スティームパンクはレトロさと重厚さで好まれる題材である。とりわけ工場萌え需要などが掘り起こされた現在は、ジャンル発明時点よりも遥かに有望な市場たり得るのではないかという気がする。
にも関わらず、一向にスティームパンク作品が増加する気配がないのは何故か。
恐らく、最大の問題は「蒸気機関では現実を拡張し難い」点にあるのではないか。
下敷きとなったサイバーパンクでは、脳に直接結線してのVRあるいはAR技術が表現上欠かせぬ要素となっている。しかしこれらは電気信号と脳内信号の親和性による発想であり、またコンピュータの高速演算能力あっての話でもある。
無論、スティームパンクにも電気を持ち込むことは不可能ではない。電気の利用は蒸気機関の発明からそう遠くない時期にあり、表現として違和感はないだろう。
しかし、技術的に未発達な黎明期を舞台にするなら兎も角、その技術が大規模に発展した「平行現代」を描くならば電気の存在はいかにも拙い。その行き着く先は現代とほぼ変わらぬ状況になってしまうだろう。それでは魅力形無しである。
現実拡張なしでも、歴史改変描写によって充分な眩惑感を出せはするので作品としては成立する……が、サイバーパンクよりも幅の狭いものになってしまう感は否めない。
純粋蒸気技術解説
蒸気によって現代のようなコンピュータネットワーク世界を実現させるとすれば、どんな風に処理されるか考えてみた。
前提として、(何らかの理由により)電気は使用できないものとする。
電気そのものが存在しないとすると物理レヴェルで様々な影響が生じてしまい不都合がありそうなので、発電技術が発達しなかったと考えるのが妥当か。
演算装置
歯車とカムの組み合わせによるもの、所謂解析機関の発展形。インプットはパンチカード読み取り、アウトプットは英数字ドラムの回転位置または紙への打刻印字、装置間でのデータ交換用としてはパンチカードへの記録。
データストレージ
基本的にパンチカードだろうか。WritableではあるがReWritableでないのが辛いところ。また原則シーケンシャル。ランダムアクセスを可能にするとすれば、回転板に立てたカードをピックアップするような仕組みになりそうだ。
並んだピンの凹凸でデータ管理するような書き換え式メモリ構造は可能かも知れない。ただ時々、摩擦を保持できずビットが消える欠点も。
通信技術
原則として気送管によるパンチカード輸送を前提としたもので、通信速度は距離によるが近場で1〜3Packet/minuts程度(1パケットはパンチカード1枚分の情報単位:多分30bit程度の容量)。
空間的に隣接している場合はロッドなどにより装置間で直接データを受け渡す場合も。
無線通信は非常に困難。やるとすれば光通信方式となるだろう。圧電ならぬ光圧素子を空想し、光の明暗から得た微小な直線運動を拡大伝達する。或いは音圧利用も考えられるが、どちらも外部ノイズの影響を受け易いため伝達距離が非常に短かく無指向性通信が困難という欠点が。
表示技術
数字などはドラム式が一般的だが英字となると字数が多いのでフリップパネル式が基本。上下方向に余裕が必要なため、文字表示スクリーンは行間が大きく空き少々読み難い。
画の表示については細かいパネルを反転させるモザイク式が存在するが、画素数を増やすと故障率が上がるなど問題が多い。
他にガラス板に基本図形を描いたパネルを重ね、光源にかざして影として画を投影する影絵方式もある。位置と傾きをコントロールして画を書くのは職人芸。
現実拡張
純機械式装置による現実拡張はかなり無理がある。単純情報表示では精々、視界周辺に埋め込み式の時計装置などを置くぐらいしかできそうにない。電気に拠らぬ音素が実現可能であれば、音波による意識干渉を主張するか。歯車との組み合わせにより光源明滅での干渉も考えられる。
いずれにせよイメージとして「脳に直接」と言えないのが辛い。