暴力被害の男女比を考える

「女性だけの街」という発言が話題になった。賛否はともかく、女性が日常的に「男性からの暴力被害を恐れている」ことを浮き彫りにするものではあったと言えよう。
これに対し、法務省の発表している平成29年版 犯罪白書などを元に「男性の方が倍ぐらい被害に遭いやすく、女性の危機感は幻想」といった反論が見られたのだが、些か論旨が乱暴に過ぎるように感じられたため、少し検証してみることにした。

暴力被害の男女比を計算する

犯罪被害の男女比はこのようになっている。

実際の犯罪発生率それ自体ではなく体感的な「危険性」について考える場合、重要なのは「危害を伴うかどうか」だろう。即ち、この表のうち「窃盗」「詐欺」「横領」に関しては主に金銭被害を生じせしめるものではあっても直接的な危害を生じせしめるものではなく、「危険性」の面からは無視して良いと考えられる。
残る「殺人」「強盗」「強姦」「暴行」「傷害」「脅迫」「恐喝」「強制わいせつ」「略取誘拐・人身売買」について、まずは男女比を見てゆこう。
暴行と傷害はどちらも暴力でもって物理的に相手に攻撃を加えんとした場合であるが、法的には「暴行」はさしたるダメージを与えなかったもの、「傷害」はダメージを与えたものを指すそうだ。
脅迫と恐喝はどちらも言葉でもって精神的に相手を脅し強要した場合であるが、法的には「脅迫」は本人や親族等に対する危害を予期させるもの、「恐喝」は金銭を脅し取ったものを指すらしい。
強制わいせつと強姦は、法律上は強姦が女性器に対する行為のみに限定されているため、被害者が男性の場合や女性器以外への性的強要などは強制わいせつということになる。
これらは分ける意義が薄いため、ここでは合算して示した。

犯罪種別 男件数 女件数 男比率 女比率
殺人 513 376 58% 42%
強盗 1314 797 62% 38%
暴行・傷害 34240 21938 61% 39%
脅迫・恐喝 3596 2182 62% 38%
強姦・強制わいせつ 247 6930 3% 97%
誘拐・人身売買 40 188 18% 82%
合計 39950 32411 55% 45%

こうして見ると、個別の割合としては性的被害および誘拐・人身売買については圧倒的に女性の被害が多く、それ以外の暴力的被害ではおおよそ男女比6:4程度となっていることがわかる。
どうだろうか。総数としてはたしかに「女性の方が危険性は少ない」と言えるのだが、しかしそれほど大きく差が出ているわけでもない。

この差を生じる要因は複数考えられるが、単純な性差あるいは肉体的な差のみでは語れないように思われる。
たとえば暴力的行為が「自分より強そうな相手よりも弱そうな相手を狙う」といった傾向がある場合、恐らくは男性より女性の方が狙われやすくなるだろうと考えられるが、実際には男性の方が多い。また強盗のような、特定人物を狙った行為ではない偶発的被害であってもやはり男性の方が多い。これはつまり、「男性の方が外に身を置く時間が長い」ために犯罪被害遭遇率に差が生じているのではないだろうか。

たとえば内閣府男女共同参画局による統計資料を見ると、就業率は男性の方が1.5倍前後多いことがわかる。これは男女の被害が(性的被害以外では)6:4と男性が1.5倍ほど多くなることと凡そ符合しているように思われる。

つまり、ほとんどの暴力的被害については「就業割合の差などから男性の方が女性より外出傾向が高いために結果として暴力的被害に遭遇する可能性が高い」だけであって実際の被害率には大きな差がなく、一方で性的被害および誘拐・人身売買では明白に女性のみが突出して高い、という事実を総合するに、「実際に女性の方が危険性が高い」のではないかと考えられる。

加害の男女比を見る

法務省の統計には加害者の男女比も掲載されている。これを見ると、男性の犯罪は(上で暴力的危害ではないとして除外した)「窃盗」「詐欺」「横領」で50%弱、残りの、つまりおおよそ暴力的危害を加えたと考えられるものが50%強とほぼ半々となるのに対し、女性の場合は84%が暴力的危害ではない犯罪であり、暴力的な加害は16%程度に留まる。単純な割合で言えば男性の方が女性よりも3倍以上、暴力を振るうということになる。

まあこれは比率であって絶対数ではないのだが、しかし上述の就労割合の差による「他人との接点」の数的差を考えるに、その絶対数的差はむしろ3:1×3:2=9:2ほどにまで拡大すると考えるべきではないだろうか。更に言えば男女の人口比はおよそ105:100と若干ながら男性の方が多く、それらを総合的に勘案すると「男性は女性の4〜5倍ほど暴力加害が多い」ことになる。

男女の被害件数比

今度はグラフを少し変えて、男女それぞれに「被害総数に対する各被害の比」を見てみよう。

男性

犯罪種別 総数 比率
殺人 513 1%
強盗 1314 3%
暴行・傷害 34240 86%
脅迫・恐喝 3596 9%
強姦・強制わいせつ 247 1%
誘拐・人身売買 40 0%
合計 39950 100%

女性

犯罪種別 総数 比率
殺人 376 1%
強盗 797 2%
暴行・傷害 21938 68%
脅迫・恐喝 2182 7%
強姦・強制わいせつ 6930 21%
誘拐・人身売買 188 1%
合計 32411 100%

男性は圧倒的に暴行・傷害が多く、また脅迫・恐喝の比率がやや高い。
対して女性は、男性では合計1%しかなかった強姦・強制わいせつと誘拐・人身売買を合わせて22%にも達している。強姦・強制わいせつがほぼ男性による加害であろうことは言うまでもない。
仮に強姦・強制わいせつを除いた暴力加害が男女分け隔てなく均等に分布しているとすれば、女性に対する男性からの加害割合は更に偏る。

まず、男性からの加害と女性からの加害をパーセンテージで見ると、前項「加害の男女比」での仮定より82%:18%程度となる。
被害の男女比55%:45%より、男女に均等分布とすれば

加害\被害 男性 女性
男性 45.1% 36.9%
女性 9.9% 8.1%

となる。
しかし女性に対する被害割合である45%のうち強姦・強制わいせつの21%、つまり被害全数の約10%は男性のみからの加害と見做せるため、その分を全体から抜いて割合を計算し直さねばならない。均等分布であれば男女5%づつであったはずの分が0:10%となることで男女被害割合も5%づつ増減が生じてしまうため、帳尻を合わせる必要がある:男→女が10%増加したということは逆に女→男を10%戻さねばならないはずだ。
つまり均等に割り振るべき分は男性加害72%:女性加害8%、それに男→女10%と女→男10%を加えると、割合は次のように変化する。

加害\被害 男性 女性
男性 39.6% 42.4%
女性 14.4% 3.6%

1%ほどの丸め誤差が生じたが、だいたいこれぐらいの比率だ。
男性被害では男女比2.75:1であるのに対し、女性被害は11.8:1にも達しており、「女性が男性を警戒する」理由を裏付けている。