持続可能な漫画読み放題の可能性を探る

漫画の違法共有サイトが話題である。
実際に覗いたことがないので伝聞になるが、「既存の合法的な電子書籍/Web漫画誌などよりも使いやすい」のだそうで、無料で気軽に人気作品が多数読めることから出版業を大きく圧迫しているようだ。
無論、国内の著作権法からすれば完全に違法行為なのだが、(事実かどうかは不明ながら)「日本の著作権法が及ばない国外にサーバを置く」ことにより取り締りを逃れているようで、対処が難しい。
また、仮に閉鎖に追い込むことが可能であるとしても、同様のサイトが出現し続けるいたちごっこになるだろうことは想像に難くない。利益が見込めれば手を染める者は必ず出現し、無料で読みやすければ非合法性など気にしないユーザは少なからず存在し、「みんな読んでる」となれば心理的な敷居はぐっと下がる。
となれば、「同程度に使いやすい合法なサービスを提供する」ことで非合法サービスの利益を下げるしかないだろう。

というのは例えば日本では知られていない海賊版の新潮流 – P2Pとかその辺のお話Rでも触れられているし、また出版社都合による絶版漫画を作者と読者へ還元する「絶版マンガ図書館」などを運営する赤松健の提唱する「電子書籍YouTube構想」なども、手法の差こそあれ目指すところは似たようなものだと思われる。

で。
問題は、「それって可能なの?」だ。
なにしろ版元は「原稿料、出版社人件費、印刷費」などのコストを賄わねばならぬのに、違法サービスはそこを「成果だけを盗む」ことでコストカットすることによって広告収益だけで黒字を叩き出している(と推測される)。果たして勝負になるのだろうか。

違法共有サイトと既存の合法サービスを比較する

合法的に多数の漫画が読めるサービスといえば、まずは電子書籍だろう。KindleやeBookJapanなど複数の電子書籍サービスが存在し、(一部の電子書籍を提供していない出版社を除き)大半の新刊漫画が読める。各巻購入だけでなく定額読み放題(ただし全作品が対象ではないが)もあり、比較対象としては適切だと思われる。
ただ、使い勝手には色々と難がある。私はほとんどKindleしか利用経験がないが、購入した作品の管理機能は貧弱で、読み終えた巻の続きを開くことすらできず、またブラウザ上で読むには購入作品個別ページの「今すぐ読む」あるいは購入済み作品一覧の「アクション」ボタンから「今すぐ読む」を選択、と少々手間がかかる。
また、未だ電子書籍は全作品を網羅するには至っていない。あくまで版元がデータを用意してこそなので、マイナー作品や古い作品などについてはカバー範囲が足りないし、電書化の遅い出版社などもある。また帯やカバー裏のおまけ印刷、限定配布の特典などまでは付いていないことも多い。

違法サイトに勝てるところまで引き上げようと思えば、「出版業界全体が協力し作品を網羅する」「印刷販売したデータは原則すべて取り入れる」ぐらいは必須、また作品管理機能を大幅に改良し、ブラウザから直接読むにも専用アプリを使うにも手間を抑えて「楽に読める」「続けて読める」ことに気を配らねばなるまい。

獲得すべきユーザ数

Netflixなどの少額固定料金制動画サービスが違法な動画共有の需要を低下させたように、有料であっても少額固定料金ならば無料の違法サイトとの競争に勝てる可能性はある。しかし、気軽に支払える金額を考えると、月あたり1000円がひとつの上限だろうと思われる。
ということは、サービスにかかるコストを計算し料金で割れば、「黒字に転換するために獲得せねばならないユーザ数」が割り出せるはずだ。
つまり問題は「コストをどう見積るか」だということになる。

漫画にかかるコストというのは大雑把に言えば「漫画家への原稿料」「出版サイドの人件費」「印刷・輸送費」といったところだが、今回は紙での出版ではなくオンラインでの出版を前提とするので印刷・輸送費はなくなり、代わりにサーバ運用およびシステムの開発/償却費が加わることになる。

原稿料はいくらであるべきか

まずは「漫画家が食べていくために必要な金額」を考えよう。
スタッフを1名雇い家賃7万円のアパートで漫画を描くために必要な金額|佐藤秀峰|noteによれば、「東京都の最低賃金でアシスタント1人をフルタイムで雇うと」年間350万前後。それに仕事場の家賃などを鑑みるに年間売上が最低でも720万ぐらいは必要と考えられる。
すると月あたり60万、連載が月30ページだとすると1ページ2万円、というのが「最低限必要な原稿料」の水準ということになる。
実際には(雑誌によっても作家によってもピンキリだが)マイナー誌の新人ではページ単価が8000円を下回ることも珍しくなく、Comicoなどでは週刊連載で「1話あたり5万円」(それも売れ行きに関係なく固定、全話フルカラー、しかもWeb掲載と単行本化とでフォーマット変更)などという安さだったりするが、ともあれ「理想的には」最低金額でページ単価2万を確保したい。
従って、今考えている「合法で漫画読み放題」サービスに於いても掲載原稿料は2万円として計算してゆく。

雑誌数から原稿料の総額を見る

すべての漫画雑誌に於ける原稿料の合計金額を見るためには月間あるいは年間の雑誌の総ページ数を調べる必要があるが、寡聞にしてそのようなデータは知らない。なので、大雑把に見積る。
漫画雑誌の数は、2014年に400誌、2026年には500誌を超える見込み - 情報中毒者、あるいは活字中毒者、もしくは物語中毒者の弁明に拠れば、2016年時点での漫画雑誌数はおよそ500誌にも上るのだという。まあこれは2010年時点での予測値なので実数との一致程度についてはわからないが、ひとまず500という数を採用しよう。
1誌あたりのページ数は雑誌によってバラツキがあるが、一例として週刊少年ジャンプを挙げれば1号あたり450ページ、作家数25人ほどのようだ。
また雑誌は週刊から季刊まで発行間隔に著しい差があり、構成比も不明であるからページ総数で考えるのは困難と言える。
上でページ数ではなく作家1人あたりの必要売上を考えたので、ここでもそれを基準として、ひとまず1誌あたり25人/月×60万円=1500万円を想定しよう。すると500誌合計で75億円/月ほどかかる計算となる。
ただしこれは原稿料2万円を最低基準としての話だからベテラン作家などではもっと高くなり、80〜90億円ぐらいかかるのかも知れない。

編集部の人件費

各誌で編集部の人数も収入もバラツキがあるだろうが、ひとまず作家数25に対し編集者1人あたり2人を担当するとして12.5人、平均年収600万とすると月あたり625万円ほど。×500誌=31億2500万/月。

サービスの運用費

これは、正直ぜんぜん経験がないので読めない。かなり大規模になりそうだけど、開発費用で30億ぐらい見ておけばいい?ぜんぜん足りない?5年間で償却されるのだとしたら月あたり0.5億。
サーバの費用もわからないが、Amazon EC2の16Xlargeあたりを見ると$7778.15/月となっている。80万円ぐらい?これひとつ分で足りるんだろうか。

総計

だんだん算出がいいかげんになってきているので本当にこんな金額で大丈夫なのか色々と不安はあるが、ざっくりと120億円/月ぐらいということにしておく。

損益分岐のユーザ数

上述の通り、ユーザ1人あたり利用料金は1000円ということにしたので、120億円を賄うためには1200万人のユーザが必要ということになる。
これがどれぐらい難しい数字かというと:恐らく日本で一番発行部数の多い週刊少年ジャンプが200万部なので、その6倍である。もちろん、あらゆる雑誌を統合しているからジャンプの購買層と重ならない別の雑誌購買ユーザなどを合算可能ではあるが、それでも最多の6倍というのはかなり無茶ではなかろうか。

広告収入

恐らく「敵」もやっている広告収入。漫画雑誌の場合は掲載位置ごとに料金が決まっており、週刊少年ジャンプの例では80〜350万円ぐらい。何枠あるのかはよくわからないが、平均200万円で20枠ぐらいあるとすれば1号あたり4000万円ぐらいの収入ということになる。
サービス全体としてはジャンプの6倍を誇るユーザがいるのだとして、その広告価値がどれぐらいになるのか、よくわからない。しかし外部の広告サービスに任せるのでなく独自運用するならば、読者ごとの閲覧履歴などからレコメンデーションされた「ユーザの嗜好や今読んでいる作品に合わせた」広告表示などによって価値を高めることは可能になりそうだ。
仮に1作品1広告表示、1pvあたり1円、1ユーザ平均10作品/月だとして1億2千万円……これだけでは費用の1%ぐらいしか賄えていない。ううむ、難しい……

単行本

月額固定料金で読める範囲を、あくまで「雑誌」であるとしよう。毎回読めるのは単話のみ、2〜3号もしくは2〜3ヶ月分程度は遡れるとして、それ以降は読めなくなる。こうすれば、定額とは別に単行本販売で利益を上げることが可能になる。
ただ、これは「無制限に読める」違法サイトとの競合に於いては諸刃の剣でもある。

あるいは、「読める範囲を制限しないが、オフラインで読むためのダウンロードデータあるいは印刷物の所有は有料」という手もあるだろう。その場合、元々定額で無制限に読めるのだから、データはDRMなしでも問題なく、文字通り「所有」させることが可能になる。