Delusion for ColdFusion

常温核融合が理論的に困難……というのは非常に単純な理屈で、原子間のサイズになると斥力が非常に強い反発力として働くために、それを押し退けて原子同士を衝突させようとすると極めて高い運動エネルギー(=ブラウン運動による温度として億単位の)が要求されるという、ちょっと用語を知ってさえいれば中学生でも理解できるような話である。
だからこそ「低温低圧で」「放射線も生じず」反応したと主張するような現象は根本的に信憑性がない。まったく未知の新現象である可能性も否定はしないものの、そうである可能性を支持するほどのデータもない。そりゃ見向きもせんだろうと。


と、まあケチを付けるのは簡単なのだが、それだけでは夢がないというのもまた事実ではある。仮にこれがガソリンエンジン程度の小型な装置で確かな出力を得られるような代物になれば、SF的には色々な問題が解決できるかも知れないのだし。
じゃあ核物理の専門家どころか一介の研究者ですらない、単なるSF素人がちょっくらその理論を妄想してみようかと。


常温核融合/核種変換について、最近の研究を見ると反応剤である重水素の保持に水素吸蔵合金を使っている例が多いようだ。どういう理由でそうしているのかはよく判らないが、とりあえず「水素吸蔵合金を使うと何らかの形で核種の変換現象が発生する」ということにしておこうか。
水素に吸蔵された状態と気体状態の違いは主に原子の運動範囲だろうか。自在に飛び回っている気体に対し、吸蔵状態は言わば固体化した状態である。固定されていない磁石のS極同士をくっつけるには凄い速度が必要になりそうだが、一方が固定されていれば押し付ける労力は減るだろう。相手が逃げないことはそれだけでも効果があるのかも知れない。まあ斥力そのものは健在なのだが。
或いはもっと飛躍して、「吸蔵状態では斥力が弱まる」としてしまおうか。隣接する吸蔵合金原子の斥力との干渉により全体の斥力が弱まり、比較的低温でも容易に核融合を生じる……とか。
この理論の弱点は、「じゃあ自然状態でも高頻度で核融合してない?」あたりである。自然状態でも吸蔵する例はあるだろうし、燃料電池研究などでは頻繁に利用される代物だから、その中で核種変換でも起きているなら普通に発見されそうなものだ。


まあ実際、マクロな構造はしばしば通常の物性を越えた性質を見せることがある。例えば可視光波長の半分以下のスケールで屈折率を周期変化させるフォトニック構造物の中には光の伝播速度を極度に低下させるものがあり、光のトラッピング技術として注目されている。或いは(常温核融合を発表したフライシュマンの発見した)表面増強ラマン散乱現象、はナノスケールの凹凸を持った金属表面に対してラマン散乱分光による分析を試みたとき、通常の1000倍程度の強度でスペクトルが得られる現象である。いずれも通常スケールでは発生しない現象であり、同様にマクロな構造に起因する特殊現象として常温核融合を生じるようなものがある可能性は否定できない。