性欲と支配欲:男性の「男性性」理解のために

昨今、女性キャラを用いた広報がフェミニズムからの批判によって「炎上」する事例が増加している。個別の是非は措くとして、批判に対し反論が行なわれる中で、しばしば「ミラーリング」が発生する。
ミラーリングとは、批判者と批判対象の立場を入れ替えることを意味する。正しく行なわれれば問題の本質を浮き彫りにすることも可能な行為だが、問題が正対していない場合には単純な「鏡写し」が両者の立場を正しく反転できず、却って誤解を生じる場合も少なくない。

フェミニズムは女性の権利闘争であり、その範囲は労働や学問に於ける立場から性的搾取などまで多岐に渡るが、中でも性の問題はなかなかに難しい:そもそも男女間で、恐らく性に対する意識に相当な差があるからだ。
大雑把に言えば、男性は「女性全般を性的対象として見ており、一部を対象外と考える」が、女性は「男性全般を警戒対象として見ており、一部を対象外と考える」傾向がある。
それぐらいに見え方が違うため、単純に両者の視点をひっくり返しただけではミラーリングになり得ない。たとえば男性にとっては「女性から性的な目で見られる」のは喜ばしいことに感じられてしまうだろうし、あるいは「女性全般を常に警戒する男性」を想像するのは難しい。

(参考:暴力被害の男女比を考える - 妄想科學倶樂部)



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フェミニズム批判のためのミラーリングは多くが女性への理解を欠く故に、悉く的外れに終わっているが、無論それはフェミニズム側からのミラーリングとて同じことである。男性の男性性への理解なくして適切なミラーリングは難しい。
その好例が、「温泉むすめ」への批判からフェミニストによるミラーリングとして描かれたらしい「玉袋ゆたか」の失敗だろう。
率直なところ、このキャラを見たとき「品のないパロディ」だとは思ったがフェミニストによるミラーリングとは理解できなかった。なんとなれば、むしろ「男オタク受けする」要素で構成されているように見えたからだ。

見たことのない人に簡単に説明すれば、このキャラは「女性的に見える髪型や服装に大きな陰嚢を備えた『男の娘』」としてデザインされていた。
察するに、「温泉の擬人化」という温泉むすめの基本コンセプトを継承しつつ「性的に消費される」要素として(女性キャラの巨乳に相当するものとしての)巨大陰嚢を描いたのだと思われる。陰嚢以外の要素を女性的に表現したのが作者なりの「性的」描写の結果だったのか、それとも男性性の否定めいた意味あいがあったのか、意図するところは不明だが、結果としちてこのキャラは「反フェミ」から嫌がられるどころか歓迎されてしまい、当てが外れた作者はこのキャラを取り下げ、原作者として二次創作を禁じたと聞く。

作者氏の主張や手法の是非はここでは取り上げないが、「なぜ意図に反して歓迎されてしまったか」を理解するためには「男性の性欲」について少し解説するべきではと思い、これを書いている。

男のオーガズムのための、女のオーガズム

男性の「性欲」は、一義的には「射精欲求」だが、それ以上に「支配欲求」が極めて強いことは、ポルノコンテンツの多くに強姦もの・緊縛ものなどの「暴力的支配」に加えアルコールや睡眠薬・違法薬物・などによる抵抗力の剥奪、あるいは魔法や催眠術などを用いた「女性の意思の改変」などが見られることからも窺える。

一方、男性の性的満足感については射精以上に「女性のオーガズム」が大きく影響している。俗な表現をすれば「女をイカせる」ことがセックスに於ける男性価値であると、男性自身によって見做されているということだ。
しかし奇妙なことに、これは必ずしも「女性がオーガズムを感じられるよう奉仕的に振る舞う」ことを意味しない。前述の射精欲求に加え「支配欲求」が強く影響した結果として、女性が「実際にオーガズムを感じる」かどうかは然程重視されず、単に男性がそうと思い込めれば十分ということになり、それどころか逆に「男性が満足感を得た以上、女性も満足しているはず」という形で一方的に女性の快楽を規定する場合さえある。

その極致が「わからせ」という概念である。これはつまり「嫌がる女性を無理やり犯せば相手は性的快楽に目覚め、射精・受精させることによって従順になる」という思想である。あくまでセックスファンタジーとしての描写ではあるものの、現実にも「同性愛者の女性を強姦することで『正しく』異性愛に目覚めさせる」といった思想は存在しており、男性の拗れた性観念が端的に現れているように思う。
この「わからせ」方面の支配的性欲では、象徴的描写として「巨根」が描かれることが多い。男性器が大きければ大きいほど、「通常のオトコでは刺激することのできない」膣の深い場所を刺激し、未知の快楽を与える……というような設定が多く見られる。

巨根と並ぶもう一つのファンタジー設定に「絶倫」がある。つまり「長時間にわたり女性に性的刺激を与え続ける」ことこそ「男の性的魅力」であるという認識のもと、女性を責め支配する存在として描かれるのだが、同時に「『究極の性的魅力』たる絶倫さえあれば(他がどんなに駄目でも)女は思いのままになる」という願望の象徴でもあり、故に絶倫男性はイケメンやマッチョよりも「ハゲデブのキモオヤジ」的に描かれることの方が多い。「そんな冴えない男であっても」女をオトせる、という救い……なのだろうか。
そして絶倫を表す描写のひとつに「尽きることなき射精」があり、それを表象する特徴として巨根とならび「巨大な陰嚢」が描かれる場合がある。

ところで男性の「性的快楽が女性のオーガズムに影響される」特性は、ポルノコンテンツに於いても「自身の投影像であるはずの男性には感情移入せず、むしろ女性のオーガズムを描くため過度に女性へ感情移入する」という傾向にも現れるが、それが行き過ぎると次第に「女性化」への願望をも生じる。即ち「女体化(TS)」「男の娘」である。あるいは女性でありながら男性器を有する「ふたなり」もここに含めて良いかも知れない。
これらはトランスジェンダリズム的な文脈から来るものではなく、あくまで男性的性倒錯の先に位置する嗜好であり、(ポルノとして男性視点から描かれた)女性の側へ感情移入した結果として「女性となって『わからされ』たい」といった願望を生じたものに過ぎない。故に多くの場合、女性化した男性は強姦されることによって「女の悦びに目覚め」ることになる。


こうした認識を元に「玉袋ゆたか」を読み解いてみると、同キャラが「男性を性的に消費する」ことを表現したミラーリング存在ではなく、単に「男性の性嗜好に則っただけの」キャラとなってしまったことが理解できるだろう。