スチームパンク自作派のための歯車デコレーション

スチームパンクらしい」モチーフ、と言われてどのようなものが思い浮かぶだろうか。
革と金属の風合い、配管と蒸気、真空管……色々あると思うが、だいたい共通するだろうイメージのひとつに「歯車」がある。
蒸気機関からの動力伝達部品であると同時に初期型演算機構の主要構成部品でもあり、物理型装置にも論理型装置にも組み込み可能。明瞭な特徴と組み合わせによる生じる適度な複雑さを持つ平面的な構造は装飾用としても使い易い。とても汎用性の高いモチーフだ。

とはいえ「歯車さえあればなんでもスチームパンク」というほどに手軽なわけではない。スチームパンクの小道具というのは要するに「架空の機械装置」なので、制作にあたっては機械らしく見えるかどうかが重要になる。

歯車の作法

歯車が歯車として機能する(ように見せる)ためには、それなりの「作法」がある。

歯車は組み合わせて

歯車というのは単独で使われることはない。「他の歯車へと回転を伝える」のが基本的な作用なので、必ず複数の歯車が、相互に噛み合って使われる。
また、基本的に同じサイズの歯車を隣接させることはない。単なる動力の伝達だけではなく回転速度の変化も歯車の重要な役割であり、そのためにサイズの異なる歯車を組み合わせるのが普通だ。
具体的には、動力の伝達方向が大歯車→小歯車なら回転速度が上がり(代わりに力は弱まる)、小歯車→大歯車なら力が強まる(代わりに速度は下がる)。装置の性質が、速度を要求するものか力を要求するものか、そういうことも考えながら歯車の組み合わせを決めると一層説得力が出る。
ついでに言えば、「奇数の歯車が相互に噛み合うことはない」ことを憶えておくといい。噛み合った歯車同士の回転方向は逆になるので、奇数で組み合わせてしまうとひとつの歯車に右回転と左回転が同時に発生して動かなくなる。

歯車を重ねる

歯車は同一平面上のみで構成することはほとんどない。速度変更のために歯車を用いる場合、(単純な組み合わせでは)速度差に応じて直径が極端に大きくなってしまい都合が悪いので、普通は大小2つの歯車を重ねたものを組み合わせ、段階的に速度を変えてゆく。これによって歯車は軸をずらし平面をずらして多層的に重ね合わされ、肉抜きされた歯車の向こうに別の歯車が見え隠れして複雑な表情を見せる。

軸を支える

歯車は軸がぶれると噛み合わせがずれて空回りしたり歯が削れて壊れたりするので、軸をがっちり固定する設計が要求される。大きな力のかからない薄い歯車では上からネジ頭で押さえたりもするが、もっと大きなものなどでは軸の両側をフレームで挟んだりする。いずれにせよ、歯車は空中に置くわけにいかないので、必ず軸の支えが必要になる。歯車を貼る前に、その構造にも思いを馳せるといいだろう。

回転するもの

歯車はあくまで回転力を伝達するための構造だ。動力から回転を与えられ(蒸気機関の場合、タービンでなければ原則として往復直線運動なのでクランクなどを介してこれを回転に変える必要がある)それを回転として伝える。
回転が意味を成さない機械には、歯車は使えない:たとえば眼鏡とか(まあ焦点変更機能などを組み込むならその限りではないかも知れないが)。「どこから動力を得るか」「どこへ伝達するか」といったことも考えながらデザインを決めるといいだろう。

意匠としての歯車

機械としての歯車とは別に「装飾としての歯車」があってもいいだろう。例えば5円玉の中央は歯車の意匠になっているが、そういう風に何らかのデザインとして機能を持たない歯車があしらわれる可能性はある。
紋章としての歯車、模様としての歯車。歯車の形に加工された食品や、コインとしての歯車なんかもあるかも知れない。

「機能する(ように見せた)歯車」だって、実際に意味のある機能を持っているわけではない。単に架空機械に説得力を持たせているだけの話だ。ならば「機能しない歯車」だって、機能しないなりの存在感、機能しないなりの説得力、そういうものが「設定」できるのならば、それはそれで充分にスチームパンクと言えるだろう。

歯車の入手

樹脂歯車

比較的安価でヴァリエーション入手しやすいのは樹脂製の歯車だ。たとえば100円ショップでも内部に歯車が組み込まれた製品は色々あり、修正テープやおもちゃなどを分解すれば大小さまざまな歯車を得ることができる。また、タミヤの工作用ギヤーボックスセットミニ四駆のギヤーセットなども使いようがあるだろう。

樹脂歯車の良いところは実用歯車が簡単に入手できることだ。いずれも実際に製品に組み込んで使われる「本物」なので機械らしさを持っている。それに軽いので、あまり重量バランスを崩さない。
難点は樹脂なので質感がイマイチなこと。でもまあ、塗装すればどうにでもなる。
機構として可動前提で組み込む場合は塗装というわけに行かないので金属歯車をおすすめする。

金属歯車

金属のものは実用品と装飾用の2種類がある。
実用の歯車は質感の点で最高だが、工作精度と耐久力を要求される部品なので基本的に割高になる。また基本的に業務用なので、小ロットの単品購入が難しい場合が多い。
比較的入手しやすいルートはオークションなどでの機械ジャンクパーツだろう。特に機械式時計の部品などは出物が多いが、こちらは選んで買うのが難しい:だいたいグラム単位の量り売りなどでランダム詰め合わせになる。
装飾用の歯車は、スチームパンクがブームになったことで入手が容易になった。「歯車 チャーム」などで検索すると、主に手作りアクセサリ用などに販売されているものが見付かる。落ち着いた風合いに加工されたものがまとまって比較的安価に入手できるが、実用部品の流用ではなく最初から装飾用に鋳造されるものなので造型はやや甘く種類も限られる。ちょっとしたアクセント程度の利用であれば充分だが、こればかり使って量産すると「どれも似たような部品」になってしまうのが難。

木製歯車

木製の歯車というのは単品での取り扱いがほとんどない。なにしろ樹脂や金属と違って鋳造が不可能で全てが切り出しになるので生産性が悪いし、そのうえ耐久力も決して高くないので部品としての実用性に欠ける。ただ着色が容易で風合いも良いので、装飾用にはちょっと使いたくもなる。大きなものでも金属ほど重くならない利点もある。
単品ではレインボープロダクツでの販売が少しだけあるが、あとは基本的に時計などの「工作キット」類などから取るしかないだろう。

手作り

どうしても望むものが得られないなら自作する手もある。
簡単ではないしお金もかかるので、「作ること自体を楽しむ」か、あるいは「どうしても既製品では駄目」な場合に限られるだろうが、自分だけのオリジナルを主張するならばこれもひとつの方法だ。
主な手段としてはレジンキャスト、レーザーカット、3Dプリント、フライス旋盤加工などが考えられる。
……まあここまでやれる人は稀だろうし、やれる人なら私から言うべきことは何もない。