シソーラスの夢

「対象が横臥姿勢で静止しています。これは何でしょうか」
「恐らく、ある種のメンテナンス状態にあるのだと思う」
「激しい行動により蓄積した老廃物を除去するのですか?」
「それも目的の一つだろう。支持平面に対し最大面積を取っているということは、その間の抗重力エネルギーが最小になる。しかし……どうもそれだけではなさそうだ」
「他にも目的が?」
「統計を見ると、休止状態は運動量の過多に関らず概ね一定周期で発生している。確かに激しい行動の後で突発的に休止する例も見られるが、消費エネルギーとの間に強い相関関係はないように思える」
「確かに、老廃物排出そのものは休止状態でなくとも機能するでしょうし、エネルギーの備蓄を考えたら低出力で休止するより積極的に摂取を継続した方が有利に思えます」
「まだはっきりしたことは解っていないのだが、私にはどうも情報整理のための入力遮断モードなのではないかと思える」
「情報整理、ですか?」
「対象の演算区域は記憶領域と混在して成立しているらしいことが知られている。どうやら情報呼び出しと分岐演算実行を区別していないようだ。ある意味ではリソースが節約できて効率の良いシステムだが、情報蓄積と思考が相互に干渉する問題がある。このような情報ブロックに、センサからの入力を継続するとどうなると思う?」
「蓄積しすぎた情報に演算が圧迫されて処理速度が極端に低下する、でしょうか」
「そうだ。なおかつデータベース自体も未整理のままだから検索性が非常に悪くなると考えられる。だからどうしても、定期的に入感を落としてデータベースを再構築する時間が必要になる」
「しかし、データベース構築にそんな時間がかかりますか?」
「綺麗に整理されたデータ構造を想像すべきではない。生理的な情報処理とは本来、非常に混沌としたものだ。恐らくシソーラス検索に近いことをしているのではないかと思う」
シソーラス?類義語ですか」
シソーラス検索データベースを見たことはないか?入力された語を分解して、予め構築された類似パターンとの適合度を基にして連想的にいくつかの語を提示するものだ。これ自体はあくまで言葉に対してのものだが、それをすべての感覚を含めた"体験"に対して行なっているとすれば、処理に時間がかかるのも止むを得ないところだろう」
「効率が悪くありませんか?休止状態が長くなることは外敵に対し不利だと思いますが」
「それを上回る利点があったのだろうな。新たな体験に遭遇した時、連鎖的に過去の類似体験を検索し未知状態への最適解を近似的に演算することができるのではないかと考えている。そもそも、生物の構造なんて手探りで場当たり的に積み上がってきたものだから、必ずしも効率のよいものとは限らない」
「しかし、演算と記憶を区別しないわけですから、再構築中は認識が混乱しませんか?何らかのサブルーチンで意識から切り離すんでしょうか」
「情報の交錯は認識されているようだ。対象の言語ではそれを"夢"と呼んでいる」


……睡眠不足で眠気Max状態の混沌とした意識から。