事故により、改めて「原発は危ない」「放射能は危険」という認識が広まった。けれども、それは理性から出たものではなく、漠然と「なんだか知らないけどとにかく危ない」という認識の上にあるものだ。
もちろん、原発は「危ない」。けれど、原発でなければ危なくないわけでもないし、原発以上に危険でも日常的に使われるようなものだって少なくない。
実際に「どのような意味で危険なのか」が理解されないままに漠然と危険性だけを訴えるのではなく、ちゃんと「原子炉とはどういうものか」「何故大事になってしまったのか」「どうしたら事故が起きなくなるか」「放射能はどれぐらい危険なのか」ということを理解してから批判するべきだと考えたので、ちょっと書いてみることにした。
ただ、残念ながらこれは本当に大雑把な説明でしかない。なるべく正確に説明したいところだけど、そうするとどんどん難しい話になってしまう。
原子炉のしくみ
事故について解説する前に、まずは「そもそも原子炉ってどんな仕組みなのか」「そもそも核反応ってどういうものなのか」を説明しないといけない。
原子炉の、電気を起こす仕組みの部分は火力発電とだいたい一緒だ。水を沸騰させて蒸気に変え、膨張した蒸気の圧力でタービンを回して発電する。
違うのは、石油や石炭を燃やす代わりに核分裂反応の熱を使うこと。
その核分裂とは何かというと、(極めて大雑把に言えば)「放射性物質が放射線を出すこと」。ちょっと端折り過ぎだがまあ問題ない。
原子が崩壊する時、放射線と一緒に少しだけ熱も出る。一個一個の原子が出す熱は小さいけど、原子の数というのは凄く多いから、全体としては高熱を得られる。
で、核分裂が次々に起こるのが「連鎖反応」。放射線(のひとつである中性子)を核燃料の中のウラン235が吸収するとまた核分裂が生じ、そこで出た中性子がまた次の核分裂を引き起こして……と次々に反応が起こることで核燃料の発熱が続く状態。
でも、連鎖反応も制御しないと上手く続かない。途中で消えてしまうのも困るし、一気に全部が反応する(核爆発)のも困る。
で、これを制御して、連鎖反応がずっと続くような状態になったのが「臨界」。
原子炉はこの臨界状態を保つことで安定して熱を出し、水を沸騰させて電気を作り続けている。
臨界を保つために使われるのが水と制御棒。水は全体の冷却だけでなく、発生した中性子の勢いを弱めることで核燃料内で原子が吸収しやすい状態を作る(減速材)。制御棒は発生した中性子を吸収して核分裂反応が起き難いようにする。言わばアクセルとブレーキのセットで、このバランスを変えることで適切な出力を保つ仕組みになっている。
放射能とかその辺のはなし
まず用語を整理しよう。
体に悪いとか色々問題になってるのは「放射線」。その放射線を出す性質が「放射能」、そういう性質を持った物質が「放射性物質」。
で、放射性物質にも色々あって、それぞれに出す放射線の量や種類が違うし、消滅するまでの時間も違う。
毒というのは普通、物質が体に吸収されることでダメージを与える。だから接触しなければ害はなく、ガス状のものでも吸い込んだりするのを避ければ大丈夫だ。ところが放射線は物体を貫通して直接届き、体を壊してゆく。放射線によってはコンクリートの壁でも貫通してきたりするので厄介だ。
ただ、実は放射線の貫通力とダメージ力は基本的に反比例していて、大きなダメージを与える放射線ほど止めるのも簡単になる。逆に防御の難しい放射線ほどダメージは軽い。
とはいえ「防御が簡単」な放射線も、体内からだと防御のしようがない。服1枚で止まる程度の弱い貫通力でも体内にあれば直接攻撃だし、そうなった時のダメージは大きいから問題になる。これが「体内被曝」。
基本的に毒は「化合物」なので(そうでないのもあるけど)、たとえば薬品で処理して化合のパターンを変えてしまえば無害になったりもするし、だから「薬品で処理する」「微生物で分解する」みたいな対処法も使える。でも放射性物質というのは元素そのものの性質で、どういう形に化合しようがこの性質は変わらないから、「放射能を消す」ことは(時間と共に崩壊して消えるのを待つ以外には)できない。「ひまわりで土壌を浄化」とか話題になったけど、これは放射能汚染土に混ざった放射性物質をひまわりが吸収して「放射能汚染された土+ひまわり」から「土+放射能汚染されたひまわり」になるだけのことだ。
どんな毒だって、量によって効き目が変わる。ごく微量でも致命的な毒というのはあるけど、それだって薄めに薄めればどこかで危険性がなくなる。
放射線も同じで、量によって危険性は変わる。だから多量の放射線を一度に浴びたりしない限りはそんなに問題ない。
ただ、影響はある程度「溜まる」。弱い放射線でも長時間浴び続けると防ぎ切れなかったダメージが少しづつ溜まってどこかで健康に被害が出る。とはいえ生命の自然治癒力はそういう時にも働くので、治癒力以下のダメージなら防ぎ続けるし、そうでなくても影響はかなり長期的に、しかも確率的にしか出てこない。たとえば、今の状況なら精々「85歳だった平均寿命が84歳になる」とかそんな感じの(勿論、これは被曝線量によって変わってくる)。
福島原発事故のしくみ
じゃあ福島原発で何が起きたのか、見ていこう。事故を起こした原子炉は一基ではないから全部で同じことが起きたわけではないけど、大体こういうことだというのは理解できると思う。
まず、地震の揺れを感知してすべての原子炉が自動的に停止した。制御棒が燃料棒の間に入って連鎖反応を止める。
原子炉は地震を想定して極めて頑丈に作られている。発電所は強い揺れのダメージにもしっかり耐えた。
しかし、その後に大津波がやってくる。津波は原子炉の建屋そのものは破壊しなかったが、非常用ディーゼル発電装置などを根こそぎ押し流した。また、この時点で(地震によるものか津波によるものかはわからないけど)外部からの電力が遮断された。原子炉はすべて停止しているから、福島原発にはどこからも電気が来ない。しかも非常用発電機まで、津波で失われている。
原子炉は止まっているけど、発熱した燃料棒はそう簡単には冷えない。まだ高熱を持っている燃料棒を冷やし続ける必要がある。そうしないと、水がどんどん沸騰して蒸気に変わり、原子炉内の圧力が高まってそのうち容器が内側から破裂してしまう。
だけど福島原発の古い原子炉(アメリカ製のごく初期型)は、電気を使って冷却水を循環させる仕組みになっていた。発電所内に動いている発電機はなく、外からの電気もなく、しかも非常用のディーゼル発電機もない。つまり、冷えない。
これはかなり深刻な状態だ。原子炉が破裂すれば、最悪の場合剥き出しになった燃料棒から強い放射性物質が飛び散ってしまう。そこで、緊急弁を開いて内部の水蒸気を逃がし、圧力を下げることにした。蒸気には燃料棒ほどじゃないけど放射性物質が含まれていて、それが大気中に出てしまう。でも原子炉が壊れるよりはまだマシな状態だ。より悪い方を避けるために、害を承知で蒸気を放出したわけだ。
さて、ひとまず破裂だけは避けられたけど、代わりに冷却水が減ってしまった。燃料棒は「まだ熱い」だけじゃなく、「反応がゆっくり落ちてゆくまでは暫く発熱を続ける」。冷却水が失われてしまうと、高熱になり過ぎて溶け出す恐れがあった(炉心溶融、メルトダウン)。場合によっては熱くなった燃料が原子炉容器まで溶かしてしまう……そうなったらせっかく破裂を防いだ意味がない。
残念ながら福島原発の場合はあまりに古い型なので、他に冷やす手段が用意されていなかった。結局、「外から水をかける」ことでなんとかするしかなくなってしまった。
ところで原子炉は何重にも包まれて「放射性物質を外に出さない」仕組みになっているのだけれど、その一番外側にはコンクリートの壁で囲まれた「建屋」がある。まあこれ自体は「出さない仕組み」としてはあんまり重要なものではないけど、何故かこの上層階にプールを作って、使用済みの(でもまだゆっくりと熱を出しつづけている)燃料を冷やして保存するようになっていた。充分に冷えたところで、この使用済み燃料は処理に回される。
で、冷却ができなくなった炉心やこのまだ熱い燃料が、周囲に残った水を水素と酸素に分解し始めた。電気で分解できるのは知られてると思うけど、実は高熱でも分解される。水素は軽いので上の方に溜まり、そのうち何かの拍子に火が着いて、建屋の屋根を吹き飛ばした。
で、どうやらこんな感じで、放射性物質の拡散が発生している。
- 原子炉容器内の圧力を逃がした時、放射化された水や少量の放射性生成物を含む蒸気が大気に放出された
- 使用済み燃料プール火災で、放射性生成物(主にヨウ素131とセシウム137)が風に乗って散乱した
- 一部原子炉格納容器にはどうやら損傷が発生していて、直接核燃料に触れていた冷却水が一部漏れた
- 全体として、海岸にある原子炉にざばざば水をかけ流しているので海水に放射性物質を含む水が流れた
今のところ、大気中に放出された放射性物質の方は概ね周囲30km圏内より外では深刻ではない(ただ風向きによって濃度の差はあって、北西方向には濃度が高いのでその辺のエリアはもうちょっと外側まで考えた方がいいかも)。
海に拡がった方の影響は、今のところ近海以外では深刻ではないと思う。生物濃縮についてもたぶん心配するほどではない。
ただし「今のところ」。
事故の概要はだいたいこんな感じ。
問題点の整理と解決策
ちょっと要点を整理しよう。「何故事故になったのか」というか「何があったら防げたのか」について。
一番大きなポイントは「どうやって冷却水を流し込むか」。福島原発の場合、電気がないと冷却水が循環しない。そのために非常用発電機もあったけど、流された。
そうすると、考えられる手段は
- 津波が来ても発電機が流されないようにする
- 電気がなくても安全に冷却されるようにする
の2パターン。
津波対策としては、たとえば発電機を津波の届かない高所に置く方法がある。ただ福島原発の場合、周囲が平地で高台を得られない。建屋の屋上に上げるぐらいのことはできたかも知れないけど。
あるいは地下に埋め込んじゃう方法もある。ただこれは水没を避けられるかどうかがポイントになる。ディーゼル発電機は酸素がなければ動かないので地下に置くなら通気口が必須で、そこから水が流れ込んだら機能しない。
堤防で津波を防ぐ?それは正直ちょっと非現実的だと思う。というか、堤防はあったんだけど津波で全部壊されてる。今回の津波は、それほどの規模だ。
電気なしでの冷却についてはスリーマイル事故以降研究が進み、たとえばスウェーデンで開発されたPIUSは原子炉内の冷却水が失われると圧力差を利用して予めタンクに溜めてあったホウ酸水が注水されて冷却と共に連鎖反応を抑える仕組みになっている。あるいは高温ガス炉では冷却材が失われた状態でも炉心溶融を引き起こす前に放熱され反応が停止するという。また、高温ガス炉では核燃料自体がそれぞれセラミックの殻に包まれていて、仮に炉心が剥き出しになったとしても直接大気に放出されることがない。そのように、今回のような事故事例に対応した設計の原子炉というのは存在していたが、少なくとも福島原発はそうではなかったし、残念ながら「そういう原子炉に入れ替える」のが簡単には行かないというのが原発の問題点だ。
おまけ:爆発の種類とか
建屋が吹き飛んだ時、混乱のある中で結構混同されてたのが爆発の種類。「水素爆発」「水蒸気爆発」「核爆発」が混同されてる感じがあった。
水素爆発とは、(上で説明したけど)水が高熱で分解されて発生した水素に火が着いて起きた爆発。原発では、これは容器の外で発生しているから原子炉内の核燃料を飛び散らせるような影響はない。ただ燃料プール部分だとその限りではないけれど。
水蒸気爆発は、水が加熱され水蒸気に変わったことで圧力が急激に上昇し破裂すること。原発での水蒸気爆発は主に「原子炉容器内の圧力が急上昇して内側から破裂する」ことであり燃料の飛散を伴う。これは重大な状況。
核爆発は高度に濃縮されたウランなどが一度に連鎖反応を引き起こすもので、原爆の原理だけど、原発で使う核燃料の場合は低濃縮なので核爆発が生じるほどの急激な反応は起こらない。