スチームパンクの動力源

スチームパンクは明確な定義のないユルいジャンルだ、というのは繰り返し書いているが、それ故に「どうやったらそれらしくなるか」が漠然として捉え難い。
19世紀ぐらいの時代的イメージ、というだけでは単に懐古的な雰囲気に留まってしまう。
歯車モチーフはよく利用されるが、「ただ表面的な模様として使う」だけではスチームパンク感が足りない。
では、どうすれば「スチームパンクらしさ」が出るだろうか。

「スチーム・ガジェット」のイメージ

スチームパンク的装置をイメージする際に重要なのは、「スチームパンクとは機械化である」という認識だ。現代社会があらゆる点で情報化されているように、スチームパンク社会はあらゆる点で機械化が浸透している。
現代に於いて自動化されている部分はスチームパンク社会でも自動化され、人々は労働力の大半を機械に任せていられる。ただ、その解決方法が現代のように電気仕掛けではなく蒸気圧を利用した機械仕掛けであったり、電子的な演算による制御ではなくパンチカードと歯車による制御であったりする点に、大きな違いがある。

目に見えないほど微細で高密度に畳み込み表面的には仕組みを見せない電子回路とは異なり、機械式制御では歯車・カム・ピストン・シャフト・ベルトなどが複雑に絡み合い巨大化し、またその動作が視覚的に確認できる。人には感知できない電磁波で高速に通信を行なう電子式とは異なり、機械式では伝達のために何らかの物理的な接続が必要となる。
そういったことを念頭に於いて、現代社会をスチームパンクに描き直してみると、「史実の19世紀当時には有り得なかった高度技術」と「現代から見れば大袈裟すぎる物々しさ」というスチームパンクの特徴が出現する。

たとえば掌サイズの情報端末を想像してみよう。
現代のスマートフォンのようにタッチパネルのみを備えたシンプルな外観ではなく、通信用コイルアンテナが突き出ていたりダイヤルやプッシュボタンが所狭しと押し込められていたり、映像表示は単色電子管のオシロスコープによる走査波形の残像、あるいはせいぜい解像度の粗い白黒でぼんやりした画像程度、サブディスプレイとして数字あるいは英字を光らせる数桁のニキシー管が埋め込まれている。電力は腰のバッテリーから有線で供給、あるいは背中の発電タービンからかも知れない。

電気/電波が使える想定ならこの程度で済むが、その方面は突き詰めると現代の電子技術時代へとつながってゆく道でもある。電気・電子技術は蒸気機関を駆逐する要因なので、あまり追求しすぎると設定的には危うい。
逆に、敢えて電気も電波もない想定でやろうとするならばワイヤレスで情報を送受信する方法がなくなるため、携帯端末の用途は手回し計算機程度に限定され、高度な演算は(小型化されて家庭内にも置ける程度になった)解析機関内蔵の机を使う形になるだろう。

電気のないスチームパンク世界では、電力線の代わりに市街に張り巡らされた水道管とガス管の圧が家々へと動力を伝え、電話の代わりに近距離通話では伝声管(街中のあらゆる場所から交換局に繋がった管で交換手と会話し、相手先の伝声管と直結してもらう)、中距離では気送管(行き先をパンチカードで設定した専用パケットで文書を送ると自動交換塔経由で相手先へとパケットが届く)などで通信し、あるいは街頭のフリップ式ディスプレイがパタパタとめくれて文字列を表示するニュース掲示装置などが公共情報を担う。
管の繋がらない外の都市など遠距離での通信は光学視認通信、つまり旗や腕木あるいは光の明滅などを利用することで送受信される。

……だんだん「大袈裟な機械装置が高度に発達した」スチームパンク世界がイメージされてきただろうか。

動力の描写と時代感

スチームパンクといえば「蒸気機関」と「歯車」というイメージが強いが、実はこの二つは技術的にあまり重なっていない。なぜなら、歯車の用途は動力の伝達と速度の変更だが、蒸気機関ではこれらを歯車なしで行えるからだ。

蒸気機関の基本イメージ

史実における蒸気機関の代表格といえる、機関車の構造を見てみよう。
蒸気機関車の車体はほとんどがボイラーで占められている。漠然と蒸気機関車の絵を想像するとき、車体前方が横になった円筒状、前方上部には煙突があり、後ろには運転席があるイメージになるかと思うが、あの円筒全体がボイラーだ。
ボイラー内は水で満たされ、その後端つまり運転席内前方に石炭を燃やす炉(火室)があり、そこからたくさんの細いパイプ(煙管)がボイラーの水の中を通って前方の煙突へと繋がっている。このパイプを通った高温空気の熱は周囲にある水を瞬時に沸騰させて蒸気とする。
その蒸気は配管を通ってピストンシリンダーに送られて往復運動を発生させ、それが動輪の中心軸からずれた位置にある偏心軸に伝えられることで、往復運動を車輪の回転へと置き換える。
車輪の回転速度はピストンの往復速度によって決まり、これはピストンへ送り込む蒸気の圧力を弁によって調整することで変更ができる。

このように、蒸気機関車では動作に歯車を用いていない(もちろん、蒸気機関の利用形態などによっては歯車を介する場合もあるが、主流ではない)。むしろ蒸気機関らしさの演出に必要なのはシリンダーと配管、および各管に付けられた圧力計やハンドルの方だろう。また動作には水蒸気を発生させるための「水タンクと熱源」が必須ということも忘れてはいけない。

ではスチームパンクに歯車は不要なのかというと、必ずしもそうとも言えない。

時計仕掛けの時代感

歯車が強くイメージされる装置といえば、時計だろう。古くは錘の力やぜんまいなどで、回転力を歯車によって伝達し、また動作速度を調整するために歯数の異なる歯車で回転速度を変化させたりして複雑な針の動きを制御する。あるいは時計によって培われた歯車装置の応用として、自動人形などのからくり仕掛けも良いガジェットになる。

機械式時計の発明は8世紀頃の中国だが、11世紀頃からヨーロッパなどでも時計台が作られ始め、16世紀には持ち歩ける懐中時計が発明された。さらに小型化した腕時計の登場は18〜19世紀だが、普及は20世紀に飛行機が発明され、航法のために「操縦しながら時間を確認する」必要が生じて以降のこととなる。
時計仕掛けの利用時期は、スチームパンクの中心である19世紀頃と重なってはいるものの時代が前後に広く、したがって「スチームパンクで歯車をモチーフとする」ことは間違いではないものの、主役ではない。歯車が主役となる世界は(広義のスチームパンクとして扱われることはあるが、狭義には)「クロックパンク」と呼ばれる。まだ「機械化」が動力的なものにまでは及んでおらず、移動は馬車で、船は帆船、飛行装置はまだちょっとない時代。

エンジンと真空管の時代感

あるいは逆に20世紀以降、蒸気機関ではなく内燃機関が普及してきた時代ならば歯車はふたたび主役となってくる。蒸気圧で速度をコントロールしていた蒸気機関とは異なり、内燃機関は「一定の速度で回転させ続け」るエンジンから変速機のギアを介して必要な速度を得る仕組みであるため、複数のギアを切り替えて「ギア比」を変化させることでコントロールするからだ。
現代に連なる技術ではあるが、未だコンピュータ制御技術などが未発達で機械的な仕組みによってコントロールする装置であった時代をイメージして、こちらは「ディーゼルパンク」などと呼ばれる。時代感ではだいたい1920〜70年頃、スチームパンクの終わり頃から電子時代の手前ぐらいまでのイメージである。真空管などはスチームパンクよりディーゼルパンクの範疇だろう。