未来商人ウラシマン

「あなたの局所時間ではたった3年ですが、共通時間では300年が経過しているのですよ」流行予測研究所の所長は、へたり込んだ星間商人にそう語りかけた。
「畜生!なにが『500年先の市場価格まで99.99%の精度で予測できます』だ!」商人は喚いた。「『500年以内のデータについて、外した場合は損失を全額補償』て確かに書いてあるよな!さあ全額補償して貰おうか」
「実際にこの装置は期待通りの精度で動作しました。あなたが判断基準とした価格は、確かにその時点での最新情報に基づく300年先の市場価値だったのですよ」
「じゃあなんで俺の全財産はクズ同然になっちまったんだよ!」
「理由はふたつ。ひとつは半ば予想されたものですが──誰もがこの予測システムを導入した結果、市場がカオスを失ってしまったのです。予測できないからこそ賭けが成立する。確実な価格が知られるようになれば差分利益が生じなくなり、取引の意味がなくなってしまう。市場がメタ取引形態に移行するのは必然であり、あのシステムはそれすら正確に予測したメタ予測結果を算出しましたが……その後さらにメタ化が進行し複合メタ市場が出現するに至って予測方式そのものが意味を為さなくなってしまったのです」
「なんだよ全然予測できてねーじゃんか!やっぱり詐欺かこの……」
「もう一つは」激昂する商人を遮って所長は続けた。「あなたのミスによるものですね」
「なんだと?」
「確かにあなたは300年先を正確に予想しました。証拠として当時の市場データもお見せできますよ。しかし、300光年先の300年後を予想するには……お判りですね、現地に到達した情報そのものが300年前の最新情報なのですから、600年後を予想しなければならなかったのですよ」
項垂れた商人は持ち帰った局所時間同期装置を作動させ、瞬時に600年を生きて過老死した。


>クルーグマン:恒星系間貿易の理論 - P.E.S.