オキナガ考

ゆうきまさみ著「白暮のクロニクル」は、オキナガと呼ばれる「不死の人」たちが存在する現代日本を描いたサスペンス調の漫画である。

オキナガとは古い言葉で「息長」あるいは「生長」と書き、長命の者を意味する。

オキナガの肉体構成はヒトと変わりないが、体は成長せず、傷は素早く癒え、食べ物をほとんど必要とせず、また病に冒されない(正確には「病によるダメージがすぐ回復してしまうため自覚的な症状が出ない)。
生肉および血を好むが、それなしに生きられないわけではない。犬歯が鋭く伸び、噛み付きによる吸血を行なう場合がある。吸われる側には快感があるというが、これは痛みによる抵抗を抑えるための何らかの快感物質注入によるものであるのかも知れない。
オキナガは視覚、特に低光量視覚に優れ(桿体の感度が高いのか、暗所で目が光るような描写もあったので猫のように反射構造を持つのかも知れない。また10巻で茜丸の目がほぼ黒目であるように見える描写があり、瞳孔が極端に広がる可能性もある)、また聴覚・嗅覚もヒトより格段に鋭い。
一方、肉体がヒトに比して強靭であるわけではなく、膂力などはヒトと変わりない。むしろ紫外線に対する極度のアレルギーにより日光下では数時間と保たないという致命的な弱点を抱える(オキナガの死因1)。
首を切られても生存可能で、切断部位も傷口を合わせておけば癒着するが、大きな肉体欠損までもが元に戻るわけではない。内臓、特に心臓を失えば死に至る(オキナガの死因2)。
オキナガはオキナガとして生まれてくるわけではなく、オキナガが死に瀕した人間に血を飲ませることによって「成り上がる」。ただし血を分けたところで成り上がれるかどうかは相性次第で、少なくとも遺伝的に「オキナガ化し得る」因子が存在するらしいこと、またこれは母親から受け継がれるらしいことが知られる。

ここからいくつもの疑問が生じる。

疑問1:オキナガの脳は変化するのか

オキナガの肉体は高い恒常性を保っており、肉体は(大きな欠損を除けば)すぐ元に戻る。では、脳はどうなのだろうか。
一般に、ヒトの脳はニューロンの結節が変化することにより記憶を蓄積してゆくと考えられている。だとすれば、オキナガに於いても脳内の変化は生じているはずだ。
一方で、雪村が目にしただけの顔を全員覚えていたり、応仁の頃から竹之内に仕える多聞が当時嗅いだきりの「茜丸の匂い」を記憶しているように、オキナガには特異的な記憶の良さを示す描写がある。これは「一度記憶形成したニューロンが変化しない」ことを意味するようにも思われる。
また他方では竹之内が「(雪村や自分は)モニタで文字を読んでもあまり頭に入ってこない」と述べるなど時代の変化に対応し切れないとも取れる発言があり、こういった部分は「脳が変化しにくい」ことによる作用であるのかも知れない。

疑問2:オキナガは出産できるのか

オキナガの肉体は変化しない。すると、体の変化を伴う「妊娠」は不可能なのだろうか。そもそも「生理」が生じない可能性もある──逆に、生理中に「成り上がった」場合は生理が続くことになるのだろうか?
妊婦がオキナガになった場合はどうなるのだろう?オキナガとしての性質が胎児にも及ぶ場合、胎内に成長しない胎児を抱えた永遠の妊婦になるのだろうか。それとも胎盤で分かたれた胎児にまではオキナガの血が届かず、「これ以上大きくならない」母体の子宮内で胎児だけが成長してしまうのだろうか。

疑問3:髪や髭は?

肉体の損傷は速やかに回復してしまうオキナガだが、肉体的には「死んだ部位」である毛はどうなのだろうか。切断しても接合するのかしないのか、新たに伸びるのか伸びないのか。伸びない場合は歳経たオキナガほど無毛になってゆくように思われるので、恐らくは伸びるのだろうが。

疑問4:オキナガと感染

体の損傷が回復してしまうオキナガは、感染しても自覚的な症状が出ないようだが、感染力はある(少なくともその可能性は否定できない)と考えられている。
病原には主に「体内を食い荒らす寄生虫」「毒性のある物質」「毒性物質を排出する微生物」「細胞を作り替えるウィルス」があるが、これらに感染した場合にオキナガの体質はどれぐらいの速度で修復され、またその場合に体内の病原体はどうなるのだろうか。
寄生虫の場合、食い破られる痛みなどはあるにせよ(もっとも、肉体の損傷に伴う危機感の薄いオキナガはそもそも痛覚の必要性が薄く、感じないとまでは言わぬにせよ感じ方が弱そうでもある)、損傷部位は速やかに回復してしまうため「死なない宿主」として寄生虫を永く生存させ得ると考えられる。
細菌感染の場合、排出される毒性物質はオキナガにも影響を及ぼし得るものの、致死性であっても回復してしまうので、こちらも細菌を生存状態で永く保持できそうだ。
ウィルス感染の場合はどうか:通常のような「成長」を行なわないオキナガの場合に、体へのダメージ回復以外の理由で細胞分裂が行なわれるのかどうか、よくわからない。仮に細胞分裂が行なわれない場合、ウィルスはDNA改変による増殖を引き起こせない可能性がある。
もっとも、体毛が伸び続ける可能性が高いということは細胞分裂が行なわれているということであろうから、ウィルス感染も引き起こしそうに思われる。その場合、これまた「分裂するウィルスを体内に永く保持しつつ失われた細胞が補完され死なない宿主として機能する」ことになり、結局いずれの場合でも「当人の健康状態にほとんど影響しないまま周囲に対する感染力だけは保持した」衛生管理的には厄介な存在たり得るだろう。そりゃ厚労省管轄で定期診断せざるを得まい。

疑問5:オキナガの血はどのように作用しているのか

オキナガが血分けによって増える、ということはオキナガをオキナガたらしめる要因は恐らくその血にあるのだろうと思われる。血を飲まされた者が「甘く」感じられる、というのもそれを裏づける。
1巻および2巻での血分けの描写を見るに、傷口にも垂らしているようだが、基本的には「飲ませて」いるようで、だとすれば体に直接作用させるには些か効率の悪いやり方に思われる。だとすれば、血は通常のように胃腸を通じて吸収されるのではなく、もっと直接的に肉体を侵襲している?ならば「血に触れさせる」だけで効果が得られるのだろうか?
「オキナガ化」は極めて迅速に進攻する。全身の構成を、細胞単位で機能的に作り替える、といってもいいだろう。この変化は何が、どのようにして齎すのか。
諸々考え合わせ、ひとつの仮説を立ててみた:オキナガとは、血液内の成分──ある種のウィルス──による感染症ではないか。
オキナガをオキナガたらしめる成分が血に含まれていることは明らかだ。
ヒトは血液との接触によってオキナガになる。ただし、生きたヒトがオキナガの血に触れてもオキナガになるわけではなく、死につつある状態でしかヒトはオキナガになれない。更に、死につつある時の接触であっても、長命化因子に適合しなければオキナガになることはない。
従ってオキナガは極めて弱い感染力しか持たないが、代わりに「宿主を極端に死ににくくする」ことによって感染力の低さを補い、ゆっくりと増殖する。
オキナガの血液成分は明らかに宿主を「作り替える」。それがなぜ生きた状態のヒトに対しては作用しないのかは不明だが、もしかしたら生体の免疫系であっさり防がれてしまうのかも知れない(「死につつある」状態の体でそれらが機能しないのかどうかは解らないが)。
吸血衝動は単なる生理的欲求ではなく、「ヒトを半死状態に追い遣りつつオキナガの唾液などの成分と接触させる」ことによる感染を期待しての(一部の寄生生物で知られるような)宿主コントロールなのかも知れない。

疑問6:ヒト以外のオキナガ

オキナガ化についてはあまりにも不明点が多いが、「長命化因子」がヒトにしか含まれないものでない限りは、ヒトに近い生物などでは共通感染を引き起こし得るのではないだろうか。とすれば、一部の哺乳類や、もしかしたら鳥などにも、オキナガ化個体が混じっている可能性は充分にあるものと思われる。

疑問7:海外でのオキナガ

オキナガは感染しにくいため拡散力は決して高くないが、ヒトの移動に伴いオキナガもまた移動する以上は日本に特有の存在とは考えられず、世界中にオキナガがいると考えるのが自然であろう(実際、按察使薫子はヨーロッパ留学中にオキナガ化したし、作中でも他に海外出身と思われるオキナガが複数登場する)。他国では、オキナガはどのように扱われているのだろうか。
東欧の吸血鬼伝承など、夜に出没する不死存在の伝承がオキナガを指している可能性は非常に高く、多くが「人を襲う化け物」として描かれてきたことからも根強い差別意識が存在するだろうことは想像に難くない。

疑問8:オキナガ認知の歴史

古くから「不老不死の人がいる」こと自体は伝えられてきたはずだ(そういう伝承が多数残っている)が、その(生理的/戸籍的な)実態の把握はほとんどされておらず、日本に於いては具体的調査が進んだのは恐らく太平洋戦争前後のことであると思われる。
とはいえ、「死なない」ことの戦闘的利点は明らかであるからして、他国に於いても類似の「利用」が考えられなかったはずはない。たとえばドイツ第三帝国末期にヒトラーが「最後の大隊」と称する無敵の戦闘集団に言及しているが、これが不死者の軍隊であった可能性は高い。日独がそれぞれに似たようなことを考えたのだとすれば、英米ソなどに於いてもまた類似のアイディアは当然にして存在したであろう。
いったい社会はいつ頃からオキナガを正式に認知し、またどのように対応してきたのか。

古いオキナガについて

登場人物それぞれに触れるとキリがないので、特異的に出自の古い二人だけを取り上げる。

竹之内参事

古いオキナガ。当人の申告によれば「1600年ばかりこの国に仕えている」そうだが、それが1600年前の生まれを意味するのか、それとも「もっと古くからオキナガとして生きてきたが国に仕えるようになったのは1600年ほど前」なのかは不明。
応仁の乱茜丸と出会いオキナガに成り上がらせる。この当時は「スクネ」を名乗っていたことから、記紀に記述のある武内宿禰たけのうちのすくね当人である可能性は高いが、逆に「記紀から名を取った」可能性もある。
記紀武内宿禰についての記述を信じるならば景行天皇の時代に生まれたことになっており、生年は西暦80年代頃となる──現実世界では、初期25代あたりの天皇は「度を越えた長命」を理由に実在性が疑われる存在であり、それら天皇に5代続けて仕えた人物とされる武内宿禰もまた非実在と考えられるが、オキナガが実在するこの作品内世界にあっては天皇の記述が架空であると断じることもできない。

入来神父

浅黒い肌で、コーカソイド系の骨格。「日本の戸籍制度が始まった時から日本人」ではあるが、渡来と思われる。
6巻にて竹之内が「いつからこの国にいるのかわからんが」「古い。ことによると俺よりもな。」と発言しており、1600〜2000歳前後と思われる竹之内より年上かも知れないことから、紀元前の生まれである可能性も。
「非常に古い不死者」で「海外から日本へ渡来した」「 父親が大工だった」という条件に当て嵌る人物は非常に少ない、というか一人しか思い当たらない:ベツレヘムに生まれゴルゴタの丘で磔となって死して3日後に復活したことで知られる、ナザレのイエスである。

濡れた傘を剥き出しで満員電車に持ち込む行為について

雨の日、当然ながら傘は濡れる。撥水加工であれば大きな雫は流れ落ちるが細かい雫まですべて落とせるわけではないし、撥水も使い込んでいると機能低下してくる。
満員電車では、当然ながら周囲との密着を避けられない。この時、濡れた傘を持った人物がいるとどうなるか。

他人の濡れた傘で自分の服が濡らされるというのは大変不快なことだ。しかも濡らされる側では避けようがない。
しかし濡らす側が気を付ければ避けられる事態ではある。
折り畳み傘なら鞄にしまう。傘には普通、収納袋が附属しているから、そこに入れておくのでもいい。
畳めない傘なら、表面をタオルでぬぐう。こちらも、傘袋があるならそれを使うのもいい。
とにかく、濡れた傘を濡れたまま剥き出しで持ち込むのは駄目だ。

もちろん傘でなければ良いというものではなく、それがレインコートでも、あるいは単に傘をささずに全身濡れた状態でも同じことで、「自分の落ち度で他人を濡らすな」。
……こんなものはマナー以前の問題であるような気がするが、現実問題としてマナー以前の気遣いが欠けているようなのでわざわざ書いておく。

「死印」に足りないもの

今日発売のPS Vita用ホラーゲーム「死印」体験版を遊んでみた。事前公開されていたキーヴィジュアルの雰囲気がとても良く、気になっていた作品である。

死印

死印

 

 結論から言えば、私はこのゲームを体験版で遊べる第一話のおよそ半分で見限った。従ってこのゲーム全体を適正に評価することはできないのだが、しかし第一印象もまた評価ではある。「どこが悪かったのか」を少し語ってみようと思う。

なお、以下には序盤のネタバレを含む箇所があるので悪しからず。

 

悪かったところ

キャラ立てが邪魔

「人形」キャラが公開された時点で不安に感じていた点ではあったのだが、変にキャラの立った登場人物が異物感となって恐怖感を削ぐ。一般的にはキャラ人気が出た方が売れるのかも知れないが、ホラーに於いては登場人物なんて区別できる程度に没個性である方がいい。

まあ物語を進めると各キャラの背景が明らかになってゆき感情移入が生じてゆく……のを狙ったのかも知れないが、ホラーゲームであまりホラー以外の部分に焦点を当てると軸がブレる。「怪異に巻き込まれた理由」が不自然でない程度の設定があれば、それ以上の背景は必要ない。

また、キーヴィジュアルや一枚絵のタッチに比べキャラ絵のタッチが浮いて見えるのも気になるところ。九条女史の遺体などは良い雰囲気なので、キャラ絵もその線でまとめて頂きたかった。

 

怪異以外の理不尽

ホラーに於いて、怪異というのは理不尽なものだ。だからこそ、怪異以外のところに理不尽があってはならない。プレイヤーにとっての現実世界と地続きになった、ごく普通の世界に「怪異」だけが理不尽に存在するからこそ、その異様さが一層引き立ち、恐怖たり得る。

その点で、「小学校の職員室に隣接して知られざる地下室があり、生徒が校長に責め殺された」などというのは設定に無理がありすぎる。公共建造物に人知れぬ秘密の区画など作ることはできないし、まして何人もの学校関係者が行方を眩ますようなことがあれば、明るみに出ないはずがない。

そういうところで手を抜くと興が醒め、恐怖も薄れる。

 

グロによる恐怖演出

全体に、死や変容それ自体によるものというより「生理的嫌悪」を主体とした恐怖演出が行なわれているように見える。それはそれでホラーの重要な要素ではあるのだが、怖がらせ方で言えば「 驚かせる」 「気持ち悪がらせる」ものであって、少なくとも私の望む「恐怖」とはちょっと違う。

まあ一概に否定するものではないのだが、心霊/怪異方面としては若干弱いように思われた。

 

探索と移動の混同

闇の中を懐中電灯で照らすと調査可能ポイントが浮かび上がる、という演出は好ましいが、調査しようと思ったら移動になってしまう箇所(踊り場に於ける階段など)があるのはいただけない。方向キーによる移動があるのだから調査とは切り分けるか、せめて調査ポイントの表示パターンを変えて移動になることをわかりやすく表示して欲しかった。プレイヤーの意図しない操作が発生してしまう、というのは(それ自体を演出として生かす意図があるのでもない限りは)単純にゲーム操作に対するストレスになるので好ましくない。

 

 

探索中のゲームオーバー

探索中、すぐ近くまで怪異が迫るシーンがあるが、この時「最短で逃げろ」と言われ、回避するための行動を一手も間違えず実行せねばならない……というのは、追い詰め方としてはイマイチだ。時間制限が設定されているのかどうかはよくわからなかったが、ここは折角の「霊魂」システムを利用し、行動を間違えてもいいが霊魂が減り続けるような形で焦らせた方が良いのではないだろうか。そうすれば(序盤だからこそかも知れないが)大盤振る舞いした霊魂回復札も有効に活用されるというものだ。

 

ボス戦

怪異と「戦って倒せる」というのは、それ自体が恐怖を弱めてしまう。人智の及ばぬ存在だからこその恐怖であって、倒せるならばそれは唯の「敵」に過ぎない。

これが小説や映画なら、怪異に呑まれて滅びを迎えても問題ないし、ひとまずは退けたかに見えたものの逃れられたわけではないことが暗示されるのでも良いのだが、ゲームに於いてはそれで終わってしまうわけにも行かない。だから「倒せる」のも致し方ない部分はあるだろうが、とはいえ恐怖が解けてしまうのも確かだ。

またターン制のコマンド式というのも好ましくない点ではあるのだが、3Dアクションゲームではないのでリアルタイムというわけにも行かず、このような表現形式となったこと自体は理解できる。

 

ただ、クリア手段によってその後の展開が異なる点については大いに不満がある。「花彦くん」の場合は怪異を滅ぼした後に同行者が「忘れ物を取りに戻り、戻って来ない」のだが、これはプレイヤーの選択肢が必然的に引き起こす事象ではなく偶然による要素が強い描き方であり、「不正解というわけではないのにバッドエンド」に見えるのはいただけない。

 

良かったところ

アートワーク

パッケージイラストを含め、キーヴィジュアルはとても良い。

 また「シルシ」により殺された異形の死体も恐ろしさとある種の美しさが同居した、魅力ある描写になっている。画集が欲しいところだ。

 

視界の隅にいるもの

探索シーン中、懐中電灯で照らしたところに「何かがいる」という演出は一瞬の恐怖を掻き立て、時間制限がないため漫然となりがちな探索シーンに緊張感を生み出している良アイディアである。

ただ、「見たからといって何があるわけでもない」のはちょっと惜しい気もする。

とはいえ「見てしまったら霊魂にダメージ」などにするとゲーム進行のために極めて重要な探索行動がストレスフルになってしまうので、雰囲気演出以上のものにしにくかったのも理解できる。

たとえば「怪異の元に近付くにつれ雑霊の出現が増える」などゲーム上での意味を持たせられればもっと良かったのではないかと思う。

 

むしろこの仕組みを中核に構築し直せば、と考えたのだが、それ「零」だ……

 

零 ~濡鴉ノ巫女~

零 ~濡鴉ノ巫女~

 

 

マイクロフォーサーズ マクロ撮り比べ

マイクロフォーサーズにもマクロレンズが充実してきたが、それらを比較した情報が見当たらなかったので、僭越ながら簡単に撮り比べてみることにした。
とはいえ全種買い揃えるほどの余裕はなく、さりとて借りる当てもないので、店頭展示品を拝借してのごく簡単なテストのみである点はご了承頂きたい。いちおう各レンズのマクロ作例も貼っておくので参考にどうぞ。

比較したのはオリンパス製3本、パナソニック製2本、ケンコートキナー1本の合計6本。それぞれに手持ちでなるべく最短距離での撮影を試みた。被写体には500円玉を使用、大雑把ではあるが撮影可能性サイズの比較を可能にしている。
AFで合焦可能な範囲で最短まで寄ったが、マニュアルフォーカスに切り替えてピント位置を最短固定すれば更にもう一段寄れると思われる。

M.ZUIKO DIGITAL ED 12-50mm f3.5-6.3 EZ

今回の比較中では唯一のズームレンズ。換算24mmの広角〜100mmの中望遠までカヴァーし、防滴も施された使い勝手の良い汎用レンズで、0.72倍のセミマクロ機能まで備える。
マクロ機能はボタンを押し込みながらズームリングをスライドすることで切り替え、焦点距離が42mm固定となる。

長辺に対する500円玉の幅およそ70%。マクロとしては決して強力とはいえはないものの、作例などを見ると日常的な撮影では充分な性能であることがわかる。
製品レビューと作例

M.ZUIKO DIGITAL ED 60mm F2.8 Macro

OLYMPUS 単焦点レンズ M.ZUIKO ED 60mm F2.8 Macro

OLYMPUS 単焦点レンズ M.ZUIKO ED 60mm F2.8 Macro

換算120mmの望遠マクロ、マクロ性能も2倍と強力……のはずなのだが、どうにもクセの強い操作系で充分に性能を発揮できなかった。

500円玉ではこの後の等倍マクロと同程度にしか寄れなかったが、本来たぶんもっと行けるはず。
最短撮影について研究する余裕がなかったので、これは参考値ということでひとつ。
レビューと作例

LEICA DG MACRO-ELMARIT 45mm/F2.8 ASPH./MEGA O.I.S.

手ブレ補正付きの中望遠等倍マクロ。最短撮影距離15cmと、「ちょっと距離を置いて」寄れるので、昆虫など直近まで寄れないものに良さそうだ。

「500円玉を大きく撮れる」から「500円玉の一部を拡大して撮れる」レベルに。
レビューと作例

LUMIX G MACRO 30mm/F2.8 ASPH./MEGA O.I.S.

こちらは手ブレ補正付き標準マクロ。最短撮影距離10.5cmと、「レンズ前まで寄れる」。寄りすぎてレンズの影が被写体に落ちるのが悩ましい。
手ブレ補正は撮影距離が近いほど効きにくい……というか撮影範囲が小さい分だけわずかなブレも大きく影響してしまう。

45mmと同じ等倍のはずだが、さらに一段寄れる感じがある。
レビューと作例

M.ZUIKO DIGITAL ED 30mm F3.5 Macro

マイクロフォーサーズの中でもっとも拡大倍率の高いマクロレンズ。なんと2.5倍。
焦点距離LUMIXと同じ30mmで、拡大倍率が2.5倍あるということは、「もっと寄れる」ということでもあり、レンズの影どころかレンズとの接触を気にせねばならぬレベル。

(本命につき多めにお送りしております)
ちょっとした顕微鏡ぐらいの拡大感。表面の傷や歪みまではっきり見える。あまりに被写界深度が浅いので全体像が見えない。
レビューと作例

TOKINA Reflex 300mm F6.3 MF MACRO

換算600mmの超望遠レンズ。マクロと名が付いてはいるが、「焦点距離にしては寄れる方」ぐらいのもので、倍率も0.5と控え目。それでもこの程度の大きさで撮れはするのだが、なにぶん最短撮影距離80cmにもなるので撮りやすいわけではない。 またマニュアルフォーカスなのでピント合わせはなかなかシビア。マクロというよりは「ちょっと寄り気味に撮れる超望遠」である。

0.5倍のはずなのに0.72倍の12-50mmより大きく写せてる気がするが、これは唯一のMFレンズであるため確実に最短距離で合焦可能なのが効いているのかも知れない。
反射レンズにつきボケがリング状や二重線状になる現象は、他のレンズでは得られないちょっと面白い効果である。
レビューと作例

星を写すレンズ

星辰光学社のIndu-Star61はかつて天体望遠鏡用のファインダーレンズとして設計されたものを元に、前後を入れ替えたマクロレンズである。その出自から「星を導くもの」を意味する通称で呼ばれるが、不思議なことにこのレンズで撮影した像には昼夜を問わず、被写体に関わらず、星が映り込むという。
──とかいう架空設定はさておき、このレンズに「星が写る」のは事実だ。星というか、星型の光、だが。
ソ連リトカリノ光学ガラス工場製造、INDUSTAR-61L/Z 2.8/50。ライカM42マウント……というかそのソ連コピーであるFED用レンズ。
実際に星を写すような高倍率望遠レンズなどではなく、逆にごく標準的な50mmの焦点距離で30cmほどまで寄れるセミマクロ的なレンズである。6枚羽の絞りがF5.6あたりでは六芒星のような形状になる設計のおかげで、光が円形ではなく星型にボケるレンズとして有名なのだそうだ。
星を屋号とする身としては、星の名のレンズと共に星の映るレンズも押さえておきたいと出物を探していたところ、たまたまオークションに銀色のモデルが出品されていたので落札。もっとも、本来このレンズはすべて黒塗装されているものであり、本品は誰かが塗装を剥がして磨き上げたカスタム品らしい。

分解して組み直した時の都合なのかヘリコイドの回転が少しズレているようで、最短側はMを越えて少し回り、最長側は5の手前までしか回らない(その先に10と∞があるのに)。まあ実用上特に不都合はないので気にしないことにしよう。
また本来は49mm径の筒先に52mmのステップアップリングが固定されており、ちょっとしたアクセントになっている。

このレンズは絞りにプリセット機能があるのだそうだが、恐らくはその作用によるものだろう、絞りを回転させてみたところF5.6あたりでリングが空回りするようになり星型のまま動かせなくなってしまった。どうやったら解除できるのかよくわからないが、まあ元々星型以外で使うつもりもなかったので丁度良い。

当初は箔押しの星をちりばめた天体図でも写して星空に星型のボケを楽しもうかと思っていたのだけれど、全面に細かいボケが散乱するとあまり星型に見えないようで、どうも巧く撮れない。
諦めて屋外の光を星型に取り込んで楽しむことにした。

うまくピント範囲外に強い光源が点在してくれると、このように綺麗な星が見える。

光源が多いと、星というよりも単なる鋭角な光の重なりになってしまう。こういう時は円形ボケの方が綺麗に見える。
ちなみにマクロレンズとしては最短撮影距離30cmと「すごく寄れる」わけではないものの、この程度には写せる。


まずまずのところではなかろうか。

NERF:西部劇を目指して(リヴォルヴァー改造計画)

西部劇には馴染みがなかったのだが、マグニフィセント・セブンがなかなか面白かったので当時の銃をいろいろ見ていたら、コルトの1860年頃のモデルが流麗で美しく、ちょっと欲しくなった。

iura.militaryblog.jp

けれど俄興味で手を出すには些か高価な代物であるので尻込みして、代わりにNERFを改造してそれらしいものが作れないか考えてみることにした。

 

まず、現在入手可能なNERFの中でリヴォルヴァータイプを集めてみる。

ナーフ アキュストライク アルファホーク

ナーフ アキュストライク アルファホーク

 
ナーフ N-ストライクエリート ストッケード

ナーフ N-ストライクエリート ストッケード

 
ナーフ N-ストライクエリート ゾンビ フリップフューリー
 
ナーフ ゾンビストライク ハンマーショット

ナーフ ゾンビストライク ハンマーショット

 
ナーフ ドゥームランズ ロウブリンガー

ナーフ ドゥームランズ ロウブリンガー

 
ナーフ ドゥームランズ バガボンド

ナーフ ドゥームランズ バガボンド

 
ナーフ ゾンビストライク ドゥーミネーター

ナーフ ゾンビストライク ドゥーミネーター

 

 

この中で、ハンドガンタイプでないアルファホークとストッケード、バガボンド、ロウブリンガー、ドゥーミネーターはとりあえず除外する。いや、ドゥームランズのラインナップはむしろ西部劇に相応しい雰囲気なのだが、今欲しいのはあくまでハンドガンなのだ。

フリップフューリーは面白い代物だが、今回目指す雰囲気とは合わないのでこれも除外。

残る3挺のハンドガンのうちストロングアームとディスラプターはコッキングがスライドタイプで、これは西部劇リヴォルヴァーよりも時代の新しいオートマティックの雰囲気だ。となるとハンマーショットしか選択肢がない……が、これはこれでなんというか、かなりゴツくてイメージが違う。

 

でも下に突き出ているアームを削って上に銃身付けたらそれなりの雰囲気にはなりそう?

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やってみた。

 

まず分解すると、どうやらグリップなどを含むダークグレーの本体フレームとタクティカルレール部分のライトグレーフレーム、オレンジの外側カヴァー部に分かれるらしいことがわかった。

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しかし同時に、これを引き剥がすことが困難であることも見えてくる。どうやらネジ止めだけでなく接着してあるらしい。試行錯誤の末、接着部分をドリルで削り落としてしまうという荒技に出た。

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もう引き返せないわけだが、ともあれライトグレー部分とオレンジ部分を外してダークグレーのみのスリムな状態にすることには成功した。

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ネジ止めできるのがグリップの4箇所+NERFロゴ後ろの1箇所のみで前方はまったく止まっていないという問題はあるが、ひとまずスリムなシルエットに仕上げられそうな雰囲気にはなった。

問題はどうやって前方に銃身を取り付けるか、だ。手元のパーツで色々いじった結果として、元々あったシリンダ支持アーム部を上に回し、タクティカルレールと接合することを思い付いた。f:id:DocSeri:20170409084749j:image

実はこの時はまだ気付いていなかったのだが、支持アームは単なる飾りではなく、発射機構に極めて重要な役割を持っていたのだった。すなわち、このアームが回転弾倉をプランジャーに押し付けることで空気漏れを防ぎ発射が可能になっていたので、外してしまうわけには行かないものだったらしい。

しかし元々ハンマーショットは銃身のない弾倉から直射するデザインだからこそ下からのアームで支えていたわけで、そのアームを射線を塞ぐ位置へと向け直すのはそう単純ではない。結果としてはかなりの大改造となり、切断して銃口を挟んで接着し直した部品が充分な強度で弾倉を支える必要があるという面倒なことになってしまった。まあなんとか形にはなったが、正直あまりおすすめしない手法であるので、可能ならば正にそのような構造を持つディスラプターあたりの部品を流用するなど別の手を考えられた方が良いかも知れない。

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ともあれ形態は完成したので黒サフを吹いて金属色で塗る。グリップ付近が金色の真鍮で作られトリガは銀色、銃身は黒鉄という西部劇時代のライフルがあったので真似してみようと思ったが、どうも西部劇よりはスチームパンク的雰囲気に……(まあ時代は同じだけど)。あとでパーツ外した穴を配管で結んでみよう。

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大雑把には元の配色を参考に黒鉄色と銀色に塗り分けている。f:id:DocSeri:20170409090914j:image

塗りが荒いのであって汚しをかけているわけではないが、まあ似たようなものだ。f:id:DocSeri:20170409090925j:image

グリップ部は元々木目が彫り込まれているので薄い色でドライブラシした上からクリアオレンジを塗るだけでそれっぽく。f:id:DocSeri:20170409090933j:image

写真ではわかりにくいが実は銃口内は接合の都合で上下が狭まってしまっている。f:id:DocSeri:20170409090940j:image

前方からの眺め。このあたりはほとんど原型の面影がない。

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トリガー前方のネジは本来、オレンジのフレーム部で挟み込んで締め付ける形式だったので、径の合うネジとナットで締めることにした。

 

単にフレームを外して雰囲気を変えるだけのつもりが思わぬ大改造になったが性能面ではノーマルと何も変わらない。でもまあ手をかけて好みのスタイルにした分だけ愛着は湧く。こういうのも改造の醍醐味であろう。

 

なお今回は発射機構がリヴォルヴァーであることを重んじてハンマーショットを選択したが、単純にスタイルだけで言えばダブルストライクの方がそれらしく見え、実際に外観をカスタマイズした事例があるようだ。ただ先込め式のため、銃身を長くする場合は装填が問題になるが……

 

ナーフ ゾンビストライク ダブルストライク

ナーフ ゾンビストライク ダブルストライク

 

 

プロバイダ契約変更にまつわるトラブル顛末など

プロバイダ契約を変更したら色々と面倒なことになった。こんな体験めったにあるものではないと思うが、記録しておく。

BIGLOBE代理店からの電話

2016年12月に、NTT FLET's光加入者を対象に電話がかかってきた。曰く「現在NTT光回線とプロバイダを別々に契約されてますが、それが光回線とプロバイダ契約が一本化されてBIGLOBEに契約を移管することになりました」。
率直に言えばこの時点で疑念はあった。「NTTが」契約を移管するのであればそのお知らせはNTTから為されるべきであろうし、またプロバイダ契約は単にインターネット接続だけではなくメールやWebサイト、あるいはプロバイダによっては動画サービスなど付随するサービスを含んでいることが多い。乗り換えはそうしたサービスの利用に影響するものだから、回線業者の一存で事後通告すれば済むようなものではなく、選択はあくまで利用者に委ねられるべきものだ。だが電話の相手は明らかに「そう決まったので」という言い方をしていた。
実は似たような電話を、それより前にSo-Netから受けたことがあった。その時も「乗り換えませんか」ではなくて決定事項であるかのような物言いだったのだが「モデムを交換させていただき」「てことは回線契約が変わるってことですよね?」「……はい」みたいな感じで渋々認めたところを却下したのだが、今回のBIGLOBEでそうしなかったのは単に「お客様の方での作業は不要で、一切をこちらで引き継ぎますので」という申し出に乗ったに過ぎない。
この時点では、電話口にて本人確認として氏名年齢住所電話番号の確認を行ない「移管手続きの委任を受けて処理を進めます」「プロバイダ契約だけはお客様の方で解除をお願いします」ということであった。

BIGLOBEからの「同意書」

この後、私宛てにBIGLOBEから書類が送られてきた。てっきり移管手続完了のお知らせかと思ったら、「契約者様が未成年であるため保護者の同意が必要になります」未成年などではないので何かの間違いであろうと思われた。そもそもNTTからの契約情報がBIGLOBEに引き渡されているわけだから誤発送以外には考えられまい。

プロバイダからの「契約解除の確認書」

うっかりプロバイダに解約の通知をしていなかったのだが、逆にプロバイダ側から「NTTから(これまでは回線使用料に含めての請求だった)支払いの解除通知があったんだけど今後プロバイダ契約はどうするの」という確認の書類が届き、同封の解約同意書を送付した。

前プロバイダからの「重要なお知らせ」

解約したはずのプロバイダから「料金が支払われていないので」ということで振込用紙が届く。解約はしたはずだがNTT請求の方が先に解除されて月ずれでプロバイダへの支払いだけ残っちゃったのかな、と支払う。

前プロバイダからの「重要なお知らせ」ふたたび

もう支払ったはずなのにまた届いたので、行き違いかな、と放置。

BIGLOBEからの「契約解除の確認書」

契約を変更してから3ヶ月、BIGLOBEから「支払いが止まっているので契約を解除する」旨の通知が届き、慌ててサポートに電話する。
その結果、どうやらBIGLOBEは本気で私を未成年だと思っていて、保護者の同意確認がなかったためにクレジットカードによる支払いが行なわれず、未払いになっていたらしいことが判明。
「ちょっと待て、NTTの契約を引き継ぐって話だったのになんで年齢が引き継がれてないんだ」サポートと数度のやり取りを重ねて判明したのは、以下のようなことであった。

  • 今回の契約変更について電話したのは代理店
  • 「NTTの契約がBIGLOBEに引き継がれることになった」のではなく「BIGLOBEがNTTの『光コラボレーション』提供を受けて独自サービスをセットにした回線契約を開始した」(うん、まあ知ってた)
  • 契約の移管というのは単にデータをそのまま引き渡すのではなく「代理店の担当者が手入力していた」
    • その時に生年(西暦)を打ち間違えて、たとえば1955を1995と入力してしまうようなミスにより、私が未成年だということになってしまった

引き継ぎ方が杜撰すぎるだろとかNTT側に残ってるはずの契約データ確認できないのかとか色々あったが、ともあれBIGLOBEとしては手続き上本人の年齢確認が必要になってしまう、ということで保険証の写真をメール送信

前プロバイダからの「重要なお知らせ」みたび

なんで再三お知らせが来るのかと思ったら、解除確認書が前プロバイダに届いてないらしい。なんでだ。
ともあれ「支払いが確認できなかった3ヶ月分が月ごとに振込用紙で届いていた」「3ヶ月支払われなかったことで契約解除通告があった」ことが判明。

決着

最終的にはBIGLOBE側での本人確認が取れたので契約は問題ない、という旨の連絡があり、また前プロバイダは契約解除ということで(3ヶ月分の余計な支払いは発生したものの)落ち着いたので、憂いはなくなったのだが……ひとえに代理店のやらかしであり、監督不行き届きとしてBIGLOBEの責が問われるところではあるが、まあレアケースではあろう。
とはいえデータを手打ちしてたらそりゃミスも出るわ……ということは私以外にも結構な数の年齢やら住所やら名前やらの間違いが発生してるんじゃないかという気もするのだが、その辺りどうなってるんだろう。