歌以外の付加価値など認めない

近所のコンビニで「最年少のシンガーソングライター」とやらの歌を繰り返し聴かされてうんざりしている。なんとなれば、聴くに耐えぬほど下手だからだ。
9歳かそこららしいので下手なこと自体は別段驚くには当たらないが、ならば何故そんなものを歌手として送り出すのか。そこに「最年少」以外の価値はあるのか。思ったことに適当な節を付けて歌うだけなら3歳児でもできる。


歌手の本文は歌である。シンガー/ソングライターであるからしてシンガーまたはソングライター、どちらか一方でも欠けては成立しないわけだが、曲/詞の善し悪しはさて置き、歌い手としてはまったく音程の取れない者など基本的に認めない。アイドルやら声優やらが歌うのも同様に(無論、巧ければ何の問題もないのだが)。
いや、まあ別にこの少女(だよね?多分)を責める気はない。責めて責めて責め抜きたいのはその周囲の薄汚い大人どもであって本人に罪はないのだから。


実際のところ、仮に彼女がこの後シンガー/ソングライターとしてそれなりに成長していったとして、この幼少期の聴くに耐えない音楽をリリースしてしまったという経験はプラスになるのだろうか?むしろ後年、それが彼女を苦しめはまいか。
若かりし頃の作品が、後年黒歴史と化すのはよくあることだ。仮にも自らの意志で行なったものならばその責は自分で負うしかないが、明らかに周囲に踊らされているだけの場合は誰がそれを引き受けるのか。まったく思慮に欠けたことだ。


神童と呼ばれながら、後年凡庸になるというのはよくあることだ。優れていたのではなく少しばかり早かっただけで、足並み揃ってしまえば秀でたところもないという現実。普通に育てばどうということのない話でも、なまじ秀でていた時代があっただけに「人並み」ということ自体がコンプレックスになる。
彼女の人生がそうした不幸に陥らぬことを願うばかりである。