非電源ゲームの普及活動について

ボードゲーム類を日常的に遊んでいる人々は皆、自分たちが相当にマイノリティであることを自覚している。
中でも、とりわけ90年代のTRPG隆盛→没落を体験している層は、市場が育たないことに対する危機感のようなものを持っているのではないかと思う。


国内のRPG市場は一度滅びた。直接的な原因としてはMagicの爆発的な普及なども影響したが、全体としてはむしろオタク層の取り込みに重点を置くあまりヘヴィーユーザーの保護を怠った報いであろう。性急にマジョリティを狙い過ぎて一時期の「ブーム」に乗り、アーリーアダプターが離れてしまった。
この頃、盛んに為された議論の一つが「産業としての市場を形成できないと滅びる」という危機論だったように思う。
RPGに於いてはこの認識は必ずしも間違いではなかっただろう。既に国内RPG業界は海外製RPGとは異なる層を形成していたから、その供給元が引き上げてしまったらプレイヤー層は過去の遺物だけで細々と食い繋がねばならなくなってしまう。シナリオさえ用意できればいつまでも遊べるものとはいえ、新味に欠けるのは確かだ。


しかしボードゲーム業界の場合、そもそも国内の産業としては全くといって良いほど定着していない。カードゲームとしては古くは翔企画/ホビージャパンから現在の遊宝洞まで、またボードゲームでもエアロノートやグランペールのような意欲的な試みも現れはしたが、依然として主たる供給先はドイツゲームの輸入である。
これまで、ずっと人数の増加が極めて緩やかだったであろう状況でも輸入による供給は続いてきた。ここ数年で少し追い風が吹いたかに見えたものの、それが途切れたところで元に戻るだけであって失うものがあるわけではない。そう躍起にならずとも良いのではないだろうか。


世間一般でのゲームに対する扱いはあまり良いものではない。コンピューターゲームに限れば、ファミコン世代が親になりつつあることで多少は認識も変化しただろうが、その世代ですら未だに「大人になったら卒業するもの」という認識が根強いし、もっと上の世代なら尚更「子供騙しの遊び」だろう。その認識が根本的に変わらない限り、ちょっとばかりボードゲームが世間に紹介されたところで事態が好転するとは思えない(いっそゲーム脳あたりがコンピューターゲームに対する対抗馬として取り上げでもすれば状況が一変するかも知れないが(笑)、少なくとも私はそんなネガティヴキャンペーン的ブームには否定的だ)。
漫画だって真っ当な文化として認められるまでに長い時間を費やしてきた。正確に言えば、今でも完全に認められたとは言えまい。文学=高尚、漫画=低俗という認識は未だに続いている。況や、より若いメディアであるゲームをおいてをや。
わけてもボードゲーム類は、見知らぬ層には「双六程度」と扱われがちである。正月に子供相手に「付き合ってやる」遊びの域を出ていないのだ。


ところで健全なオタクの皆様に於かれましては周囲にオタク、もしくはそれと同程度に知的活動を好む層が屯することと思う。経験的に言って、こういった人々はボードゲームの存在を知らないだけで、普通に楽しむことができる。布教/普及の第一歩としてはまずまずだ-----ただし彼らは、まず自分で買ってまで遊ぼうとは思わないのだが。
市場拡大を目指す布教派にしてみれば、これは大変歯痒い状態だ。「面白いことは解ったのに、どうしてそこから一歩踏み出さないのか」買わないプレイヤー層は市場の拡大には殆ど貢献してくれない。
しかし一方で、普及派としてはこれはこれで満足すべき成果だ。ボードゲームを知っていて、抵抗無くプレイしてくれる相手がいること。そうすれば新しいゲームを楽しむ機会も増え、自分がゲームを買う弾みになる。市場もほんの少しは拡大するだろうし、なにより非電源なゲームに偏見と抵抗のない層が増加してくれれば、数十年後にはもう少し認識も広がるだろう。
現世での見返りを求めるのを止め、長期的な成果に期待してみるのはどうだろうか。