オンラインショッピングの強みと弱み

オンラインショッピング全盛期である。今や大半の商品カテゴリでは家から一歩も出ることなく商品の入手が可能な世の中になった。
オンラインショッピングの強みは「物理要素の制約が緩い」ことと言える。取り扱い商品点数は店舗面積に縛られず(倉庫面積には影響されるのだが)店舗との物理的距離も営業時間も無関係になるため潜在客層が一挙に増加する。
制約の緩さは副次的にいくつかの利点を産む。例えば販売処理の集約化により流通の便を向上させコストを削減したり、全データの統計的処理によって購入可能性の高い商品を優先表示するといった、実店舗ではちょっとできない機能がオンラインなら実現できる。
また、これまで独自の流通網を構築する代わりに卸売に一括販売する形でアウトソースしていたものが、容易に直販可能となった。中間業者がない分だけ利益率が高まり、また流通同項を直に把握できるのは大きい。
こうした強みは販売店だけでなく購入者のメリットにもなる。時間を問わず、場所を問わず購入可能であることで従来なら諦めざるを得なかったものが入手できるようになり、また利益還元の形で値引き競争が行われ良品を安価購入できるなど、オンラインショップが実店舗を上回る部分は多い。
その一方で、実店舗には実店舗の優位性がある。それは「情報量」だ。


一見するとオンラインショップの情報量は実店舗より多いように感じられる。すべての商品に解説が付けられ、類似商品がピックアップされ、複数の写真で演出する。しかし、実はこれらは全て、実店舗に劣る情報量を補うための工夫であり、そこまでやっても尚その情報量は実店舗に劣るのだ。
実店舗でしか得られない情報、それは主に「視覚以外の情報」である。
例えば衣類の手触りや身体とのフィット感。食品の味や香り。これらはどうやってもオンラインでは再現できない情報であり、魅力に直結する情報でもある。このためだけにでも、物理的な制約を押して実店舗を持つ理由がある。


また視覚情報の面でも実店舗はWebに勝る。
画面上で一瞥できる商品量には限界があり、どう頑張っても精々数十の商品を小さな画像または名前だけで一覧するぐらいが関の山だ。しかし実空間では数百数千の商品が、立体感と精細な質感情報を伴って視界内に飛び込んでくる。また展示空間そのものが商品のコーディネート提案であったり類似商品との関連付けであったりして、複合的な情報が織り上げられて全体としてひとつの「雰囲気」を作る。
実は「雰囲気」というのは商品購入の上で非常に重要なポイントである。明確に認識されない識閾下の五感情報、「直感」に働きかける総合力*1。実際、書籍などはAmazonでおすすめを一緒に買うのではなく、店頭で背表紙が気になって手に取る、という経験をされた方も多いのではないだろうか。これは売り場の雰囲気というだけでなく、書籍の装丁から受ける雰囲気の影響がそれだけ大きいことを示すものだ。
こうした視覚情報の密度はウィンドウ・ショッピングに於ける「偶発性」、即ち「ふと視界を横切ったものが気になって見直す」といった弱く広いフックによる潜在需要の創出に貢献している。検索エンジンを中心とした目的意識ベースの繋がりでなく、地縁による弱い結び付きだからこその利点だ。


逆に言えば、Webに足りないものは視覚を含めた五感情報の密度と偶発性、実店舗に足りないものはデータベース中心の強い関連性だということになる。
例えばWebに商品を掲示するのに、写真ではなく動画を使って多角的に見せることで奥行き情報や質感*2、あるいは使用法提案などのプロモーションを集積するとか*3、実店舗の商品それぞれにICタグや小型ディスプレイ経由でWebならではの詳細情報を付けたり棚検索により目的物の発見を容易にするなどの手法が考えられる(一部はもう実用化されつつある)が、より根本的には両者が強化現実による情報重ね合わせで融合すべきだ。
世界がWeb化すればオンラインの弱点を現実が、実店舗の弱点をデータベースが補い合い、そして世界はGoogleAmazonに飲み込まれる。
抵抗は無意味だ。

*1:所謂「勘」は、単体では認識限界を下回るが総合すると識閾を僅かに越える程度の五感情報がもたらしているのではないかという仮説もある

*2:動画はピクセル数こそ少ないが時系列の積み重ねによる補完で実質密度を非常に高く持つことができるため、写真でも確認し難い細部を省面積で見せることができる

*3:単純に動画を貼るだけだと視界上で動くものが多過ぎて散漫になるなど悪影響の方が強いかと思われるので、適切な見せ方の研究が必要になるが