選挙に於ける不正を計算する

選挙に於ける不正行為の代表といえば票の買収だろう。というか、不正行為の目的はすべてこれの筈だ。
投票は匿名で行われるものだから、誰がどこに票を入れたのか他人には判らない。ということは、買収に応じた人が本当に指示通り投票しているかどうかを確かめる術がないことになる。単順な買収であれば、恐らく投資のうち何割かはまったく無駄になってしまっていることだろう。
これを避けるための手段として知られるのが、白紙票掏り替えリレー方式だ。これは、

  1. 最初の一人は投票するフリをして白紙のまま持ち帰り、それを渡して代わりに礼金を受け取る
  2. 入手した白紙に投票すべき候補者の名を書き、次の人に渡す
  3. 渡された人はそれを正規の投票用紙と掏り替え、名の書かれた用紙を投票して白紙を持ち帰り、引き換えに礼金を得る
  4. 以下2〜3を繰り返し

という形で、金が間違いなく票になったことが保証される。
……しかしこれ、現実的だろうか?


一人の投票にかかる時間は大体2〜3分。投票所のすぐそばで受け渡しするわけにも行くまいから、少々離れた場所で密かにやるとして、仮に一人あたりの投票速度は10分ぐらいだとしよう。すると投票所が朝7時〜夜8時の13時間として1組あたり636人分が確保できる計算になる。
投票所は1箇所ではない。選挙区と毎回の選挙予算によって異なるが大体80箇所ぐらいは用意されているようだ。となると636×80=50880票ぐらいを稼げる計算だ。
更に言えば投票は1日ではなく、期日前投票を利用することで2週間丸々これが利用可能になる。実に71万2320票。
もっと言えば投票所1箇所につき記入台は5人分ぐらいは用意されているので、同時に5組が運用可能だし、更には10分ただ待っているだけではなくタイミングをずらして2〜3組を回し続けることが可能だろう。つまり理論最大値では1068万4800票が買収可能なのだ!これは今回の参議院選挙で民主・自民が獲得した票数の実に半数以上に当たる。


……と、ここで恐るべき不正規模に戦慄するのはまだ早い。これはあくまで理論最大値である。
実際にこんなペースで買収された人たちがゾロゾロ列を成していたら簡単に見付かってしまう。実行可能な密度はもっとずっと低く、恐らくは1投票所あたり30分に一人ぐらいが限度だろう。そうすると実際の不正投票は当日で26人×80箇所=2080票ぐらい、期日前投票では投票所が半数程度になるようなので1040票×14日=14560票ぐらい、合わせて16640票ぐらいしか動かせないことになる。
決して少ない数ではない──当選者中最低得票だった鳥取の候補者が15万ちょっと。その一割に当たる分量である。場合によっては当選を左右し得るぐらいの影響力はあろう。
けれど、多分この規模でさえ買収は行なわれていない。


選挙区中最大の人数を擁する東京でさえ有権者の数は1千万弱。鳥取は15万。間を取って、仮に100万人中1万人を買収するのだとしよう。つまり1%が買収に応じた計算だ。
100人というのは意外に少ない。あまり対人関係に積極的でない人でも、極度の引きこもりでもない限りは1日あたり10人ぐらい(の成人)とは接触を持つ。10人がそれぞれ10人と接触しているとすれば間接的な接触範囲はおよそ100人。有権者の1%を買収するということは、誰もが「知り合いが買収を受けてさ」なんて話を耳にする程度にはありふれた出来事ということになる。でも私はそんな話を聞いたことがないし、Web上などでもそういうことが話題になったためしはない。
「人の口に戸は立てられぬ」口止めしてたって漏れるものだ。関係者が多ければ漏洩可能性は非常に高くなるし、関係者を多くしなければ意味を成さないのだから、「買収を受けた連中は全員黙っている」なんてことは絶対にない。よしんば買収に応じた当人は口を割らないにしても、「オファーを受けたが蹴った」人の割合だって少なくないだろう。それを差し引いて1%が買収されたのだとすれば、買収を受けた経験者は多分2%以上に達する筈だ。
つまり、実際にはこのような買収は行なわれていないと考えられる。バレない程度の規模ならば買収を行なっても効果がないし、効果がある程度に買収すれば確実にバレて選挙生命に関わるからだ。


勿論、「結束の固い組織を買収する」ようなパターンは考えられるが、この場合はそもそも上記のような手のこんだ方法で不正をはたらく理由がない。単に号令して組織票を動かすだけで済む。そちらはそちらで問題だが、また別の話だ。


正直なところ、どうせ不正に票を得るなら事前投票箱の管理者を買収して事前にこっそり用意したものと差し替える方が巧く行きそうな気もする。ただ、「各投票箱に何人が投票しているか」を事前に確認して同数の票を用意しておくという作業はかなり困難で、これはこれで成功率は低そうに思われる。