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人は死んだら電柱になる

架空

都市から電柱が消えつつある。
かつて通信及び送電インフラとして張り巡らされた電線は、都市景観と交通の邪魔となり風雪にも害される欠点から地下埋設への順次移行が進められ、電柱は再び唯の柱となり果てた。
それに伴い、電柱利用のために奨励されてきた路側埋葬の習慣も廃れ、それどころか柱さえも邪魔な存在となり、今や都市部では火葬が標準的な遺体処理手続となっている。

UFOというものが目撃されるようになったのは宇宙人という概念が浸透して以降のことで、それまでは「怪飛行船」だったのだという。勿論それもまた飛行船の発明以後の話であり、更にその前は飛ぶ船であったり飛ぶ壺であったり飛ぶ釜であったりと、その時類似概念として認識したものが当てられていた。
つまるところ人は概念の獲得により認識を変えるもので、もちろん電柱というものは電信が発明されて以後の概念であるから、それまでは単に柱と呼ばれていたのだ──人が死後に変じる、それのことは。

死後柱化現象。死後およそ3日で、体を構成する物質が柱状に変じる現象。有史以前から知られるにも関わらず、未だそのメカニズムは解明されていない。
「柱」を構成する物質は木質に似るが、セルロースとは異なる。主にリン酸カルシウムとキチン質が渾然一体となった多孔質の硬化物で、硬度も密度も木材のそれと近い。

柱、と書いてはいるが、これは本来「木で作られた、ハシラの代わりのもの」を示す語である。ハシラを示す元の字形は「主」であり、後に木でハシラを代用する風習が生じた時にヒトバシラとキバシラを区別するために「住」と「柱」の字に分かれ、後に建築用途としてのヒトバシラが廃れるに従い柱がハシラ全体を指す語として残ったと考えられている。

理由は不明ながら、ヒト以外でのヒトバシラ発生事例は知られていない。近縁の霊長類でさえもヒトバシラが生じた例は見付かっておらず、それどころか人類種にあっても旧人には柱化痕が見当たらない。
それが何を意味するかはともかく、神学的にはこれをヒト=非ヒトの境界と見做す声も少なくないし、様々な神話に於いてヒトのみがハシラを持つ理由への言及が見られる。
本邦にあっても神をひとはしらと数えるが、これもまたハシラを特別視していた証左であろう。
逆にこうしたハシラの特別視はいつしかハシラ信仰をも生み出し、巨柱を神と同一視するなどの風習に繋がってゆく。オンバシラ祭やオシラサマなどにもその名残りが見られるのは知られる通り。

古代に於いては、ヒトバシラは生活の礎だった。死んだ者は土に穴を掘って埋葬され、3日ほどしてそこにハシラが生える。これを中心に屋根をかけ家を作り、遺族はそれを新たな住居とする。ことに家長が遺したハシラは太く高く立派に家を支えると考えられ、逆に体格を立派に保ち死して立派な家の礎を為すことこそ家長の務めでもあった。今日にも大黒柱として観念だけが伝わる。

人ひとりの死後に遺すハシラはそれほど大きなものではない。遺体周囲の土なども取り込まれているらしいことが判明してはいるものの、基本的には人ひとり分の体積を大きく上回ることはなく、柱としての利用には限界がある。
しかし複数の人が同時に柱化する場合、それらは融合し大きな柱となり得る。これを利用し、計画的に人を殺害し埋葬することにより必要な大きさの柱を得る技法が、我が国にはかつて存在した。そうした生贄建築の最たるものが出雲大社である。現在は木柱に代替され規模を縮小したが、古代には100m近い高さを誇る超高層建築であったと伝えられ、実際に鉄輪で束ね補強された住の残骸がその実在を裏付けている。
また橋脚にもヒトバシラ技法は多用された。この場合体に大石を括り付けて所定位置にて船より入水することで基礎部を成し、深度に応じ贄の数を調節したという。
しかし多数の生贄を伴う建築法はやがて忌避されるようになり、順次木柱で置き換えられてゆくのに伴い、住居についてもヒトバシラを中心とした竪穴住居ではなく木造化が浸透するようになる。

西欧に於いてはヒトバシラは墓標として温存されることが多い。刑死した開祖の伝承とも絡めて復活の象徴と見做されており、横木の突き出た形状を図案化したものを聖印とする。
他方、砂漠地帯などでは貴重な木材の代わりとして建材利用が今でも一般的である反面、神職貴族は柱化を抑制し生前の肉体を保存することに熱心だった。 肉体を縛り多重に外世を遠ざけ、人の形状を保っておくことによって来世でも人としての活動が可能になると信じたようだ。
同様の観念は印亜方面にも見られたが、逆に形を変えて現世に遺ることを良しとせず肉体の焼却により転生を促す、火葬の風習を生じた。
このように、世界的に見てもヒトバシラの積極的利用の習慣を残す地域は少なく、基本的にはタブーとして扱われてきた。それが転換を余技なくされたのは近代のことである。

工業技術の発達は戦争の効率化を推し進めた。騎兵突撃と人質による戦争解決から歩兵による殲滅戦への移行は戦争を総力戦化させ、それは同時に情報戦の激化でもあった。迅速な通信こそが国力を決めた、と言っても過言ではない。
電信技術は通信を劇的に改善した:早馬では数日、目視通信で半日かかった距離を、電信は一瞬で飛び越える。
国際情勢の緊張もあり電信通信網の整備は急務とされたが、折しも蒸気機関の華やかなりし時分、材木は燃料需要が高騰し入手が難しい。そこで目を付けられたのがヒトバシラであった。横木を持ち電線を吊るしやすい形状も適任と見られ、採用が決定した。
無論タブー視されていた行為であるため反発の声も少なくなかったが、大戦が確実視されつつある状況下にあってはむしろ遺柱をお国に献じることこそ美徳──といった情報工作も功を奏し、ヒトバシラの転用が急ピッチで進むことになる。なおこの頃から、墓柱の欠けた墓に石柱などを宛てる風習が生まれ、墓石が成立してゆく。
かくしてヒトバシラは電柱となった。

タブーが消え、然して利用先を失ったハシラが、これからどうなるのか。その可能性を示す研究の一端を紹介し、本稿の締めくくりとしたい。
かつて存在したヒトバシラ技法の絶世期には、継ぎ柱なる技法があったという。これは地中から生じたヒトバシラを取り囲むように次の生贄を埋葬することで既存のハシラの太さ、長さを増強する手法であったという。
無論従来のように生贄を埋めることは有り得ないが、死後に遺体をハシラに隣接して埋葬し続けることによりハシラを限界まで延伸する研究が進行中である。既に既存建築物の高さを上回るところまで延びて新聞を賑わせたことは記憶に新しいが、これがどこまでも倒壊せずに延ばせるのであれば、いずれ宇宙にまで到達するだろう。そうなれば宇宙への進出にかかるコストが劇的に軽減され、人は新たな生活を拓くことになるのではないか──かつて電柱がそれをもたらしたように。



「人は死んだら電柱になる」という設定だけを共有するアンソロジーの発想が面白かったのでつい書いてみた。こういう与太を書くのは好き。