アニメ「裏世界ピクニック」の改変意図と影響を探る

ホラーSF百合小説「裏世界ピクニック」がアニメ化された。

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アニメとは「公式の二次創作」のようなものだ。小説とはまったく異なる都合に合わせて作られるため内容を完全になぞるのは難しく、必要に応じて改変が行なわれるのは当然のことではある。
ただ、裏世界ピクニックの場合、その改変理由、とりわけ順序の変更理由がよくわからない。
原作との違いを追いながら、改変の意図を探る。
(なお未放映回の内容に触れるネタバレ部分があるので注意のこと)

フェブラリー時空問題

1話「くねくねハンティング」2話「八尺様サバイバル」までは原作通りの順だが、3話「巨頭の村」はアニメオリジナル脚本であり原作にはない。こうしたオリジナルエピソードを差し込むことは珍しい話ではなく、ここまでは穏やかに見ていられた。
しかし続く4話「時間、空間、おっさん」は、(原作に於いても4話目のエピソードではあるのだが、3話「巨頭の村」によって1話分の後ずれが生じているので)実際にはこのタイミングで挟まるエピソードではなく、アニメだと5話である「ステーション・フェブラリー」(および、続く6話「ミート・トレイン」)の次にくるはずのエピソードだった。ここでまず、前後が入れ替わっている。

この入れ替えによって、「八尺様の後の打ち上げに」鳥子が小桜に売り付けようと持ってきた(が買い取ってもらえなかった)帽子をかぶったことで裏世界へ、という流れだったものが「時空のおっさん回の後にまだ帽子を持ってる」という若干不自然な流れに変わってしまった。ついでに言えば打ち上げの場を、新宿の居酒屋ではなく「時空のおっさん」回と同じ池袋のカフェとしたことで「小洒落たカフェで居酒屋メニューを食べる」という不自然さも発生している。だがまあ、これらはそこまで大きな瑕疵というわけでもない。
また原作では時空のおっさん回で「ステーション・フェブラリーから小桜にかけた電話による異言」と、「裏世界では読めないものになる表世界文字」の話から説明される、裏世界に於ける認知への干渉と恐怖を引き起こす外因の話が消えてしまった。そのため「理解ってしまった」鳥子が語る、「彼らは恐怖を通じてアクセスしてくる」という認識が裏世界真実なのかただの異言なのか、判断つかなくなってしまった。こちらはより重大だとは思うが、そもそもアニメでは全体に説明の省略が著しいため、(順序の改変それ自体によるものとしては)結果的にそこまで大きな影響を及ぼしてはいないのかも知れない。

むしろ「表世界内で複数の怪異が発生し(=表でも裏でもない「中間領域」に入り込んでいる)、裏世界へ引き摺りこまれ、空魚の目によって『ヒトをヒトでないものに置き換え』、最後に『冴月の姿をした何か』を破壊する」という高密度な物語を、前後2話構成とせず単話で描いたことによる詰め込みすぎで説明不足の方が、順序の問題よりも深刻ではある。実際このあたりで「意味がわからん」とだいぶ脱落者が発生したのを観測している。

順当に描くならば3〜4話でまずフェブラリーを、5〜6話で時空のおっさんをやるべきであるところ、敢えて逆にした理由は(物語上からは)判然としないが、これは恐らく前半の山場となるべきステーション・フェブラリーを「放送タイミングとして2月Februaryに合わせる」ためではないかと思われる。そして時空のおっさんを2話にせず、アニオリ回を挟んでまで1話に圧縮したのも、ステーション・フェブラリー回を「初の2話連続」としたかったためではないか。

敢えて時間・空間・おっさんをステーション・フェブラリーよりも先にすると、続けてきさらぎ駅救出作戦の実行が可能になる。当初はそういう狙いもあったのではないかと考えていた……のだが、アニメはなぜかきさらぎ駅からの脱出先を沖縄に設定、そのまま7話で「果ての浜辺のリゾートナイト」へと突入した。

ミートリゾート問題

実は(これは話順の変更とは全く別の問題なのだが)アニメ版では6話「ミート・トレイン」回に対する視聴者からの反応として、「親切にしてもらった米軍の忠告を無視して迷惑をかけた上に、置き去りにして逃げた」と主人公二人に対してヘイトが向けられてしまった経緯がある。実際には、米軍が親切であるとか置き去りにしたとかいった認識は描かれた内容に照らして正しいものとは言えないのだが、視聴者に「そういう印象を与えてしまった」こと自体は覆し難く、これによってもまた離脱者が続出した。
ここで次週に救出作戦が予告されていたならばそのようなヘイトなどすぐに消えただろうが、なぜか救出は後回しになった(TV版では漫画版CMで救出作戦の存在がアナウンスされているのだが、Web配信版ではそれも伝わらない)。
原作でも救出までには1話空けているので、別エピソードが挟まること自体がそこまで悪いというわけでもないのだが、流石にリゾート回を持ってくるのは失敗ではなかったか。

原作では、(他人に無関心な空魚とは対照的に)鳥子は脱出後にも米軍のことをずっと気にかけていた。冴月捜索にも米軍救出にも気が急く鳥子に対し、恐怖で気後れする空魚の意見が割れて喧嘩別れするというのが、本来の「時空のおっさん」導入部である。
そして、無事に米軍の救出を終えて心配の晴れた二人が、そのまま沖縄で羽目を外して盛大に打ち上げを行ない、泥酔した勢いでリゾートに繰り出すのが「果ての浜辺のリゾートナイト」だった。しかし、それをきさらぎ駅脱出の直後に置いたことにより、アニメでの流れは「自分たちだけ無事に脱出できたことを喜ぶ」打ち上げということになってしまい、同時に鳥子が「行きずりに少し関わっただけの米軍のことさえ放っておけない心優しい」キャラどころか「置き去りになった米軍のことなど気にせすリゾートを満喫できる」キャラに変貌してしまった。この違いはあまりに大きい。
元々この二人は、些か常識を踏み外した人物ではある。鳥子は銃を携行している程度に遵法精神がないし空魚は他人を追い払って裏世界を独占したがっており、とりわけ二人とも恐怖感覚がだいぶ麻痺している。とはいえ「敵ではない人物の直面する死を笑って見過す」ほどに善性の壊れた人物というわけではない。この部分の「改変」(意図的なものではなく、結果として生じてしまったにせよ)は二次創作としても容認し難い「解釈違い」だ。

しかも、「米軍救出のために自分の(第二話で肋戸が遺した)AK-101やマカロフを持ってきた」「空魚用に米軍から銃をもらった」救出回を挟んでいないため、「丸腰で裏世界に入って丸腰で逃げた」ステーション・フェブラリー直後であり何も武器を持っていないはずの二人が、なぜか浜辺では銃を持っている。完全に前後の辻褄が合っていない。
その上、裏世海からの脱出のために八尺様の帽子を(原作通りに)解いてしまった。これは救出作戦に於いてふたたびステーション・フェブラリーへ入り込む手段として使われるはずだったもので、つまりこの改変によって救出作戦についても原作通りには展開できなくなってしまったわけだ。

もしかしたらこのエピソードは当初、原作通りに「救出作戦→リゾートナイト」の順で放映される予定で制作されていたのではないだろうか。しかし何らかの理由で突然、「ミート・トレイン→リゾートナイト」へと接続を変更することになったために内容の辻褄が合わなくなってしまった……と考えると腑に落ちる。原作ではきさらぎ駅から脱出して西部新宿線に出るはずのシーンのみ、沖縄へ出現するシーンへと書き換えられたのではないだろうか。
ただ、何故救出を後回しにしてまでリゾート回へと繋げたかったのかはまだ見えてこない。

猫の日問題

沖縄から帰ってもまだ、二人は米軍を救出しない。次に来る8話は「猫の忍者に殺される」、実話怪異としては微妙なエピソードながら、小桜以外の準レギュラーとなる「カラテカ」瀬戸茜理と、後に裏世界探検の足として活躍を見せる「たばこ管理作業車AP-1」が初登場し、またようやく冴月に連なる手がかりを得る重要な回でもある。ただ、救出を後回しにする必要のある回とは思えない。どうやらこのタイミングに当ててきた理由は初回放送日2月22日が「猫の日」であるからのようだ。

9話以降で判明しているタイトルを見ると、9話「サンヌキさんとカラテカさん」10話「エレベーターで焼き肉に行く方法」とある。9話は「猫の忍者」に続く流れではあるものの原作では3巻収録のタイトルであり、恐らくはアニメ最終話より後の時間軸にあるはずのエピソードだ。そして10話は焼き肉というキーワードから察するに、オリジナル回というより「救出作戦」の前半部(+オリジナル改変)である可能性が高い。つまり「2話構成となる救出作戦をミート・トレイン直後に持ってくると猫の忍者放送日が猫の日ではなくなってしまう」ために、話順を変更しリゾート→猫よりも救出を後回しにしてきたのではないだろうか。

このように、アニメ版は「2月にフェブラリーをやりたいから」話順を変更し、「猫の日に猫回をやりたいから」話順を変更している節があり、ストーリー上の都合ではない理由で行われた改変が無駄に物語の辻褄を歪めているように思われる。それが面白さに寄与しない(逆に邪魔している)のでは本末転倒ではないだろうか。

追記:


ということなので、どうやら「猫の日に合わせた」は誤解だそう。
だとすれば後半の順序変更は「ふたたび2話構成となる救出回を前回と連続させず間を空けたかった」ということなんだろうか。ならば余計に、4話を先に持ってきた意味がなくなる。

他に考えられるとすれば、(この可能性は低いと思って棄却したのだが)「原作に合わせ救出まで1ヶ月近く空く」のを、放送数として視聴者にも体感させたかった?
「ステーション・フェブラリーを2月に合わせた」のが事実だとすれば、そういう「作中と現実を合わせる」形の演出意図である可能性が出てくる。本作は「現実に存在するロケーションを絡め、現実に存在する怪異譚を登場させる」ことで現実と作品内の境界を曖昧にするタイプの作品だということができ、またその体験はそのまま空魚の「架空の怪異譚だと思っていたら本当に出てきてしまった」という認識と重なってゆくと言える……のだが、作中時期では6月頃だったものを2月に合わせたりせずに放映しているし、そのような重ね合わせが強く出ているとはいえず、狙っているとしても効果は弱い。
7話以降についてもそれは同様で、敢えて重ね合わせのためだけに並び順を変えて3週間も空けるべき理由はないように思われるし、救出から最終話が(原作準拠エピソードだとすれば)連続しているべき理由もなく、やはり順序変更の意図は理解し難い。

ただ、6話→7話の雑な繋げ方を鑑みるに、あの部分は本来連続する予定でなかったのではないかという疑念は晴れず、だとすれば「1年以上前には決まっていた」脚本を、後から変更した可能性もある……のだろうか?この辺りは流石に、制作体制を知らずには結論づけることができないけれども。

自己責任抜きのサンヌキさん問題

9話「サンヌキさんとカラテカさん」に於ける怪異モチーフである「サンヌキカノ」は、読むことで呪われるとする、いわゆる「自己責任系」の怪異譚である。つまるところ、市川夏妃が「なぜ」サンヌキカノという怪異に巻き込まれたのか、までがセットになってこそのサンヌキカノであり、原作ではその情報が次話へと繋がる重要な手がかりになった……のだが、アニメでは話順──というか「どこで区切りを付けるか」の違い──によってそれが切り落とされてしまった。
まあ「謎の老婆が襲ってくる」でもホラーとして成立しないわけではないものの、(空魚が右目でおかしくした)茜理がカラテでボコる形で決着を見ることで恐怖どころか猫の忍者と同じぐらい微妙な雰囲気になってしまっている。
ついでに言えば、「時空のおっさん」時点から続く「裏世界ではないが怪異を生じる空間」=中間領域であることがアニメでは明言されず認識がボヤけてしまっていることもあって、この怪異も「夏妃が何かに呪われた」という話に落ち着いてしまい、「裏世界とはなんなのか」がますます意味不明になっている感はある。

まさかの挽回

ここまで非難を書き連ねてきたのは、原作からの乖離によって生じた歪みが「もはやここに至っては修復不能だろう」との認識故だったのだが、まさかの10話アニオリ回で挽回してきた。
3話は「2話とそれ以降の間にあって原作では書かれなかった」裏世界探検エピソードという形だったが、今回は「話の流れを変えたアニメ世界線だけの」独自回ということになる。

まず冒頭、鳥子との会話で「置き去りにした米軍のことをずっと気にしていた」と言わせることによって、「米軍を気にせずバカンスを満喫できる女」から「バカンスしつつも米軍を気にかけていた女へと軌道修正。リゾート回で八尺様の帽子を解いてしまったことで使えなくなったはずのきさらぎ駅行きの方法については、(どうやってか)再び所持可能な形態に戻せたのだということが示され、救出作戦への繋ぎとしてもまずまず。
そして序盤の印象的な「エレベーターのメソッド」を巻き込みの導入に用いつつ、中間領域のことを改めて印象づける。また、異常状況でも平静を保ち、取り込まれた茜理は心配しても巻き添えを食らう小桜の恐怖心はスルーする二人の異常性を小桜の「人の心がない」という指摘によって明示する。
これら一連の演出によって、今までのアニメオリジナル改変に基づく様々な歪みがほとんど修正されている。若干苦しいのはリゾートで何故か持っていた銃ぐらいのものだが、まあ「描かれてなかったけど米軍から借りパク(なぜかロシア制の銃までも)」ぐらいで納得しておこう。

全体として、単独エピソードとしては若干怪異それ自体には具体性を欠きつつも、しかし不穏な雰囲気と冴月の剣呑さをうまく印象付け、終盤への伏線として充分以上のものになっているように思う。