ベーシック・インカムの財源

失業率の上昇は一時の不況によるものではなく、労働の自動化に伴う根本的なものだ。既に先進国に於いては、生産的な意味での労働力は余りに余っている。
労働需要を無理に作り出すことはできない。ならば働かなくても済む社会にしてしまうしか、根本的な解決は望めないんじゃないか。
という考えに基づき国民全員に生活費を支給してしまう、というのがベーシック・インカムだ。
「生活のための労働」から解放されるということは、「好きなことを仕事にできる」ということ。また最低賃金など企業に負担させていた福祉を本来負担すべき行政に戻し、労働市場が完全自由競争になるということでもある。必要だが人気のない職は賃金が上がり、希望者が余っている職は賃金が下がる。まことに健全な仕組みと言える。


と書くと良いこと尽くめのようだが、勿論これには問題がある:「そのお金はどこから?」
最低限の生活費、というのがの程度であるべきかについては見解の差があるが、概ね月額で5〜8万円程度というのが大雑把なラインのようだ。
そうすると、現在1億3千万ほどいるとされる国民に8万/月を支給するならば年間で96万×1億3千万。年間で12兆4800億円桁間違えた。124兆8千億円なので相続税だけでは足りないほどが必要になる計算だ。
国家予算の規模が92兆円あたりだから、これだけで予算の1/7ぐらいを使い切ることになる。っていうか現在でも24兆ぐらい赤字の筈で、普通に考えたら足りない。


これについては「遺産の相続を禁止して全部没収(というか相続税率100%)にすれば」という案がある。その妥当性/現実性はさておき、NRIのリサーチに拠れば現在の国民全体での遺産総額は85兆円規模、2015年には105兆円にも達する見込みだとか。仮にその全額を利用可能なのだとすれば、確かに予算の赤字分を埋めた上でベーシック・インカム支給してもまだお釣りがくる。
ただ、これ継続的財源たり得るのかという心配はある。仮に今年の分として85兆の税収を得たとしても、次年以降の遺産総額が減少していって、そのうち賄えなくなってしまうのではないか。


まず考えられるのは、生前贈与などによる遺産の取り崩し。まあこれは贈与税も100%にする(つまり贈与できないようにする)ことで対処可能ではある。元々贈与税自体が相続税逃れとしての生前贈与対策として設定されているのだから、相続税を100%にするなら贈与税も100%になるのが適切だろう。


もうひとつは、所有欲の減少。どんなに財を成しても残せないのだから、持つ意義が薄くなる。例えば不動産所有を止めて賃貸にする人が増えるだろう。厳密に適用するなら家財も受け継ぐことができなくなるのでミニマルな生活スタイルになって行くのかも知れない。まあ服だの家具だのを「買い与える」こともできないのでは話にならないから、相続/贈与が問題になるのは「資産価値のあるもの」、不動産や有価証券、貴金属類などに限定されるのかなとは思うが。


全体としては、相続税収入の減収は避けられないところだろうと思われる。ただ実際にどの程度減少するのか、どの辺りで下げ止まるのかはなんとも言えない。今稼いでいる人、稼ぎたい人がいきなり稼ぐのを止めてミニマルに移行するようなことはないだろうとも思うので、結果として精々半分ぐらいのところで目減りが止まりそうな気もするのだが。
仮に半減として42兆円。それでもBIを賄うには充分だ。
いや、仮にもっと減ったとしても、多分経済自体が小規模化してゆくので


ところで所有財産のミニマル化というのは実のところWeb社会と非常に相性が良いのではないかと思う。Webの基本理念は情報財産の共有で、無償で公開してしまうことにより金銭価値から社会価値への転換を生じるモデルだ。BIが生活費とWeb接続の自由を保証すれば、著作物の多くが無償公開されるようになり、「所有しない生活」が可能になるのではないかと期待する。


つまるところベーシック・インカムとは資本主義と共産主義の良いところを併せ持つ経済モデルである。それは今までのような意味で経済を成長させないが、にも関わらず国はたぶん今より豊かになる。