不可知=無

「だからさ、死後の世界とか魂なんてものは存在しないんだよ」科学者はそう断言した。
納得が行かない。科学でも解らないことはまだまだ多いのだから、今は知られていないだけで将来的には発見され、解き明かされるかも知れないではないか。そう反論すると、彼はゆっくりと首を横に振りつつ言った。
「そうでないと考えるに足る根拠を挙げてみせようか」


「まず、君は思い違いをしている。『存在するが観測できていないだけ』ということは有り得ない。
いいかね、凡そこの世界に影響を及ぼしている限りは、何らかの手段で観測可能なのだ。捉えることのできない暗黒物質でさえ、僅かな重力からその存在が検出されている。
こう考えて見給え。生命というものを『単なる細胞の集合体が、不可知の領域からの作用を受けて自律的に存在を持続させているもの』と仮定する。この『不可知の領域』が所謂霊的世界、『作用』が魂に相当するわけだが、そのように明白な因果関係があるならば、例えばこのベーコンにだって魂は宿り得るし、また生前と死後での作用の違いが観測可能な筈だ。実際、サンプルは無数にあるわけだから、『観測できていないだけ』である筈もない。
しかし現実には、一切の物理的作用が確認できていない以上、それは『存在しない』と断言できる」
「……だけど、確か『魂の重さ』を計った人が……」
「あれはその後の動物実験による追試で否定されている」
反論のしようもない。そこで別の方向から疑問をぶつけてみた。
「じ、じゃあ臨死体験は?実際に自分の体を外から見た人や、死後の世界を見て帰った人がいるんだから」
言いかけた言葉を遮って一言の反論。「夢と同じだ」
「夢?」
「人間の意識というのは結構いい加減なもので、断片的な情報を繋ぎ合わせて適当な「事実」をでっち上げて納得してしまう。過去の記憶が思い込みによって捏造される例は多い。
意識が朦朧としている場合は尚更だ。君だって、目覚し時計の音を聞いて非常ベルや電話の呼び出し音が鳴る夢を見たことがあるだろう。実際、それまでのストーリーに電話や非常ベルは関係なかっただろうに、音を聞いた途端にそれが違和感なく取り入れられてしまう。
臨死体験などというのは、死ぬような目にあって意識が混濁したときの曖昧な情報を、意識が戻ったときに適当に処理した結果生じた幻の記憶だよ」
「本当にそうと決まったわけじゃ……」
「まあ確かに。そう解釈するのが妥当というだけで、確認された事実ではないな。
だが、仮に魂とやらが存在したとしても、肉体を離れた時点でもう意識を保っていられるとは思えない。だから「死後の世界」とやらがあってもなくても同じことだ。少なくとも、死後の世界を覗いて戻ってきたという証言は嘘だと断言して良い。
もし死後も意識が保たれるのだとしたら、あらゆる動植物も人間と同じ程度の意識を持っていなければならないことになる。まさか魂にも種類があって、ヒトの魂はヒトに、イヌの魂はイヌにと入り分けているというんじゃあるまいね?」
「ええと……体のサイズに応じて魂の量が違うから、意識のレヴェルもそれに応じて変わるのかも……」思いつきを口にする。
「それじゃ天才はみな巨躯でなければならないし、象や鯨は人間を遥かに凌ぐ頭脳の持ち主だな。そんなことはあるまい?
仮に脳のサイズだとしても、鯨は人間の7倍ほどの体積を持っている。にも関わらず文明存在の痕跡もない」


そこで学者はにやりと笑って、
「そうだな……死後の世界が存在する可能性がひとつだけある」と続けた。
「え?」
「この世界が、そうである場合だ」