絶望の淵にこそ神はある

「神の存在を証明した」
「そりゃ喜ばしい。君は無神論者かと思っていたが。いつの間に有神論に転向したんだ」
「喜ぶのはまだ早い。むしろ絶望すべきだ」
「なぜ神の存在が確認できたというのに絶望するんだ?」
「それは神の本質を理解していない問いだ。君はこう考えたことはなかったか-----この世に神がいるなら、何故こんなにも世界は不合理、理不尽、不平等で満ち溢れているのか、と」
「無論若いころはそう考えもしたさ、しかし間違いに気付いたんだ。神は我々に試練を------」
「違う、そうじゃない。もし本当に神がいて、理想の世界というものを作るべくして作ったならば、そもそもこの世に悪など存在せず、何の試練も必要ない永遠の楽園が訪れたはずだ。しかし現実には、世界は煉獄にある。何故か?……それは、神が人間を救う気など毛頭ないからだ」
「神を冒涜する気か」
「いいか、この世が本当に楽園であったならば、誰が神を想うか?それは空気のようなもの、幸福な日常にあっては意識されることなく、絶望の底に突き落とされてはじめて強くその存在を意識し、縋るものだ。つまり、神が神であるためには、神が神として人に意識されるためには、世界が幸福であってはならないんだ」
「神が-----神こそが悪を齎しているというのか」私の声は震えていた。
「僕はこの20年というもの、ひたすら確率論を追求してきた。神が実在せず、かつ世界が絶望で満たされる確率を求めるためだ。当時僕は、縋るもののない絶望こそ最も恐ろしいものだと考えていた。だからこそ『神がいない世界よりマシな現実』を求めていたのだが、結果はむしろ逆だったんだ。神の存在なしには、この世は存在すらできない。ということは、神こそがこの世界を成立させ、同時に絶望を絶望たらしめる存在なのだ」
「おお……神よ……いや、神に縋ることはできないのか……では一体何に頼れば良いというのだ?」
「そうだな……希望を捨てて神を捨てれば、あるいは楽になれるのかも知れないよ。全人類が神を顧みなくなったら、その時こそこの世界は神の呪縛から開放されるだろう」