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TRPG:既知のシナリオ問題

「既に経験済みのシナリオをやる時はどうするか」というのは古くからある問題である。そして突き詰めると「TRPGとは何をする遊びか」という話にも行き着く。

TRPGは少なからず即興演技の遊びであり、この面で言えば参加プレイヤーが/使用キャラが違えば同じシナリオでも違う話が生まれ、充分に楽しめる理屈になる。
一方でTRPGは少なからずゲームであり、こちらは「現状に対して目的達成のための最適解を見出す」ことに楽しみがある。先の展開を知っていると最適行動を選択し易くなりゲームバランスが変わってしまうという問題はあるが、使用キャラが変われば可能な行動も変わってくるのでそれなりに楽しみようはある。
そしてまた、TRPGは物語を読むゲームでもある。この面に於いては「未知であること」それ自体が楽しさの核であり、シナリオが同一であるならばこの面の楽しさは(ほとんど)失われてしまうと言わざるを得ない。

で、実際に既知のシナリオがどの程度楽しめるかは、参加者個々がどの面に重きを置くかでもあり、システムやシナリオがどの程度の変化を織り込んでいるかにもよってくる。
たとえば「シノビガミ」はPC同士が敵にも味方にもなり得るゲームであり、同じシナリオでも展開が大きく変化する点で再演向きにも思えるが、非公開のハンドアウトによって各自の思惑が読めないことにゲームとしての核があるためシナリオを知っていると一方的に有利になってしまうし、そもそも「秘密によって物語にどんでん返しが発生する」ことこそが面白さの中心を占めるので、既知のシナリオ再演は基本的にはちょっと厳しいものがある。上記で言えば「物語」の比重が最も高く、次いでシステム、演技が一番軽いぐらいの比率だろうか。
対して、同じサイコロ・フィクションでも「キルデス・ビジネス」などはそもそもシナリオに物語らしい物語がほとんどなく、プレイヤー同士のやり取りとランダムな展開が面白さの大半を占めるので、再演に何の問題もない。
また掛け合いを楽しむ面々ならば同じシナリオでも違う演技を見せてくれるだろうし、あまり演技に乗り気でないならば「作業」的になりがちかも知れない。
結局のところ状況次第という話に落ち着いてしまう。

ただ、経験済みシナリオを敢えてもう一度やるような状況というのは普通、「このシステムで遊びたい」という強い要請がありながら「別のシナリオを用意できない」時だけだ。他のシステムに変えるとかプレイを延期するなどの心の余裕があったり、シナリオを別途購入するなり自作するぐらいの慣れがあればそもそも考えなくてよいわけで、ほぼ「初心者がGMやる」時に限られる、と言ってもよいのではないか。
だとすると焦点はむしろ「未知の状態よりも面白さが損なわれることは承知で既知のシナリオに付き合う度量」の問題であろう。言い換えれば「初心者をサポートし将来的な人材を育てることよりも今の楽しさの方を優先したいか」という話だ。