「民主党政権時代」が最悪だったのか、を検証する

2009-2012年にかけて自民党を政権与党から蹴落とした民主党政権時代。5年経った今ではすっかり「当時は最悪だった」的な論調になっているが、実のところ2011年の大震災を中心に「政権とは無関係に日本がダメージを受けた」時期であり、「民主党のせい」はそんなに多くないのではないか、ということで当時を振り返ってみた。

とはいっても私も当時のことをそれほど憶えているわけではないので、ひとまず「民主党のせい」的なまとめを探して、その内容を検証する形を取ろうと思う。

matome.naver.jp
Naverまとめを参考にするというのもアレなのだが、民主党政権時代への批判として上位に挙がっていたので、ひとまず。

新規国債発行額は過去最悪に

鳩山由紀夫内閣子ども手当などの政策を実行するため、不足する財源を補うため過去最悪の44兆3,030億円分の新規国債が発行されることになった
最多であるのは間違いないが、「最悪」なのかどうかは判断を保留。国債発行はよく借金に喩えられるが、国の貨幣政策を家計のそれと比して語るのは適切でなく、一概に悪いとは言えないのでは。

事業仕分けで科学技術振興費用が削減

蓮舫議員のスパコン仕分け」などが印象深く語られるために「民主党が科学予算を削ったのが今になって悪影響を及ぼしている」と思われがちであるが、スパコン仕分けはむしろ「意義を説明できなかった研究者の落ち度」という面が強いし、また個々の事業予算はともかく総額としては、科学技術振興費用自体は減額されていない。従って「民主党が悪い」というのは不当な評価だ。
民主党は科学技術予算を削減していない - 現代 note

口蹄疫の流行

2010年日本における口蹄疫の流行 - Wikipedia
少なくともWikipediaで経緯を確認する限りでは、この事例は主に「以前から防疫体勢が充分でなかった」「宮崎県内で報告を遅らせた」など政権の責ではない要素が中心となったもので、民主党の問題と言える部分は「5/19に担当大臣が国内の大規模な問題を放置して外遊へ出掛けた」ぐらいに思われる。落ち度はあったが「主に民主党のせいではない」のでは。

菅談話

談話内容への評価は、主観に拠るところが著しいためひとまず保留する。

尖閣諸島中国漁船衝突事件

「弱腰外交」との評価についても主観的なものであるので保留。

東日本大震災および原発事故

震災としてだけでも未曾有の大災害であり、その上に原発事故という更なる災害が重なったこと自体には、もちろん民主党の責はひとつもない。
政府としての対応が万全であったとまでは言えないとしても、対応のまずさによって徒に被害を増やしたわけではなく、むしろ甚大な災害によく対応したと労うべきところではなかろうか。

朝鮮学校の高校授業料無償化

これについては当時の政権に落ち度があったとすれば、むしろ「結局朝鮮学校のみを無償化対象外としてしまった」ことの方だと言える。

円高

円高と円安のどちらが良いかというのは一概には言えない部分であり、大雑把には輸入と輸出どちらを重視するかの問題であるので、民主党円高重視であろうと円安重視であろうとそれ自体が問題なわけではない。ただ、1ドル75円もの劇的な円高は流石にバランスを欠くものではあっただろう。
しかし民主党が対策を講じなかったというわけではない。この記事自ら引用している部分にも「日銀の金融緩和、民主党政権の大規模な為替介入によっても円高を阻止できなかった」とあり、「大規模な対策を講じたにも関わらず抑えることができなかった」と言うべきだろう。力不足を批判することはできるにせよ、「民主党のせいで」というわけではない。

民主党政権下で株価11・7%下落 時価総額46兆円減少

民主党政権下で」株価が下がった、という表現は嘘ではないが正しくもない。長期的な株価の動きを見ればこの時期に株価が底を打ったのは自民党政権下時代のリーマンショックによる急落の時であり、また民主党政権下で下落に転じたタイミングは明らかに大震災の影響によるものであることが見て取れる。「民主党政権のせいで」株価が下がったわけではない。
baseviews.com

生活保護の受給者数は過去最大に

生活保護の需給者数拡大が意味するところは2つあり、ひとつは「不景気によって需給対象者が増えた」、もうひとつは「今まで需給対象者でありながら需給されなかった人に需給された」。
民主党政権下での失業率はむしろ自民党時代にリーマンショックで急増したのが緩やかに下がりつつある時期で、つまり「失業者の増加によって需給者数が増えた」のだとすればそれは民主党のせいではないし、「失業者数のピークではないにも関わらず需給者が増えている」と見るならばむしろ今までよりも需給できるように改善されたと見るべきかも知れない。

消費税増税

当時5%だった消費税を段階的に8%→10%へと引き上げる法案を提出したのは確かに民主党であった。
なにしろ消費税は所得に対する逆進性が強く低所得者ほど相対的に負担が大きく、また製造段階から卸売・小売とひとつの商品に何度も課税されることで額面以上に消費を引き下げる効果があるので、これを増税しようという民主党の法案に対する批判自体は実に正当なものであると言わざるを得ない──元々消費税を制定したのも3%→5%に引き上げたのも、また民主党法案に合意したのも、つまり消費税の課税および増税について全ての点に関与してきたのは自民党の方である、という点に目を瞑れば。

洪水対策

民主党時代に事業仕分けスーパー堤防の建設費を削ったから鬼怒川の堤防が決壊して洪水になった」という主張も見たが、スーパー堤防(高規格堤防)とは実現までに数百年を要する超巨大事業である上に全域完成しないと効果が薄いという「本当にこれ意味あるのか」な代物で、いずれにせよ民主党時代にやったことのせいで洪水になったわけではないので、まるで見当違いの批判と言わざるを得ない。

地下謎2017

2014年から毎年、東京メトロで10月〜1月の間開催される街歩き謎解き「地下謎への招待状」に、今年も挑戦してきた。24時間フリー乗車券付きで東京メトロの路線を巡り手掛かりを探す、巡回型の謎解きイヴェントだ。
realdgame.jp

用意するもの

「地下謎」では、謎解きに必要なものは一通りキットに含まれているので、必要なのはキット購入費用2160円だけだ。二人以上で一緒に遊ぶ場合、別途フリー乗車券を購入するなどして1キットを共有することも可能だが、手掛りをひねり回すには一人に一つあった方が便利ではある。複数購入するとちょっとしたグッズももらえるので、基本的に各自購入をお薦めする。
また今回は途中でちょっとした買い物が必要になる(100円)。
謎解きの間、わりと頻繁に「手に回答用紙と筆記用具を持って移動する」必要があるので、その間に不要なものを仕舞える鞄があった方がいい。A4程度のサイズが収まる、肩掛けのバッグがいいだろう。
最終問題の回答、および詰まった時のヒント確認のためにはスマートフォンなどがあると良いが、謎解きの間に使うとすれば「問題のキーを撮影して別の場所でゆっくり考える」程度だ。
逆に、それ以外の余計なものはなるべく持って行かない方がいい。

スタート地点

駅事務所定期券売りにて場謎解きキットを販売する、東京メトロ上野・銀座・池袋・新宿・渋谷の5駅から始めることになる。
キット購入した場所に、最初に行くべき場所への案内があるので、まずはそこに行って最初の謎のための手掛かりを得ること。その後、キットの内容を確認しながら複数の謎を解くためにテーブルのある席が欲しいので、喫茶店にでも入るといい。

難易度

最初の謎はそれほど難しくないが、解いたら示された駅に移動して次の謎を解き……と、移動が多いため時間がかかる。段階が進むとあちこち移動する形ではなくなってくる代わりに謎の難易度が上がってくるが、「足で解決」と「頭で解決」が交互にやってくるので、小学生ぐらいの子連れでも結構楽しめているようだ。なお最終の謎は解釈に悩み、「本当にこれ解けるのか……?」と懐疑的になったが、それだけに正解がわかった時のカタルシスは凄まじかった。

時間

謎解きにかかる時間には個人差があるが、だいたい最終行程(最終問題の情報を得る段階)まで5時間前後を見込んだ方がいい。私の場合、最初の謎(複数の駅を巡って問題を解く)を終えるまでに2時間、第三段階の謎を解いたところで3時間、最終の謎到達で4時間半だったが、帰宅してその最後の謎を解くには更に3時間以上を要した。

その他雑感

謎の手掛かりは、改札の外、多くは街の中にある。そのため、雨の日はちょっとやりにくい。
普段降りることのない駅で降り、行くことのない場所に行くことで色々な発見があるのだが、「どこに行くか」も謎のひとつであるため情報をシェアできないのは少々残念。
参加者が多いので、みんなが向かう方向を見ると「どこに手掛かりがあるのか」がわかってしまう。変にヒントを得ないようにしたければ平日にやるといいかも知れない。これは主催にとっても懸念事項だったのか、今回は「謎を解くと複数の候補地が現れ、そのうちひとつを巡れば良い」方式になっており各地点に人が集中しすぎないようにしてあった。また解くまでに時間のかかる最終問題は「家でも解ける」と示されており周囲にヒントを与えてしまわないよう配慮されている。これは良い変更だと思う。
来年も楽しみにしている。

オキナガ考

ゆうきまさみ著「白暮のクロニクル」は、オキナガと呼ばれる「不死の人」たちが存在する現代日本を描いたサスペンス調の漫画である。

オキナガとは古い言葉で「息長」あるいは「生長」と書き、長命の者を意味する。

オキナガの肉体構成はヒトと変わりないが、体は成長せず、傷は素早く癒え、食べ物をほとんど必要とせず、また病に冒されない(正確には「病によるダメージがすぐ回復してしまうため自覚的な症状が出ない)。
生肉および血を好むが、それなしに生きられないわけではない。犬歯が鋭く伸び、噛み付きによる吸血を行なう場合がある。吸われる側には快感があるというが、これは痛みによる抵抗を抑えるための何らかの快感物質注入によるものであるのかも知れない。
オキナガは視覚、特に低光量視覚に優れ(桿体の感度が高いのか、暗所で目が光るような描写もあったので猫のように反射構造を持つのかも知れない。また10巻で茜丸の目がほぼ黒目であるように見える描写があり、瞳孔が極端に広がる可能性もある)、また聴覚・嗅覚もヒトより格段に鋭い。
一方、肉体がヒトに比して強靭であるわけではなく、膂力などはヒトと変わりない。むしろ紫外線に対する極度のアレルギーにより日光下では数時間と保たないという致命的な弱点を抱える(オキナガの死因1)。
首を切られても生存可能で、切断部位も傷口を合わせておけば癒着するが、大きな肉体欠損までもが元に戻るわけではない。内臓、特に心臓を失えば死に至る(オキナガの死因2)。
オキナガはオキナガとして生まれてくるわけではなく、オキナガが死に瀕した人間に血を飲ませることによって「成り上がる」。ただし血を分けたところで成り上がれるかどうかは相性次第で、少なくとも遺伝的に「オキナガ化し得る」因子が存在するらしいこと、またこれは母親から受け継がれるらしいことが知られる。

ここからいくつもの疑問が生じる。

疑問1:オキナガの脳は変化するのか

オキナガの肉体は高い恒常性を保っており、肉体は(大きな欠損を除けば)すぐ元に戻る。では、脳はどうなのだろうか。
一般に、ヒトの脳はニューロンの結節が変化することにより記憶を蓄積してゆくと考えられている。だとすれば、オキナガに於いても脳内の変化は生じているはずだ。
一方で、雪村が目にしただけの顔を全員覚えていたり、応仁の頃から竹之内に仕える多聞が当時嗅いだきりの「茜丸の匂い」を記憶しているように、オキナガには特異的な記憶の良さを示す描写がある。これは「一度記憶形成したニューロンが変化しない」ことを意味するようにも思われる。
また他方では竹之内が「(雪村や自分は)モニタで文字を読んでもあまり頭に入ってこない」と述べるなど時代の変化に対応し切れないとも取れる発言があり、こういった部分は「脳が変化しにくい」ことによる作用であるのかも知れない。

疑問2:オキナガは出産できるのか

オキナガの肉体は変化しない。すると、体の変化を伴う「妊娠」は不可能なのだろうか。そもそも「生理」が生じない可能性もある──逆に、生理中に「成り上がった」場合は生理が続くことになるのだろうか?
妊婦がオキナガになった場合はどうなるのだろう?オキナガとしての性質が胎児にも及ぶ場合、胎内に成長しない胎児を抱えた永遠の妊婦になるのだろうか。それとも胎盤で分かたれた胎児にまではオキナガの血が届かず、「これ以上大きくならない」母体の子宮内で胎児だけが成長してしまうのだろうか。

疑問3:髪や髭は?

肉体の損傷は速やかに回復してしまうオキナガだが、肉体的には「死んだ部位」である毛はどうなのだろうか。切断しても接合するのかしないのか、新たに伸びるのか伸びないのか。伸びない場合は歳経たオキナガほど無毛になってゆくように思われるので、恐らくは伸びるのだろうが。

疑問4:オキナガと感染

体の損傷が回復してしまうオキナガは、感染しても自覚的な症状が出ないようだが、感染力はある(少なくともその可能性は否定できない)と考えられている。
病原には主に「体内を食い荒らす寄生虫」「毒性のある物質」「毒性物質を排出する微生物」「細胞を作り替えるウィルス」があるが、これらに感染した場合にオキナガの体質はどれぐらいの速度で修復され、またその場合に体内の病原体はどうなるのだろうか。
寄生虫の場合、食い破られる痛みなどはあるにせよ(もっとも、肉体の損傷に伴う危機感の薄いオキナガはそもそも痛覚の必要性が薄く、感じないとまでは言わぬにせよ感じ方が弱そうでもある)、損傷部位は速やかに回復してしまうため「死なない宿主」として寄生虫を永く生存させ得ると考えられる。
細菌感染の場合、排出される毒性物質はオキナガにも影響を及ぼし得るものの、致死性であっても回復してしまうので、こちらも細菌を生存状態で永く保持できそうだ。
ウィルス感染の場合はどうか:通常のような「成長」を行なわないオキナガの場合に、体へのダメージ回復以外の理由で細胞分裂が行なわれるのかどうか、よくわからない。仮に細胞分裂が行なわれない場合、ウィルスはDNA改変による増殖を引き起こせない可能性がある。
もっとも、体毛が伸び続ける可能性が高いということは細胞分裂が行なわれているということであろうから、ウィルス感染も引き起こしそうに思われる。その場合、これまた「分裂するウィルスを体内に永く保持しつつ失われた細胞が補完され死なない宿主として機能する」ことになり、結局いずれの場合でも「当人の健康状態にほとんど影響しないまま周囲に対する感染力だけは保持した」衛生管理的には厄介な存在たり得るだろう。そりゃ厚労省管轄で定期診断せざるを得まい。

疑問5:オキナガの血はどのように作用しているのか

オキナガが血分けによって増える、ということはオキナガをオキナガたらしめる要因は恐らくその血にあるのだろうと思われる。血を飲まされた者が「甘く」感じられる、というのもそれを裏づける。
1巻および2巻での血分けの描写を見るに、傷口にも垂らしているようだが、基本的には「飲ませて」いるようで、だとすれば体に直接作用させるには些か効率の悪いやり方に思われる。だとすれば、血は通常のように胃腸を通じて吸収されるのではなく、もっと直接的に肉体を侵襲している?ならば「血に触れさせる」だけで効果が得られるのだろうか?
「オキナガ化」は極めて迅速に進攻する。全身の構成を、細胞単位で機能的に作り替える、といってもいいだろう。この変化は何が、どのようにして齎すのか。
諸々考え合わせ、ひとつの仮説を立ててみた:オキナガとは、血液内の成分──ある種のウィルス──による感染症ではないか。
オキナガをオキナガたらしめる成分が血に含まれていることは明らかだ。
ヒトは血液との接触によってオキナガになる。ただし、生きたヒトがオキナガの血に触れてもオキナガになるわけではなく、死につつある状態でしかヒトはオキナガになれない。更に、死につつある時の接触であっても、長命化因子に適合しなければオキナガになることはない。
従ってオキナガは極めて弱い感染力しか持たないが、代わりに「宿主を極端に死ににくくする」ことによって感染力の低さを補い、ゆっくりと増殖する。
オキナガの血液成分は明らかに宿主を「作り替える」。それがなぜ生きた状態のヒトに対しては作用しないのかは不明だが、もしかしたら生体の免疫系であっさり防がれてしまうのかも知れない(「死につつある」状態の体でそれらが機能しないのかどうかは解らないが)。
吸血衝動は単なる生理的欲求ではなく、「ヒトを半死状態に追い遣りつつオキナガの唾液などの成分と接触させる」ことによる感染を期待しての(一部の寄生生物で知られるような)宿主コントロールなのかも知れない。

疑問6:ヒト以外のオキナガ

オキナガ化についてはあまりにも不明点が多いが、「長命化因子」がヒトにしか含まれないものでない限りは、ヒトに近い生物などでは共通感染を引き起こし得るのではないだろうか。とすれば、一部の哺乳類や、もしかしたら鳥などにも、オキナガ化個体が混じっている可能性は充分にあるものと思われる。

疑問7:海外でのオキナガ

オキナガは感染しにくいため拡散力は決して高くないが、ヒトの移動に伴いオキナガもまた移動する以上は日本に特有の存在とは考えられず、世界中にオキナガがいると考えるのが自然であろう(実際、按察使薫子はヨーロッパ留学中にオキナガ化したし、作中でも他に海外出身と思われるオキナガが複数登場する)。他国では、オキナガはどのように扱われているのだろうか。
東欧の吸血鬼伝承など、夜に出没する不死存在の伝承がオキナガを指している可能性は非常に高く、多くが「人を襲う化け物」として描かれてきたことからも根強い差別意識が存在するだろうことは想像に難くない。

疑問8:オキナガ認知の歴史

古くから「不老不死の人がいる」こと自体は伝えられてきたはずだ(そういう伝承が多数残っている)が、その(生理的/戸籍的な)実態の把握はほとんどされておらず、日本に於いては具体的調査が進んだのは恐らく太平洋戦争前後のことであると思われる。
とはいえ、「死なない」ことの戦闘的利点は明らかであるからして、他国に於いても類似の「利用」が考えられなかったはずはない。たとえばドイツ第三帝国末期にヒトラーが「最後の大隊」と称する無敵の戦闘集団に言及しているが、これが不死者の軍隊であった可能性は高い。日独がそれぞれに似たようなことを考えたのだとすれば、英米ソなどに於いてもまた類似のアイディアは当然にして存在したであろう。
いったい社会はいつ頃からオキナガを正式に認知し、またどのように対応してきたのか。

古いオキナガについて

登場人物それぞれに触れるとキリがないので、特異的に出自の古い二人だけを取り上げる。

竹之内参事

古いオキナガ。当人の申告によれば「1600年ばかりこの国に仕えている」そうだが、それが1600年前の生まれを意味するのか、それとも「もっと古くからオキナガとして生きてきたが国に仕えるようになったのは1600年ほど前」なのかは不明。
応仁の乱茜丸と出会いオキナガに成り上がらせる。この当時は「スクネ」を名乗っていたことから、記紀に記述のある武内宿禰たけのうちのすくね当人である可能性は高いが、逆に「記紀から名を取った」可能性もある。
記紀武内宿禰についての記述を信じるならば景行天皇の時代に生まれたことになっており、生年は西暦80年代頃となる──現実世界では、初期25代あたりの天皇は「度を越えた長命」を理由に実在性が疑われる存在であり、それら天皇に5代続けて仕えた人物とされる武内宿禰もまた非実在と考えられるが、オキナガが実在するこの作品内世界にあっては天皇の記述が架空であると断じることもできない。

入来神父

浅黒い肌で、コーカソイド系の骨格。「日本の戸籍制度が始まった時から日本人」ではあるが、渡来と思われる。
6巻にて竹之内が「いつからこの国にいるのかわからんが」「古い。ことによると俺よりもな。」と発言しており、1600〜2000歳前後と思われる竹之内より年上かも知れないことから、紀元前の生まれである可能性も。
「非常に古い不死者」で「海外から日本へ渡来した」「 父親が大工だった」という条件に当て嵌る人物は非常に少ない、というか一人しか思い当たらない:ベツレヘムに生まれゴルゴタの丘で磔となって死して3日後に復活したことで知られる、ナザレのイエスである。

濡れた傘を剥き出しで満員電車に持ち込む行為について

雨の日、当然ながら傘は濡れる。撥水加工であれば大きな雫は流れ落ちるが細かい雫まですべて落とせるわけではないし、撥水も使い込んでいると機能低下してくる。
満員電車では、当然ながら周囲との密着を避けられない。この時、濡れた傘を持った人物がいるとどうなるか。

他人の濡れた傘で自分の服が濡らされるというのは大変不快なことだ。しかも濡らされる側では避けようがない。
しかし濡らす側が気を付ければ避けられる事態ではある。
折り畳み傘なら鞄にしまう。傘には普通、収納袋が附属しているから、そこに入れておくのでもいい。
畳めない傘なら、表面をタオルでぬぐう。こちらも、傘袋があるならそれを使うのもいい。
とにかく、濡れた傘を濡れたまま剥き出しで持ち込むのは駄目だ。

もちろん傘でなければ良いというものではなく、それがレインコートでも、あるいは単に傘をささずに全身濡れた状態でも同じことで、「自分の落ち度で他人を濡らすな」。
……こんなものはマナー以前の問題であるような気がするが、現実問題としてマナー以前の気遣いが欠けているようなのでわざわざ書いておく。

「死印」に足りないもの

今日発売のPS Vita用ホラーゲーム「死印」体験版を遊んでみた。事前公開されていたキーヴィジュアルの雰囲気がとても良く、気になっていた作品である。

死印

死印

 

 結論から言えば、私はこのゲームを体験版で遊べる第一話のおよそ半分で見限った。従ってこのゲーム全体を適正に評価することはできないのだが、しかし第一印象もまた評価ではある。「どこが悪かったのか」を少し語ってみようと思う。

なお、以下には序盤のネタバレを含む箇所があるので悪しからず。

 

悪かったところ

キャラ立てが邪魔

「人形」キャラが公開された時点で不安に感じていた点ではあったのだが、変にキャラの立った登場人物が異物感となって恐怖感を削ぐ。一般的にはキャラ人気が出た方が売れるのかも知れないが、ホラーに於いては登場人物なんて区別できる程度に没個性である方がいい。

まあ物語を進めると各キャラの背景が明らかになってゆき感情移入が生じてゆく……のを狙ったのかも知れないが、ホラーゲームであまりホラー以外の部分に焦点を当てると軸がブレる。「怪異に巻き込まれた理由」が不自然でない程度の設定があれば、それ以上の背景は必要ない。

また、キーヴィジュアルや一枚絵のタッチに比べキャラ絵のタッチが浮いて見えるのも気になるところ。九条女史の遺体などは良い雰囲気なので、キャラ絵もその線でまとめて頂きたかった。

 

怪異以外の理不尽

ホラーに於いて、怪異というのは理不尽なものだ。だからこそ、怪異以外のところに理不尽があってはならない。プレイヤーにとっての現実世界と地続きになった、ごく普通の世界に「怪異」だけが理不尽に存在するからこそ、その異様さが一層引き立ち、恐怖たり得る。

その点で、「小学校の職員室に隣接して知られざる地下室があり、生徒が校長に責め殺された」などというのは設定に無理がありすぎる。公共建造物に人知れぬ秘密の区画など作ることはできないし、まして何人もの学校関係者が行方を眩ますようなことがあれば、明るみに出ないはずがない。

そういうところで手を抜くと興が醒め、恐怖も薄れる。

 

グロによる恐怖演出

全体に、死や変容それ自体によるものというより「生理的嫌悪」を主体とした恐怖演出が行なわれているように見える。それはそれでホラーの重要な要素ではあるのだが、怖がらせ方で言えば「 驚かせる」 「気持ち悪がらせる」ものであって、少なくとも私の望む「恐怖」とはちょっと違う。

まあ一概に否定するものではないのだが、心霊/怪異方面としては若干弱いように思われた。

 

探索と移動の混同

闇の中を懐中電灯で照らすと調査可能ポイントが浮かび上がる、という演出は好ましいが、調査しようと思ったら移動になってしまう箇所(踊り場に於ける階段など)があるのはいただけない。方向キーによる移動があるのだから調査とは切り分けるか、せめて調査ポイントの表示パターンを変えて移動になることをわかりやすく表示して欲しかった。プレイヤーの意図しない操作が発生してしまう、というのは(それ自体を演出として生かす意図があるのでもない限りは)単純にゲーム操作に対するストレスになるので好ましくない。

 

 

探索中のゲームオーバー

探索中、すぐ近くまで怪異が迫るシーンがあるが、この時「最短で逃げろ」と言われ、回避するための行動を一手も間違えず実行せねばならない……というのは、追い詰め方としてはイマイチだ。時間制限が設定されているのかどうかはよくわからなかったが、ここは折角の「霊魂」システムを利用し、行動を間違えてもいいが霊魂が減り続けるような形で焦らせた方が良いのではないだろうか。そうすれば(序盤だからこそかも知れないが)大盤振る舞いした霊魂回復札も有効に活用されるというものだ。

 

ボス戦

怪異と「戦って倒せる」というのは、それ自体が恐怖を弱めてしまう。人智の及ばぬ存在だからこその恐怖であって、倒せるならばそれは唯の「敵」に過ぎない。

これが小説や映画なら、怪異に呑まれて滅びを迎えても問題ないし、ひとまずは退けたかに見えたものの逃れられたわけではないことが暗示されるのでも良いのだが、ゲームに於いてはそれで終わってしまうわけにも行かない。だから「倒せる」のも致し方ない部分はあるだろうが、とはいえ恐怖が解けてしまうのも確かだ。

またターン制のコマンド式というのも好ましくない点ではあるのだが、3Dアクションゲームではないのでリアルタイムというわけにも行かず、このような表現形式となったこと自体は理解できる。

 

ただ、クリア手段によってその後の展開が異なる点については大いに不満がある。「花彦くん」の場合は怪異を滅ぼした後に同行者が「忘れ物を取りに戻り、戻って来ない」のだが、これはプレイヤーの選択肢が必然的に引き起こす事象ではなく偶然による要素が強い描き方であり、「不正解というわけではないのにバッドエンド」に見えるのはいただけない。

 

良かったところ

アートワーク

パッケージイラストを含め、キーヴィジュアルはとても良い。

 また「シルシ」により殺された異形の死体も恐ろしさとある種の美しさが同居した、魅力ある描写になっている。画集が欲しいところだ。

 

視界の隅にいるもの

探索シーン中、懐中電灯で照らしたところに「何かがいる」という演出は一瞬の恐怖を掻き立て、時間制限がないため漫然となりがちな探索シーンに緊張感を生み出している良アイディアである。

ただ、「見たからといって何があるわけでもない」のはちょっと惜しい気もする。

とはいえ「見てしまったら霊魂にダメージ」などにするとゲーム進行のために極めて重要な探索行動がストレスフルになってしまうので、雰囲気演出以上のものにしにくかったのも理解できる。

たとえば「怪異の元に近付くにつれ雑霊の出現が増える」などゲーム上での意味を持たせられればもっと良かったのではないかと思う。

 

むしろこの仕組みを中核に構築し直せば、と考えたのだが、それ「零」だ……

 

零 ~濡鴉ノ巫女~

零 ~濡鴉ノ巫女~

 

 

マイクロフォーサーズ マクロ撮り比べ

マイクロフォーサーズにもマクロレンズが充実してきたが、それらを比較した情報が見当たらなかったので、僭越ながら簡単に撮り比べてみることにした。
とはいえ全種買い揃えるほどの余裕はなく、さりとて借りる当てもないので、店頭展示品を拝借してのごく簡単なテストのみである点はご了承頂きたい。いちおう各レンズのマクロ作例も貼っておくので参考にどうぞ。

比較したのはオリンパス製3本、パナソニック製2本、ケンコートキナー1本の合計6本。それぞれに手持ちでなるべく最短距離での撮影を試みた。被写体には500円玉を使用、大雑把ではあるが撮影可能性サイズの比較を可能にしている。
AFで合焦可能な範囲で最短まで寄ったが、マニュアルフォーカスに切り替えてピント位置を最短固定すれば更にもう一段寄れると思われる。

M.ZUIKO DIGITAL ED 12-50mm f3.5-6.3 EZ

今回の比較中では唯一のズームレンズ。換算24mmの広角〜100mmの中望遠までカヴァーし、防滴も施された使い勝手の良い汎用レンズで、0.72倍のセミマクロ機能まで備える。
マクロ機能はボタンを押し込みながらズームリングをスライドすることで切り替え、焦点距離が42mm固定となる。

長辺に対する500円玉の幅およそ70%。マクロとしては決して強力とはいえはないものの、作例などを見ると日常的な撮影では充分な性能であることがわかる。
製品レビューと作例

M.ZUIKO DIGITAL ED 60mm F2.8 Macro

OLYMPUS 単焦点レンズ M.ZUIKO ED 60mm F2.8 Macro

OLYMPUS 単焦点レンズ M.ZUIKO ED 60mm F2.8 Macro

換算120mmの望遠マクロ、マクロ性能も2倍と強力……のはずなのだが、どうにもクセの強い操作系で充分に性能を発揮できなかった。

500円玉ではこの後の等倍マクロと同程度にしか寄れなかったが、本来たぶんもっと行けるはず。
最短撮影について研究する余裕がなかったので、これは参考値ということでひとつ。
レビューと作例

LEICA DG MACRO-ELMARIT 45mm/F2.8 ASPH./MEGA O.I.S.

手ブレ補正付きの中望遠等倍マクロ。最短撮影距離15cmと、「ちょっと距離を置いて」寄れるので、昆虫など直近まで寄れないものに良さそうだ。

「500円玉を大きく撮れる」から「500円玉の一部を拡大して撮れる」レベルに。
レビューと作例

LUMIX G MACRO 30mm/F2.8 ASPH./MEGA O.I.S.

こちらは手ブレ補正付き標準マクロ。最短撮影距離10.5cmと、「レンズ前まで寄れる」。寄りすぎてレンズの影が被写体に落ちるのが悩ましい。
手ブレ補正は撮影距離が近いほど効きにくい……というか撮影範囲が小さい分だけわずかなブレも大きく影響してしまう。

45mmと同じ等倍のはずだが、さらに一段寄れる感じがある。
レビューと作例

M.ZUIKO DIGITAL ED 30mm F3.5 Macro

マイクロフォーサーズの中でもっとも拡大倍率の高いマクロレンズ。なんと2.5倍。
焦点距離LUMIXと同じ30mmで、拡大倍率が2.5倍あるということは、「もっと寄れる」ということでもあり、レンズの影どころかレンズとの接触を気にせねばならぬレベル。

(本命につき多めにお送りしております)
ちょっとした顕微鏡ぐらいの拡大感。表面の傷や歪みまではっきり見える。あまりに被写界深度が浅いので全体像が見えない。
レビューと作例

TOKINA Reflex 300mm F6.3 MF MACRO

換算600mmの超望遠レンズ。マクロと名が付いてはいるが、「焦点距離にしては寄れる方」ぐらいのもので、倍率も0.5と控え目。それでもこの程度の大きさで撮れはするのだが、なにぶん最短撮影距離80cmにもなるので撮りやすいわけではない。 またマニュアルフォーカスなのでピント合わせはなかなかシビア。マクロというよりは「ちょっと寄り気味に撮れる超望遠」である。

0.5倍のはずなのに0.72倍の12-50mmより大きく写せてる気がするが、これは唯一のMFレンズであるため確実に最短距離で合焦可能なのが効いているのかも知れない。
反射レンズにつきボケがリング状や二重線状になる現象は、他のレンズでは得られないちょっと面白い効果である。
レビューと作例

星を写すレンズ

星辰光学社のIndu-Star61はかつて天体望遠鏡用のファインダーレンズとして設計されたものを元に、前後を入れ替えたマクロレンズである。その出自から「星を導くもの」を意味する通称で呼ばれるが、不思議なことにこのレンズで撮影した像には昼夜を問わず、被写体に関わらず、星が映り込むという。
──とかいう架空設定はさておき、このレンズに「星が写る」のは事実だ。星というか、星型の光、だが。
ソ連リトカリノ光学ガラス工場製造、INDUSTAR-61L/Z 2.8/50。ライカM42マウント……というかそのソ連コピーであるFED用レンズ。
実際に星を写すような高倍率望遠レンズなどではなく、逆にごく標準的な50mmの焦点距離で30cmほどまで寄れるセミマクロ的なレンズである。6枚羽の絞りがF5.6あたりでは六芒星のような形状になる設計のおかげで、光が円形ではなく星型にボケるレンズとして有名なのだそうだ。
星を屋号とする身としては、星の名のレンズと共に星の映るレンズも押さえておきたいと出物を探していたところ、たまたまオークションに銀色のモデルが出品されていたので落札。もっとも、本来このレンズはすべて黒塗装されているものであり、本品は誰かが塗装を剥がして磨き上げたカスタム品らしい。

分解して組み直した時の都合なのかヘリコイドの回転が少しズレているようで、最短側はMを越えて少し回り、最長側は5の手前までしか回らない(その先に10と∞があるのに)。まあ実用上特に不都合はないので気にしないことにしよう。
また本来は49mm径の筒先に52mmのステップアップリングが固定されており、ちょっとしたアクセントになっている。

このレンズは絞りにプリセット機能があるのだそうだが、恐らくはその作用によるものだろう、絞りを回転させてみたところF5.6あたりでリングが空回りするようになり星型のまま動かせなくなってしまった。どうやったら解除できるのかよくわからないが、まあ元々星型以外で使うつもりもなかったので丁度良い。

当初は箔押しの星をちりばめた天体図でも写して星空に星型のボケを楽しもうかと思っていたのだけれど、全面に細かいボケが散乱するとあまり星型に見えないようで、どうも巧く撮れない。
諦めて屋外の光を星型に取り込んで楽しむことにした。

うまくピント範囲外に強い光源が点在してくれると、このように綺麗な星が見える。

光源が多いと、星というよりも単なる鋭角な光の重なりになってしまう。こういう時は円形ボケの方が綺麗に見える。
ちなみにマクロレンズとしては最短撮影距離30cmと「すごく寄れる」わけではないものの、この程度には写せる。


まずまずのところではなかろうか。