読み方は人それぞれ

一言で言えば「余計なお世話」だ。いや別に「自分はそうしてる」であって「全員そうすべき」てな話ではないんだろうけど、多分。


私はかなり速読な方*1だと思うが、速読術なんてものを習ったことはないから実際にそういう「技術」がどのような読み方を教え、また各自が実践しているのかは知らない。ただ、私の場合は(多分)文字を目で追いながら注視点の周辺を同時に取り込み、高速でスキャンしたものからざっくりと文意を抽出している。だから細かな表現のニュアンスなんかは(そこに強く反応するものがない限り)削り落とされる。
こういう読み方はSFやミステリのような理論主体の文章には向くが、多分「文学」には不向きなのだろうと思う。実際、国文科出の妻はむしろ1冊を繰り返しじっくり読んで表現を愉しんでいるようだ。


ただ、(孫引きになるが)この表現は些か気に障った。


ひたすら知識が増え、視野が広がるだけの読み方です。ひたすら、土台の構造はそのまま直線的に進歩発展していくだけの読み方です。本の内容が自分の内臓に突き刺さり、大出血を起こしながら、死闘を行うような読み方をしないのです。土台からぶっ壊され、建物の根本構造が変形してしまうような読み方をしないのです。
この方はSFをお読みにならぬのだろうか。
SFというのはしばしば(多分氏がお読みの哲学書の類いが氏にとってそうであるように)土台からぶっ壊され、建物の根本構造が変形してしまうようなイメージの転換を迫る書物なのだ、実は。
我々が常識としている世界のイメージを根本から作り変え、目も眩むような新たな世界を創出してみせる。これをきちんと理解するためには、読み手は脳内に新たな世界を走らせるための仮想宇宙をインストールし、その驚くべき世界を並列実行せねばならない。
それは充分に「土台からぶっ壊され、建物の根本構造が変形してしまうような」読み方である。ただ、それを苦痛と捉え、あるいは闘うべき相手と捉えるのではなく、喜んで人体改造手術を受けているに過ぎない。
また、SFの「価値観」は哲学のそれと違って互いに衝突することはない。Science部分は常に確からしさを以て上書きされるし、Fiction部分は脳内で平行宇宙として存在し交わらないので、「これまで持っていた価値観を破壊されて苦しい」ということは有り得ない。両方を等しく受け入れてしまえば良いのだ。


速読かつ熟読、という愉しみ方も存在するのだよ、ということで。
blockquoteのtitle属性、長過ぎるのか反映されない。バグ?

*1:大雑把に平均化するとラノベで30〜40分、森ミステリで1時間、ハードSF(厚め)で2時間ぐらいの感じ