に不利ということはない。

新型クラロワ「ソウル・オブ・エデン」

本家クラロワはオーソドックスな西洋ファンタジーをモチーフとしており、ゴブリンやスケルトン、あるいは騎士や弓兵などを召喚して戦う。絵柄は良くも悪くもシンプルで物語性は薄く、「対戦」に注力したデザインだ。その影響から後発にもファンタジーものは多いが、少数ながらSF系や近現代戦ものなども存在し、またよりキャラクター色の強いものなどもある。
そんな中にあって、やや独自性の強い現役タイトルが、台湾RayArkの「ソウル・オブ・エデン」だ。

ソウル・オブ・エデン Soul of Eden

ソウル・オブ・エデン Soul of Eden

  • Rayark International Limited
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これはSFとファンタジーが混在したようなイメージで、4系統の種族それぞれに戦術が異なっているのが特徴である。
機械系ユニットの多い「共和国」や、昆虫と軟体動物を併せたような「異種」はRTSスタークラフト」やミニチュアゲーム「ウォーハンマー40000」的な雰囲気を持っている。獣人を中心とした「獣族」と、魔法を用いる人族の「帝国」はさしずめ「ウォークラフト」か「ウォーハンマー エイジ・オブ・シグマー」の方か。

それぞれの種族を、簡単に説明しよう。

共和国

機械ユニットの多い科学文明種族で、基本ユニットである2コストの「マリーン」をはじめ、射撃ユニットが充実している。またHPの高い「ディフェンダー」タイプが多く、「硬い盾役が敵の攻撃を引き付け後方から射撃ユニットで殲滅」という基本的フォーメーションに忠実な構成となっている。
接敵まで姿を隠し敵に狙われない「ステルス」能力と、初撃のみ特別な攻撃を加える「ファーストアタック」が特徴的。
また機銃掃射や爆撃など指定位置に範囲ダメージを投射するスペルを多く有し、敵後方への対応力に優れる。
多くのカードを異種にも提供しており、異種からも少数の供給を受ける。

異種

昆虫と軟体動物が融合したような外見の異星種族で、撃破した敵を味方に変える「マゴットクイーン」や自軍タワーにダメージを与える代わりに性能の高い「ソウル」系ユニット、自軍タワーHPが30%以下でないと性能が下がる「アボミネル」など、エキセントリックなカードが多い。
ディフェンダーに乏しい構成で防衛にはやや難があるものの、攻撃毎に回復する能力によってスペック以上の耐久性を発揮する。またデバフ系能力と除去スペルが充実、特に全カード中最大のコストを持つ「コントロール」は効果範囲内の敵ユニットを奪って我が物とする強力なカードで、これ1発で勝負が決まることも珍しくない。
少なからぬカードを共和国に依存しており、特にレジェンドユニットについては異種独自のカードを1種しか持たない。

獣族

獣人を中心とした魔法系種族。ユニット生産建物と回復系スペルが充実しており、手数での攻めに優れる。また持続時間の長い範囲ダメージスペルや強力な範囲攻撃ユニットも取り揃えており、乱戦には強い。
一方では全種族で唯一、除去系スペルを持っていないため、敵の大型ユニット対策が大きな課題となる。
共有カードでは多くを帝国に依存している。

帝国

魔法系の人類種族。自軍の他ユニット召喚をトリガーとして能力が強化される「センサー」能力持ちのユニットが多く、小型ユニットを次々に召喚して互いの能力を強化できるのが特徴。
またユニット生産系建物やバフ系・妨害系スペルも充実しているため、手数で攻めつつバフをかけて一気に削るような戦い方が得意。
全カード中最大コストのレジェンド「ヤコブ」はハイスペックなだけでなく範囲攻撃によって手数で削らせず、敵が召喚する度に貫通ダメージを放つためユニット追加で応戦されにくく、しかも味方を強化までするという構成で、これだけで勝負が決まってしまうことも少なくない。ただし高コストのため除去されると痛い。

クラロワとの違い

ソウル・オブ・エデンとクラロワの主な違いは、種族以外にも
・戦場が分断されておらず、タワーは1本のみ
・ユニットの配置を分散可能
・デッキは30枚
などがある。

クラロワでは戦場が中央で分断され橋のみで繋がっているため、侵攻ルートが橋からの直線コースにほぼ限定される。そのため迎撃体制を整えやすく、橋を挟んで膠着しがちだが、ソウル・オブ・エデンは戦場がひとつづきなので進軍を阻むものがなく、防衛線が横に広い。そのため単純に言えば攻勢有利なデザインになっている。
その代わり、ユニットカードを出すとき「指でなぞった線に沿って均等配置」できるという特徴がある。たとえば横一線に出して足止めしたり、敵一体を囲んで集中砲火を浴びせたり、あるいは縦列を作って一度に接敵する数を抑えたりといった、柔軟な運用が可能で、これによって戦場全幅を効率良く活用でき、ユニット配置の駆け引きが広がる。
また1デッキ8枚のクラロワとは異なり30枚構成なので使用できるカード種類が多く、そのぶんだけ「引き運」には左右されやすく、また相手の手の内を読みにくい。

基本的なところでは同じでも、細部の違いが意外に大きく、異なったゲーム体験を生んでいるように思う。
クラロワは初めてという人にも、慣れている人にも、新たな体験としておすすめの1作。

*1:成立の経緯などからRTS(リアルタイム・ストラテジー)やTD(タワー・ディフェンス)と呼ばれることもあるが、一般にRTSは資源回収・建築・研究開発・生産などを探索・戦闘と並行して行なうジャンル、TDは敵の侵攻ルートに防御施設を建て進軍を阻むジャンルで、ゲーム性はまったく異なる

GoToの経済効果と救命効果を推定する

防疫の基本はまず「感染源との接触を断つ」ことだ。とりわけ、CoViD-19のようにワクチンなどの医学的予防手段がない感染症の場合、「人同士の接触を抑制する」以外に抜本的な対策手段がない。
しかし、人の接触は日常的な生活、とりわけ経済のほぼ全てにかかってくるものだ。それを抑制するというのは即ち「経済を抑制する」ことと同義となる。

病は直接的に人を殺すが、経済の崩壊もまた人を殺す。従って感染症政策は単に「接触を抑制して流行を抑え」れば良いというわけではなく、それに伴い不可避に発生する経済低迷をも同時に支える必要がある。
理想的に言えば、相当期間の移動抑制要請を出しつつ、その代わりとして「外出せずに用を済ませる」ための体制構築と、経済活動の停止による減収への補償を全面的に行なうべきということになるが、それはもちろん容易なことではない。
それにどれほどの予算が必要かを見積もるのは困難だが、日本はそもそも(この期に及んでまだ)金を出し渋っている感がある。言うなれば、感染抑制と経済維持を同時に行なおうというのではなく「最低限の出費でどちらかダメージの大きい方だけ」を、ある程度軽減するに留めたいと考えているように見える。

恐らくは予算を必要なだけ支出しまくった先に訪れるであろう、「金の刷りすぎによるハイパーインフレーション」あたりを警戒しているのではと思われ、それ自体が(そもそも長らくデフレ社会である日本では)杞憂に過ぎる気はするのだが、私も経済に明るくはないのでこのあたりは判断しかねる。
さておき、仮に「出せるカネには限度がある」のだとすれば、少ない予算を効果の高い部分に絞って投入するしかないということになる。それが感染症抑制にかかるあらゆる経済負担を支えるには不足である場合、どこにどのように投じるのがもっとも効果的だろうか。

(このような「金と命」の比較については抵抗を感じずには居られぬものの、比較せずして政策の是非は語れまいと考え、逢えて「経済と人命の比較」を試みる。)

経済的ダメージとその人的被害

CoViD-19疫禍は世界的に経済、とりわけ旅客・観光業などに大きな打撃を与えた。国境を越えての感染を防ぐため入国をシャットアウトし、帰国に際しても2週間の予防拘禁が行なわれる状況では海外観光などおよそ不可能だし、国内旅行についても一番の書き入れ時であったGWを緊急事態宣言で潰さざるを得なかったのだから、当然のことだ。
日本観光業の経済規模はおよそ22.5兆円規模だが、これが前年比で2%程度にまで落ち込んでしまった。この状況が長く続けば、観光業界そのものが全滅し、それに伴って日本経済自体も重篤なダメージを受けることが予想される。

経済ダメージによる「死者」とは、主に自殺だ(餓死など困窮の果ての死もあるが、多くは餓死に至るよりも先に自死を選ぶことが多い)。
20年ほど前、大型の不況が自殺者を急増させた時期があった。
現在の自殺者は年平均で2万人前後だが、平成10(1998)年に突如3万5千人規模へと跳ね上がり、これが15年ほど続いた。前年の北海道拓殖銀行および山一證券破綻が引き金となり、それまでの貸し付け体制から貸し渋り貸し剥がしに転じたことによる影響と見られる。言うなれば、経済の低迷が年間1万5千人の「超過死亡」を発生させてきたということだ。
98年〜2002年までの間、平時1万を下回っていた倒産件数は2万件近くにのぼり、負債総額は平時1兆円程度だったものがピーク時では24兆円にも達した
これらを大雑把に纏めるならば「23兆円の負債増加が5千〜1万の超過倒産と1万5千の超過死亡を15年にわたり発生させた」ということになろう。

22.5兆円がゼロ近くまで落ち込んだという観光業界への打撃は、この時のダメージに等しい規模である。つまり、何の手も打たなければ再び1万5千人/年の超過自死が懸念される。

この危難に対して政府は観光振興策「GoTo」キャンペーンを打ち出した。
これは予算1.3兆円あまりを投じ、1泊2万円を上限として費用の一部を国が補助することにより、最大で2.5兆円程度の経済効果を発生させようという目論見だ。
政府発表に拠ればGoToキャンペーンの利用総数は、7月下旬の開始から11月半ばまでの時点でのべ5千万人以上。旅行代金のうち政府が補助する35%分の支出総額は3000億円程度とのことで、観光業界の売上はおよそ1兆円前後と見込まれる。

率直に言えば「焼け石に水」である。
無論「やらぬよりマシ」であることは疑いないものの、その効果は本来の経済規模に比して1/20にも満たないものに過ぎず、業界を支えるにはとても足りない。元々は終息後の経済復興策として考えられていたものを渦中での補填に転用したものだから、そもそも目的と手段がうまく噛み合っていない。
経済打撃による自殺者の増加が負債額とリニアに比例するものかどうかは不明だが、そうと仮定すれば23兆円あたり1万5千人の超過自殺者を1兆円ばかり軽減するGoTo政策の救命効果は、およそ650人程度と見積もれることになる。
それでも、今ひとときの1兆円がその後10年以上にわたり650人を救うのだとすれば、もしかしたら6500人程度の救命効果が得られたのかも知れない。こればかりは今後を見守るしかないが。

感染拡大への寄与とその経済的被害

一方で、GoToキャンペーンによる移動の奨励は国内の感染拡大を促進することが強く懸念される。冒頭で述べたように、現在のところ「人同士の接触を抑制する」以外に効果的な対策手段がない以上、移動を奨励し接触機会を増加させる政策は(経済的には望ましくとも)防疫的には最悪の部類だ。
実際、GoToキャンペーンが発表された7月頃を境に日々の感染者数は増加に転じ、また利用者の一部で感染が確認されもした。東大の研究事例では、GoToキャンペーンを利用した人がしなかった人に比べCoViD-19の疑いがある症状を2倍前後発症しているなど、キャンペーンが感染拡大に寄与したことを示唆する傍証はいくつもある。

GoToキャンペーンの開始以前から、緊急事態宣言の解除に伴い通勤・通学が再開され鉄道や商店にも客足が戻り、接触は平時の7〜8割程度まで増加していた。当然ながら感染もそれに応じて拡大してゆく。
そうした旅行以外での感染と、GoToによる移動人口増加での影響を切り分けるのは簡単ではない。
しかしながら、感染者数の変動をグラフで追ってゆくと、5月のGWを潰した緊急事態宣言によって、一旦はほぼフラットに近いところまで抑え込まれた感染者数の増加が、7月の後半から急激に増加する様子が伺われる。
通勤量は緊急事態宣言の解除後ほどなく宣言前の8割程度までは戻っているが、それによって感染の増加が見られるのは最も多くの通勤人口を抱える東京都周辺部のみで、その他では5月末のクラスター発生による増加の影響が見られる福岡県と、最初期に感染の広まりが確認されて以降、押さえ込みに苦慮している北海道だけ。他の府県では通勤が顕著に感染を広げた形跡がなく、それが突如として7月半ば頃を境に、全国で一斉に感染が増加している。
GoToの開始そのものは7月22日であるため、単純に「GoToを利用した人たちによって感染が増えた」のならば、その影響は利用日から潜伏期間の分だけ(5〜14日程度)後にずれ込むことになるはずだ。これを以て「GoToの影響ではない」と主張する向きもあるが、実際にはGoToは開始以後にのみ移動を増加させるわけではない。「国が旅行にお墨付を与えた」こと自体が、観光を中心とした遠方への外出をGoToに先立ち増加させたと考えられる。

単純に考えれば、GoToが行なわれず粛々と平時の通勤通学のみを続けていたのならば感染の増加はフラットに近い緩やかなものに留まり、今に至るもせいぜい3万に届くかどうかといった程度に抑えられていたかも知れない、と考えればGoToは感染を10倍にも引き上げてしまったことになる。
とはいえ警戒を長く続けることは難しく、どうしても気が緩む……というか、時には張り詰めたものを緩めることも必要になってくる。だとすればGoToがなかったとしてもフラットなまま抑え続けることは困難であり、ある程度の増加は避け難くもあっただろう。
そしてまた予測を困難にするのが、「感染者が増えるほどに増加割合も高まってゆく」という特性である。今の20万人がどこまで増え続けるのかによっても、GoToのもたらした影響の大きさはまったく変わってくる。

感染は、増えるよりも抑える方が時間がかかる。そして7月からの第二波は、抑え切れないままに10月頃から再び増加に転じ、現在の波がある。これが今すぐ沈静化に向かうとは期待しにくく、現在の増加割合のままであと1ヶ月も続くとしたら感染者数の累計は40万にも届きそうだ。

とりあえず、GoToによる影響を暫定的に、「感染者数30万人の増加」と仮定しよう。
CoVid-19の世界的な致死率は約2.2%だが、今のところ国内での致死率はそれより低く1.3%に抑えられている。これはひとえに医療現場が頑張って持ち堪えてくれており、他国で見られたような医療崩壊を発生させていないからだろうと思われ、今後もこの死亡率が保たれる保証はどこにもないが、さておき死亡率が変わらず1.3%のままで感染者が30万人増えるのだとしたら、死者はおよそ3900人増加することになる。死亡率が今後他国並みの2.2%にまで引き上がってしまうようであれば6600人程度。
ただ、感染者の増加に比して死者は(今のところ)大きな増加は見られず、もしかしたら死亡率はもっと低くなるかも知れない。それでも、感染者数がもっと増加するならば人的被害はそれに応じて更に増えるし、死を免れたとしても重い後遺症を引き摺る人も少なからず発生するから、実際には死者以上の「超過被害」があるわけだが。

功罪の比較と不足分

これで、(仮定に仮定を重ねた不確定な推計ではあるが)GoToのメリットとデメリットを、「人的被害」という同一単位系の上で比較できる情報が出揃った。GoToが救うかも知れない命は1年あたり650人ぐらい、もしかしたら10年前後続くかもしれないので6500人ぐらい。対してGoToで失われるかも知れない命はこの1〜2年内で3900〜6500人ぐらい。意外にも、「GoToで救われる数」と「GoToが増加させる死者数」には大きな差がないようだ。

ただ、これはあくまで「GoToをやって観光業界を救うのか、GoToをやめて感染被害を救うのか」という二択を前提としての比較である。
が、そもそも「どちらも救う」という選択肢はないのだろうか。単に「観光はさせないが観光業は延命させる」ことはできないのか?

GoToによる観光経済への直接的な寄与は今のところ1兆円程度に過ぎない。その程度の金額であれば、補正予算予備費として確保した10兆円の中だけでも十分に賄うことが可能だ。業界に直接給付してしまえば、なにも旅行を奨励して感染を広げる必要はない。それを「国の出費は1/3」に抑えようなどと考えるから、被害軽減のために被害を広げるようなおかしなことになる。
そして、業界を支えるにしては1/20程度の支援はあまりに非力だ。全額補償とは行かぬにせよ半額ぐらいは出せないと、ごく小数の大手が屋台骨のみ生き残って中小や大勢の業務従事者が失われる(そして来年以降に観光を復興するだけの体力が残されていない)結果になるのではなかろうか。
逆に、観光業が無収入でも当面継続できるだけの支援が可能であれば、移動を奨励して感染を拡大するような政策を打たずにこの局面を乗り切ってゆけるはずだ。

医療現場は既に限界近くまでフル稼働しており、いつ何時崩壊してもおかしくない状態である。諸外国の累計死亡者数を見ても、医療崩壊を引き起こしたら超過死亡はとても数千では済むまい。
そもそも人員の不足を抜本的に解消できる手段がないためジリ貧ではあるのだが、せめて最前線で死力を尽くしている人たちの心が折れぬよう、支える必要がある。
現状できる範囲で最大限の支援は(必要物資の補充と共に)一人一人への手厚い金銭的手当だろう。厚労省はこれまでに5〜20万円ほどの一時金は給付したようだが、継続的に奮闘する彼らを支えるには到底足りまい。
国内の医療従事者数は医師およそ30万人、看護師・准看護師で130万人、歯科医師・薬剤師などあらゆる医療従事者合計で200万人ほど。200万人に一人あたり平均10万円を給付するとして2千億円、毎月給付なら年間で2.4兆円。これも予備費だけで賄い得る金額だ。

予算は使ってこそ意味がある。「使い切らないと減らされる」と無駄に出費を増やして調整するのはどうかと思うが、確保するだけして後生大事に溜め込んでも意味はない。
医療も経済も、被害が小さいうちに食い止めなければ、 手を拱くほどに被害は拡大し、長く爪痕を残す。今出さずして後はないのだ。

1/35 四式甲脚砲乙型「呑竜」

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オランダで発明された連動式多脚歩行機構を取り入れた「ヤンセン式」駆動装置を採用した大型甲脚砲。
楊式は他の脚歩行メカニズムと異なり、歩行時の動揺が少ないため射撃プラットフォームに適しているが、その反面で機構上どうしても高さおよび幅が大きくなりすぎるという欠点も有する。
これを逆に利点と見做し、車体左右へ増設したデッキに歩兵を随伴させることにより高所からの砲撃・制圧射撃を行なう移動トーチカとして構想されたのが本機である。
上部には対戦車戦闘に適した75mm野砲、機体前方には70mm八連装噴進砲2門を備え、甲板上からは歩兵分隊重機関銃や擲弾筒で側方の敵を牽制する。機動拠点として歩兵中隊ごとに1機が配備され、堅固な防衛能力を発揮した。
本機は現地改修により、下方の死角を補うための機銃砲塔を機体下部に増設(型遅れとなった八九式戦車から移植したもの)。正面主砲を取り外し機銃に入れ替えたのは、この下部砲塔が歩兵の牽制目的であり対戦車戦の必要がないことと、前後に長い砲塔が脚部に干渉し180度旋回できない欠点を補うためだろう。

全長
5520mm
全幅
8050mm
全高
5355mm
固定武装
九〇式三十八口径七糎半野砲1門、四式七糎八連装噴進砲2門、九七式車載重機関銃2門
乗員
10名

──という設定の架空戦闘車両を作ってみた。元となったのはタミヤ1/35 日本陸軍 一式砲戦車と、テオ・ヤンセンのストランド・ビーストである。

呑竜という名は、「太陽の牙ダグラム」に登場する4脚戦車、アビテートF44B「テキーラガンナー」に由来する。テキーラ→竜舌蘭の酒→竜を呑む、という連想──つまり深い意味はない。一式砲戦車ベースなのに「四式乙型」なのも44Bという型番に合わせてのことで、1944年式=皇紀2604年式、Bなので乙型という。

「甲脚砲」とは、PS2の歴史改変SF戦闘ゲーム「RIng of Red」に登場する架空の歩行戦闘車両のこと。
第二次世界大戦中に開発された歩行戦車によって世界史が塗り変えられ、日本は本土決戦の末に南北分割当地されているという設定である。ゲームの主役となる甲脚砲/AFWは歩兵3班を随伴させ、うち1班が背面デッキに同乗し装填などを補佐することで性能が左右される、ユニークなシステムであった。
www.youtube.com
Ring of Red ベスト

Ring of Red ベスト

  • 発売日: 2001/09/27
  • メディア: Video Game

制作は「ヤンセンのストランドビーストに戦車くっつけたら面白いのでは」程度の安易な一発ネタから始まった。「大人の科学」にキット付きの号があるのは知っていたが、調べてみると同型のキットが安価に販売されているようだ(大人の科学オリジナル品をコピーしたのか、それとも元々中国あたりで作られていた安価なキットを大人の科学が取り入れたのか、そのあたりは判らない)。
脚部がシンプルな骨組とクランクのみで構成されており前近代的な雰囲気があるので、素体となる戦車の方も現代的なものではなく、開発黎明期の迷走ぶりが感じられる垢抜けない車種が相応わしいだろう。
戦車のプラモといえばまずドイツ軍だが、洗練されて格好良すぎるので避ける。米軍も合理的で無駄が少ない。迷走しやすいのはなんといっても英軍か日本軍、ということで適当に安めのキットを探す。

この時点では2000円を下回る九七式チハかM3グラント(原型は米戦車だが)あたりを候補としていたのだが、ストランドビースト部分が高さ11cm、前後長14cm、幅(1組3脚あたり)7cmと1/35に合わせるには結構な大きさだったため「これ足が盛大に左右へ張り出すな……いっそ足の上に台を組んだらテキーラガンナーっぽくなるのでは?」ということで方針を固め、じゃあ台の上に載せる歩兵も必要だなとキットを探していたら、ちょうどチハ車体ベースの一式砲戦車に歩兵4体が付属しており、そういうことになった。

左右甲板は1.2mm厚のプラ板に鬼目のやすりでざくざく傷を付け、5mm間隔で溝を掘ったものをL字材のフレームに載せている。大きさは8cm、35倍スケールではおよそ四畳半程度である。ここに土嚢を組んでいるので、兵が乗れる面積はせいぜい二畳程度か。
手摺りに利用可能な材が手元になかったため、サイズ統一しやすいランナーを利用したのだが正直だいぶサイズオーバーで、太さ3mmだから35倍すると10cmぐらいになってしまう。これは可能ならば適当な太さの材で作り直したい。
土嚢を載せたのはオリジナルテキーラガンナーの仕様ではなく、こちらの素晴らしいテキーラガンナーに大いに影響を受けたものだが、機関銃分隊を乗せるならば薄い防盾よりも安心感がある。
土嚢も鬼目やすりで縦横に傷を付けることで布地の毛羽感を出し、そこに土色と白でドライブラシをかけ、隙間にシェーディングを施している。今回の塗装でこれが一番ちゃんと手をかけたかも知れない。

左右に据える機銃のうち、ひとつは一式砲戦車のパーツとして付属していた、チハの車載機銃用と思われる軽機銃を流用するとして、もうひとつは重機銃が欲しいところだ。しかし日本軍の用いる機銃はキット化事例が少ない。というかそもそも日本軍が少ない。
大戦期ミリタリーものでの人気は、独軍>>>英米>ソ連>>>日本軍>その他という感じで、歩兵や装備品も独軍ならば豊富だが日本軍はごく僅かしかなく、最も安価に入手しやすいタミヤ1/35系だと「歩兵」「将校」たった2種である。
ピットロードからは九二式重機関銃チームがキット化されているのだが、生産数の少ないメーカーだけに価格が高価めで、これだけでストランドビースト+砲戦車を優に上回ってしまう。

既にある歩兵とダブってしまうというのも避けたかったので、安価なタミヤアメリカ軍小火器セットに入っている機銃を元にそれっぽく改造してお茶を濁すことにした。

九二式重機関銃は7.7mm弾で、米軍だと軽機関銃相当となるのでサイズ的にも合うM1919A6を素体にシルエットを適当に合わせてゆく。銃架にはM8無反動砲のものを流用。ただ、特徴的な放熱板を備えたバレルジャケット部がないとイマイチそれっぽく見えない……手作業での再現は困難と見て、2.5mm径のスプリングをかぶせてみたら、そこそこ良い感じになった。
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さて問題は下面である。
構造上、左右足の間に大きな空間ができ、ここが死角になってしまう。本来のテキーラガンナーでは足の間がもっと狭いので死角があまり意識されないのだが、本機の場合は左右に大きく張り出しているだけにどうしても中央の隙間が目立つ。また、(本来の戦車がそういうものなのかどうかはよく解らないが)このキットだと下面が真っ平らで何の装飾もなく、なんとも物足りない。戦車ならばそこを晒すことはまずないから気にもなるまいが、本機では地上から大きく浮かせているため結構はっきり見えてしまうので、何か適当なディティールを作り込まないと間が持たない。
というわけでこのあたりに機銃砲塔か何かを据えて、死角問題の解消とディティールの追加を狙った……のだが、どうも丁度良い砲塔が手に入らない。なにしろ普段はプラモを作ることもないので適当なパーツの持ち合わせなどなく、さりとて砲塔のためだけにもう一台買うのも無駄が多い。秋葉のYS mintにはランナー単位でのバラ売りがあるので物色もしたが、いい観じのパーツを手に入れることはできなかった。
諦めて自作を試みる。
参考にすべく日本軍戦車の画像などを探していたら、ガルパンの公式が無料配布している1/35八九式中戦車のペーパークラフトを発見したので、それを型紙にプラ板で砲塔をスクラッチすることにした。切り取った上面装甲にL字プラ材を切って「のりしろ」を作り、側面装甲を接着する。ただ装甲は垂直ではなく下方が広がっているため、そのままではうまく接着できない。また、どうしても多少の隙間ができてしまうので、そういうところはパテで埋めて成形してゆく。
ペーパークラフトだと鋲などの細かいパーツはは印刷で対応するわけだが、模型だと一つひとつ植えてゆくしかない。
砲塔の前後にはチハ用の車載機銃部品と思しきパーツを埋め込む。

脚部機構は左右に連結パイプが突き出て、その先にキャップを被せるようになっている。ちょっと収まりが悪い気がしたので、キャップの先にプラ板組みの装甲板を追加。中央を帯状にボルト止め加工してみたが、リベットをランナーに並んだ状態で接着して切り離せば綺麗に並ぶんじゃないかと思ったらポロポロ取れてしまって結局手作業で補修する羽目に。

テキーラガンナーは車体下部にロケットランチャーを備えているので、それっぽいものを自作する。
一式砲の誘導輪に空いている穴をテーパーやすりで徐々に広げ、3mm径のプラパイプを差し込んでランチャーとする。外径3mmだと35倍スケールでは10.5cmぐらい、内径2mmなので7cmぐらい。調べてみると大戦末期に試製四式七糎噴進砲という対戦車ロケット砲が開発されているので、これを八連装にしたものということにしよう。

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ざっくり形ができたところで塗装に入る。
テキーラガンナーに寄せてアースカラー単色塗装にしようかとも思ったのだが、日本軍だと兵士もアースカラーなのでメリハリが少なくなる気がして3色迷彩に。しかし迷彩は格好良く塗るのが難しい。どうにもバランスが悪くなって、誤魔化すためにシェーディングとドライブラシで覆ったら、結局塗装全体のメリハリがなくなってしまった……
せめて多少なりとアクセントをと、各所にダークオレンジで錆を入れてみた。
全体として粗が多い、というかぜんぜんまともに塗れていないが、しんどくなってきたのでこれぐらいで打ち切る。

脚はサイズ確認のため無塗装で組み上げてしまったのだが、素のままのアイボリーカラーでは流石に全体の雰囲気から浮いてしまう。しかしパーツが多いのでバラして組み直すのはしんどいし、できれば可動状態を保ちたかったので、染色スプレーであるらしい「染めQ」を吹いてみた。しかし結局これも塗膜を作るには違いないらしく、動きが鈍くなるわムラができるわで正直ひどい仕上がりなのだが、まあこれもある種のウェザリングみたいなものと開き直ってそれ以上塗らずに済ませてしまった。余裕があれば改めて塗るかも知れないが。

できあがった頃には日が沈んでいたので自然光下で撮影できず、家の中で光源の良い箇所を探したら「洗面所の白い洗濯機の上」が最良ということになった。背景になんかちょっと写り込んでいるのはそういう理由である。

家事の自動化について

人は仕事のために生くるに非ず。仕事は可能な限り省力化したい……と人類は昔から考え、実現させてきた。
もちろん家事についても例外ではなく、あの手この手で省力化が図られてきた。日々繰り返される仕事であるからこそ、その自動化はQoLに直結する問題と言える。安く済ませて手間をかけるより、多少金がかかってでも効率を重視した方が、結局は人生が豊かになろうというものだ。

衣類に関する家事には、主に「調達」=不足分の把握と購入、「メンテナンス」=着用した衣類の洗浄と破損箇所の修復、「管理」=収納と季節に応じた入れ替え、などがある。
このうち、調達と管理は手作業でないと対応が難しい。
調達に関しては通販も可能だが、なにぶん「体に合わせる」必要があるためフリーサイズでもなければ試着なしには購入を決め難く、実店舗へ足を運ぶ必要性が高い。もっとも最近では自宅での試着後返品を受け付けるものも多く、通販のリスクも低くなったが。
管理については、ようやく衣類畳み機が開発されつつあるが、普及価格帯で登場するのはかなり先のことだろう。季節ごとの入れ替えは、省力化するとしたらたとえば衣類収納ボックスを季節ごとに分けて用意し、変わり目にボックスごと入れ替える……ぐらいだろうか。いずれにせよ自動化は困難なので手作業でやるしかない。

一方、日常的なルーチンワークとして要請されるのはメンテナンスだが、この分野については既に自動化技術の蓄積がある:つまり洗濯乾燥機だ。
洗濯機は17世紀には発明されている最古の家事自動化装置であり、電気の普及による自動化が進んだ20世紀には急速に発達、1937年には脱水までの行程が全自動化され、1953年には乾燥まで含めた自動化が実現している。

洗濯乾燥機

今や洗濯機を持たず手洗い洗浄している人はまずいないと思うが、洗浄だけでなく乾燥まで一括で行なえる洗濯乾燥機もかなり普及した。濡れて重たい洗濯物を運び、1枚1枚広げては物干しにかける作業が不要となるだけでなく、天候や時間に関わらず洗濯可能になるというのも大きい。
縦型タイプならば乾燥機能付きで5万ぐらいから、ただし乾燥能力は低く少量の衣類を長時間かけて乾かすことになるため効率が悪い。価格は倍以上になるが、大容量の洗濯乾燥を可能にするドラム式をおすすめする。
一部機種では「風アイロン」「ふんわりキープ」などシワ伸ばし機能を謳うものもあり、これと衣類側の「形状記憶」などを組み合わせると、アイロンがけの必要性も抑えることができ、さらなる省力化が実現できるだろう。
どの機種でも基本的性能に大きな差はないが、細かいところでは結構使い勝手に違いが出る。実際に使ってみて比較したいところだが、洗濯機ともなると容易ではない。
以下はあくまで発売時期の異なる2機種での比較を元にしており、メーカーごとの差異として捉えて良いかどうかは疑問も残るが、参考までに必要性の高い機能・性能について記す。

静粛性

運転音が大きい機種だと夜間に洗濯しにくい。特に集合住宅では階下などに気を使うことになる。カタログスペック上、運転時の騒音はほとんどの機種で40db前後とかなり抑えてはいるが、スペックに出にくいところで「脱水開始時の振動」は結構違ってくる印象がある。
脱水はドラムの高速回転による遠心力で行なわれるが、このとき回転速度の変化に伴い一時的に揺れが激しくなる場合がある。とりわけ洗濯物がドラムに均等分散していない時ほど大きく揺れるわけだが、横向きドラム式の場合は必然的に回転槽の下側に洗濯物が寄った状態から回転を始めるわけで、これをうまいこと分散させつつ回転速度を高めて振動を安定させるノウハウには各社に差がありそうだ。
8年前の日立機よりも、今年のパナ機の方が振動抑制では断然勝っていたが、これが8年間での技術蓄積によるものかメーカごとの差なのかはわからない。

フィルタのメンテナンス性

洗濯乾燥機には、流水の糸屑を漉し取る網状フィルタと乾燥時の綿埃を捕える乾燥フィルタが付いている。これは基本的に運転の度に(でないとしても2〜3回に一度は)掃除する必要があるのだが、掃除しやすさが機種によって結構違う。
日立機は網状の糸屑フィルタを持ち、目に詰まるダストをブラシなどで掻き落とす必要があった。パナ機はフィルタが櫛状のため絡まったダストを取り外しやすい。
また日立の乾燥フィルタは不織布のシートで囲われたボックス内側に張り付いた糸屑を掻き出さねばならなかったが、パナ機では目の細かい平滑な金属メッシュになっているためフェルトのように積もった綿埃がするりと剥がれ、除去の楽さが断然違う。

ピーク消費電力

これはどちらかというと我が家に特有の問題という気もするが、高電力家電が想定されていない時期の家屋であるため台所と洗面所がひとつの分電で賄われており、20アンペアを洗濯機とオーブンレンジ、炊飯器、食洗機などで分け合っていたため、「洗濯機の稼働中に調理家電を動かすとブレーカーが落ちる」という状態であった。そのため洗濯機の買い替えにあたっても乾燥時消費電力の抑制は優先度の高い条件であった。
ただ実際には調理家電が最大11〜14アンペア程度を、洗濯機が6〜8アンペア程度を消費する(その他に冷蔵庫なども常用される)ため、結局のところ同時利用は難しい。
台所と洗面所の配電が分かれている場合には、ここはそれほど気にしなくて良いだろう。

洗剤自動投入

これは逆に必要性の低い機能として紹介しておく。
予め洗剤ボックスを満たしておくと洗濯のたびに必要量だけを投入、残量が少なくなるとランプが点く。洗濯開始時に洗剤投入する手間が省けはするのだが、そもそも1分もかからない作業であるので、そこを省いてもあまり手間は変わらないし、「計って入れるのが面倒」な向きには錠剤型などで洗濯物と一緒に入れておくだけの計量不要な洗剤も存在する。あって困ることはないにせよ、この機能のためだけに高い機種を選ぶような必要はあるまい。

食事に関する家事は主に「調達」=食材や食品の購入、「調理」、「片付け」がある。
調達は、自動化しようと思えばできる:たとえば【Oisix公式】初めての方限定「おためしセット」はこちら生協の宅配パルシステムのような食材の定期購入サービスを利用すれば日々の献立に必要なものがレシピ付きで届くし、そこまではしないにしてもネットスーパーなどで注文すれば、少なくとも食材を持ち運ぶ労力は軽減可能だ。

調理については、多様性がありすぎて単純な自動化は難しいものの、逆に部分的な自動化は結構進んでいる。たとえば炊飯器は細かい火力調整を全自動で行なうし、米研ぎも無洗米によって不要にできる。オーブンレンジなどでもレシピ機能付きの半自動調理が可能だし、あるいはいっそ調理済み食品を購入しておけばレンジ再加熱など簡単な調理のみで済ませることも不可能ではない。

片付けに関して一番負担になるのは食器の洗浄だが、こちらも1893年には手動式ながら現代の電動食洗機に通じる原型が既に登場しており、自動化技術が充分に普及している。大容量のものなら調理に使用したフライパンなどの大物も含めて一度に洗浄可能だが、水栓直結のための工事が必要になる。そこまでしたくない場合は、(いちいち水タンクに汲む必要が生じるものの)工事不要の小型機も登場した。

住環境に関する家事でもっとも日常的に行なわれるのは、掃除と片付けだ。
この分野の自動化はもっとも遅れていて、20世紀初頭には電気式吸引型の掃除機が出現してはいるものの、つい近年まではずっと人が手作業で掃除するしかなく、人の手を離れたのはようやく21世紀に入ってからだ。片付けに至っては今でも手作業である。
平滑な床面を掃除することしかできない自動掃除ロボットは、それゆえ「床に障害となる物を置かないように生活する」習慣を発生させ、結果として片付けについても意識的に実行されることになる。

掃除ロボットは予め指定したスケジュールに従って自律的に家中を掃除してまわり、充電も自動で行なうが、いくつかの不慮の事態によって掃除が中断される場合もある:ひとつは段差などを認識できず引っ掛かって行動不能になる場合。ひとつは掃除中にゴミが一杯になる場合。そしてもうひとつは、ホームに正常に戻れず充電が行なえなくなる場合だ。
障害地形についてはしばらく見守りながら運用してみて、引っ掛かりやすい場所に乗り上げないようバリアを形成したりなど運用を最適化するしかないが、ゴミ量に関しては恐らく運用では解決できない問題である。在宅中であればゴミを捨てて再実行させてもいいが、それでは外出中に掃除を任せたりできなくなってしまう。ソファやベッドの下など狭い場所にも潜り込んで掃除させたいロボットは大きさも高さも抑える必要があり、どうしてもダストボックスの容量が犠牲になりがちである。ただし上位機種では充電ステーションにゴミ回収機能の付いたモデルもあり、ダストボックスが一杯になっても自動回収によって掃除を継続できる。
充電問題は、(ホームベースが障害物で塞がらない限りは)ロボット側で自動調節可能な問題のはずだが、実際にはなぜか失敗しがちである。接点の接触が悪い場合はメラミンスポンジなどで磨くことで解決できる場合もあるようだが。



我が家ではRoombaの導入以降、Dysonの出番がなくなった。日々の床掃除はRoombaが、スポットで処理したい時はハンディ掃除機で充分に賄える。

江の島キャンドルナイト

江の島に行くのは3回目。初回は新江の島水族館目当てで島へは渡らず、2度目は船で島の裏側から上がってきたが、今回は橋を渡って正面から登る。

橋の右側に見えてくる円筒形の建物は温泉施設。
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橋を渡ると、200年前のものだという青銅葺きの鳥居が見えてくる。その奥に見えているのは辺津宮へと至る、竜宮城をイメージしたという「瑞心門」。
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途中には食事や土産物の店に並んで旅館の門も。ここは岩本楼、登録有形文化財となった「ローマ風呂」で知られる老舗である。元は鎌倉時代に開かれた宿坊であったという。
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www.iwamotoro.co.jp

これが瑞心門。望遠で圧縮された写真だとすぐに見えるが、実際には上り坂を150mぐらい歩く。
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これをくぐって階段を登れば辺津宮に行き着くが、ずっと階段を登ってゆくのは結構しんどいので私は上り専用の有料エスカレーター「エスカー」を使う。
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辺津宮を抜け、ちょっと下った先に次のエスカーが。これを上れば中津宮に着く。
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ここには水琴窟があり、近付くとセンサーにより水が流れ、水盤から零れた水が地下に埋められた甕へと降って水音を響かせる。
水が流れているうちはその音でかき消されやすいので、水が止まってからしばらく耳を傾けると、水滴が水面を揺らす柔らかな音と、それが甕の側面に反響する硬い音とが混じった、なんとも言えない音色が聴こえてくる。

最後のエスカーを登るとその先は、左に展望デッキ、右にサムエル・コッキング庭苑に挟まれたちょっとした広場が。たこせんべいに行列ができていた。
奥津宮だけは、他の宮と離れて江の島を二つに分ける断崖を渡った先にある。
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この茶屋通り、実はまっすぐ富士山を望む向きに作られており、天候によってはなかなかの景色が望める。
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江の島は古くからの観光地だけに、食事処も土産物屋も「古い」店が多いのだが、奥津宮までの通り沿いは古さを生かした新しいカフェなど雰囲気の良い店も入り混じってくる。上まで登ってからなにか食べるなら、そういう店をおすすめしたい。
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このCafe Maduは白い壁に囲まれた、広いオープンテラスを備えるセルフスタイルのカフェ。
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そのテラスからは近くの樹上に鳶の姿も。このあたりではかなり近い位置から、たくさんの鳶を見ることができる。食べ物を攫われないよう注意。
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そういえば、広場のところで皆が上を見上げていると思ったら電線をリスが走っていた(素早く木を駆け登って消えたので撮れなかったが)。尾がかなり太いように見えたので、かつて飼育され台風で破損した小屋から逃げ出し住み着いたというタイワンリスだろうか。

一連の店舗群を抜けた先には奥津宮がある。
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さて、今回の目的は江の島観光それ自体ではなく、サムエル・コッキング庭苑で行なわれるライティングイベント「湘南キャンドル」である。
enoshima-seacandle.com
なお「仏壇用のろうそく」製造企業としてよく知られるカメヤマローソクの協賛であった。

16:30からの入場チケットを予約してあるので、時間に合わせて戻る。
ちょうど夕日の時間帯に差し掛かり、展望デッキから染まりゆく海が楽しめる。
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庭苑内の展望灯台「江の島シーキャンドル」もライトアップを始めたようだ。
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空はまだ明るいが、苑内には既にキャンドルが灯されている。本物の蝋燭を係員が1本づつ着火してゆくらしい。
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展望台下にはカフェがあり、その向かいにはキッチンカーも出ている。
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空が暗くなってきてからが本番である。
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ところで、苑内にある展望灯台「シーキャンドル」にも目を向けよう。
かつては剥き出しの螺旋階段で登る展望灯台があり、塔を運営する江の島電鉄の開業100周年に合わせて現在の形にリニューアルされた。更に元を辿れば戦前、二子玉川に設置されていた落下傘訓練塔の転用だったのだとか。
当時の姿は以下のサイトなどで知ることができる。
www.j-fab.co.jp

ともあれこの灯台、なかなかの人気で長蛇の列ができていた。昇塔券の販売がストップすることもあるので登りたい人はお早めに。
塔の基部から上を見ると、鉄管組みの躯体とエレベーターシャフトを取り巻く螺旋階段が楽しめる。
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展望台は2層になっており、下はガラス張り、その上はオープンデッキになっている。撮影するならガラスの反射がないオープンデッキ一択。
灯台でもあるので、デッキの上には灯室が。
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ここからは相模湾が一望できるが、夜なので陸の灯を見る方が楽しい。
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魚眼で足元を撮ってみると、無数のキャンドルがこちらも星のように。
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夜景もいいが、実は昇塔待ちの列とは別に2階のオープンテラスへ上ることができる。ここはソファなどが置かれゆったりと寛げる空間になっている。もう完全にデート空間だこれ。
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さて、すっかり暗くなった苑内を暖色の光が照らす。
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明かりだけでなく小物も配置されており、何も準備がなくても雰囲気ある写真が撮り放題。
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こちらは木から吊り下げる形で展示されていた。作家もののキャンドルであるらしい。
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小径の脇に並べられていたり、
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植木の枝にかけられていたり。
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箱を積んで高さを出している、フォトスポットエリアもある。
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うまくローアングルで狙うと、キャンドルとシーキャンドルを一度に収めることも可能だ。
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入口付近には、明治時代にこの場所に作られた温室の煉瓦積み遺構も。
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このあたりには雫型のガラス器に入れられたキャンドルもあり、透かして光る色とりどりのボケが楽しめる。
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苑を後に坂を下る。エスカーは上りだけなので、下りはひたすら坂と階段である。

夜の瑞心門。
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土産物屋もすっかり閉店。
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駅への橋から、海面に映る灯りを撮る。
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行きは大船から湘南モノレールを使ったのだが、山を越えるダイナミックな路線でジェットコースターよろしく上下左右に振り回されるのには些か閉口する。懸垂モノレールなのに地面すれすれを走って地上駅舎だったりトンネルくぐったりする興味深い路線ではあるのだが、帰りは小田急を使うことにしよう。
小田急片瀬江の島駅……なんだこの駅舎。瑞心門と同様に竜宮城イメージであるらしいが……
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快速急行に乗れば新宿までは1時間ちょっと。気軽に足を伸ばせる、素敵な観光地だ。

葛西臨海水族園と水上バス

建物老朽化のため移転するという葛西臨海水族園へ行ってきた。長いこと行動圏内に住んでいながら、訪れるのは初めてだ。
www.tokyo-zoo.net

新型コロナ禍のご時世、入園前に予約が必要だという。毎週土曜日を境に、翌週分を予約可能な仕組みになっている。
葛西臨海公園有楽町線との接続駅である新木場と東京ディズニーリゾートの最寄り駅である舞浜とに挟まれて快速の停車しない場所だが、公園は思ったより人で賑わっていた。

予約確認の後、チケットを買って中へ。木々の間を進むと、ほどなくエントランスが見えてくる。ガラス張りのドームの周囲は水を湛えた池になっており、水面の反射が楽しめる。夕焼けを写せたら楽しそうだが、なにぶん最終入場時間が16時なので撮影スポットとしては些か厳しい。
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開園当時はたいへん勢いのある水族館だったそうで、今でもその人気が衰えたわけではないが、近年の新興水族館のような目玉展示に欠ける印象は否めない。逆に言えば見世物的展示形態ではない、ごく真面目な水族館である。
予約制によるものか館内は人が多くなく、落ち着いて展示を楽しむことができる。今回は迂闊にも明るい中望遠を入れ忘れて30mm F2.8マクロと45-175mm F3.5-5.6を中心に撮影せざるを得なかったのだが、如何せん暗い場所の多い水族館内でコントラストAFでは、まともにピントを合わせるのも難しい。そういうわけで館内の写真は少なめ。
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客層は子連れ多めで、小さな子供たちが熱心に水槽を覗き込んだり奇声を発して走り回ったりしていた。
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ヒトデの隣に写る小さな手が可愛らしい。

東京湾の魚や水産資源の紹介ゾーンでは、上にキャットウォークが設けられバックヤードを見学できるようになっている。こういうのはとても良い試みだと思う。
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外には水辺の生き物に触れるゾーンがあるのだが、このご時世で接触を避けるため中止されていた。

ペンギンゾーンでは多数のペンギンがのんびり寛いでいるところをゆっくり観察できる。
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イワトビとフンボルトは同じエリアにまとめられているが、フンボルトがだいたい水面に浮いて毛繕いしているのに対しイワトビは陸上にいるか水の中を激しく泳ぎ回っている感じ。
王様はネットで区切られているのでちょっと撮りにくい。

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小さなペンギンが手前におり、幼生だろうかと思ったらフェアリーペンギンという種類だった。これで成体らしい。

こちらは海鳥展示エリアのエトピリカ。やけにヒトの方へアピールしてくるやつらだった。
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展示エリアの終端にレストランとミュージアムショップ。
レストランはレジャー施設の食堂によくある、トレイを持って並び注文品をその場で受け取り/棚にある商品を取ってレジへ進むタイプ。メニューは海産加工品推しで肉系は少ない。味の方も観光地によくある……スーパーの安惣菜ぐらいの感じである。正直言って、ここで食べるよりは出てから他の店に入った方がいい気はする。
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デザートはそれなりだったが、値段はお高め。

建物を出て出口方面へ進むと鳥類園と淡水生物コーナーがある。
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タンチョウがこちらに背を向けて立っていた。ぜんぜん動かないので諦めてカメラの電源落とした途端に羽を広げたので撮りそこねた。


園外には何箇所か、食事可能な施設がある。
海に面した全面ガラス張りの展望施設「クリスタルビュー」の地下にはカフェがありホットサンドなどを提供しているが、ここでは「ピクニックセット」としてホットサンドまたはハーフピザにフライドポテト・フライドチキン・サラダのセットを、バスケットとレジャーシートのレンタル込みで販売している。天気の良い日はそのまま海岸に出て開けた場所でランチにすると気持ち良いだろう。
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そのほか、バーベキューテントやバスを模した無料フォトスポットなども。こちらはウェディングスタジオによるものだそうで、公園での青空結婚式などを提案していた。
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kasairinkaipark-denim.official-wedding.jp


さて、帰りのルートとして今回は水上バスを使ってみた。アクセスだけで言えば鉄道を使った方が明らかに早いし安いのだけど、陸上からは見られない景色を楽しむことができると思えばこれはこれで悪くない。
時期的なものかどうかはわからないが、葛西臨海公園ルートは1日1往復しか便がない。
qrtranslator.com
これが夕刻のマジックアワーを撮るのに丁度良い時刻に出るのだ。いや季節的に丁度良かっただけかも知れないが、橋のライトアップ案内などもあったので元々それを想定した時刻で組んでいるのかも知れない。
そういうわけでお台場までの船上でひたすら写真を撮りまくってしまった。メモリーカード使い切ったのは初めてだ(予備を持っていて助かった……)。
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沿岸の工場やらガントリークレーンやら大橋やら、巨大建築趣味にとっても見所の多い船旅であった。