電化以前の回転寿司

「電気がまだなかった頃は、回転寿司はどうやって回していたのか」という疑義が示されたので、近代以前の回転寿司についてまとめておこうと思う。


近代回転寿史

近現代に於ける電力の普及が、19世紀末の米国で発明王エジソンの設立したゼネラル・エレクトリック社から始まっていることは説明するまでもないかと思う。それ以前にも電池などの形で電力が利用されてはきたが、大規模なインフラの構築による継続的な発電および送電システムの普及により、寿司はようやく電気動力による回転というこんにちの形態を得たわけである。
ではそれ以前の社会に於いて、寿司はどのように回転されていたのだろうか。

18世紀〜20世紀初頭までの回転寿司を支えたのは、蒸気機関であった。初期の蒸気機関は、膨張した蒸気を冷却凝縮することによる負圧を利用した往復運動を利用していたが、酷くエネルギー効率が悪かった。これを大幅に改良したのがエネルギー単位に名を残すジェームス・ワットである。彼は蒸気機関の動作を往復から回転へと変換してみせることに成功、機械動力による回転寿司を実現させた。
この蒸気式自動回転寿司はたちまち好評を博し、労働者の食を支える重要な産業となった。いわゆる産業革命である。
ところで蒸気機関の発明は紀元前にまで遡ることができるが、初期のそれは回転軸を中心として互い違いに突き出したパイプから蒸気を吹き出して回転する装置であったので、回転動力への転換はある意味で原点回帰とも言える。もちろんこの原初の蒸気機関が寿司を回転させる目的で発明されたことは言うまでもないが、残念なことに些かパワー不足で実用的ではなかったようだ。

ワットの功績は蒸気機関を回転寿司の動力として利用可能なものに改良したことにあるが、動力回転式の回転寿司そのものはそれ以前から存在していた。当時は主に川の流れを用いて回転力を取り出しており、川沿いにいくつもの水車が軒を連ねていたという。水車の一部は動力としてのみならず、取り付けられた籠によって川から魚を掬い上げる自動捕魚水車として寿司の食材供給にも一役買っていた。
また、水場以外でも回転寿司が開店できるよう、犬を動力に用いる研究も行なわれていたようだ。

一方、こうした機械動力技術はなかなか東洋まで伝来しなかったため、江戸時代の日本では人力によって回転寿司を動かしていたという。


電動回転寿司の古代史

実は、電力の歴史は意外に古く、古代イランはアルサケス朝パルティアの遺跡から、紀元前250年頃のものと思われる電池が出土している。つまり人類は紀元前から既に電気を利用していたわけだ。何にかといえば、もちろん寿司を回転させるためである。電池による供給では永続的な回転は望むべくもないが、それでも人類はなんとか寿司を回転させるべく知恵を絞っていたのだろう。
とはいえ、イランの寿司はこんにち我々が想像する寿司とは些か趣の異なったものではあった。紀元前1千年前には既に当地で米の栽培が行なわれていたものの、この辺りで獲れる魚は主にティグリス・ユーフラテス水系の淡水魚であったので、寿司に使われるのも当然そうした魚肉である。当時はこれを酒と塩を混ぜた米に漬け込み乳酸発酵させることで酸味を与える、いわゆる「熟れ鮓」にするのが主だったようだ。

また、寿司の回転についても、現代にあるようなコンベア式ではなく、当時はまだ回転卓に寿司を並べるやり方であった。それでも、彼らの回転寿司に対する飽くなき追求は、最初の回転機構が古代メソポタミア文明で発明されていることからも伺える。スムーズな寿司の回転は副次的に轆轤や車輪へと発展し、文明を多いに賑わせた。

ところで、当時既に回転寿司の動力に電気を使っていたことは既に述べた通りであるが、そもそも電気を使って回転させることが発明されたのはもっと古い時代に遡るようだ。
まだ人類登場以前の20億年ほど昔には、赤道直下のアフリカで地中のウランに核分裂反応が引き起こされ、実に10万年以上もの期間にわたり発電が行なわれていた形跡が発見されている。人類ではない何者かが、同地で寿司を回転させていた証左であろう。
余談ながら人類はアフリカにて進化し、世界中で寿司を回転させるに至ったわけだが、その進化を引き起こすきっかけこそがこの地中原子炉からの放射線……というのは想像が過ぎるだろうか。

江戸東京たてもの園

小金井の江戸東京たてもの園に行ってきた。両国にある江戸東京博物館の別館で、近現代の建物を移築保存している。
www.tatemonoen.jp
小金井公園は最寄り駅である西武新宿線花小金井駅からもJR中央線東小金井あるいは武蔵小金井駅からも等しく遠い。今回は東小金井からバスを使った。

東小金井は小さな駅だが、駅下アーケードはなかなか雰囲気を出している。

北口から循環バスで10分ほど、「たてもの園前」で降りるもぜんぜん前ではなく、入口の場所がわからずGoogleMapに頼る。
正月3が日は入園無料だった。もっとも有料でもわずか400円だが。

寺のような旧光華殿を通り園内へ。まずは西側から巡る。

すぐ近くにあるのは「常盤台写真場」と「三井八郎右衞門邸」。三井邸は雰囲気ある建物ではあるが見学者が多かったので、外側だけ眺めてスルー。




写真場は摺りガラスの大窓を多用した明るい建物だった。どうやら電気照明の未発達な時代故、陽光を照明代わりに利用するつくりであったようだ。



この先には4棟の江戸期建築があるのだが、今回は入園が14時頃だったので閉園まであまり時間がなく、洋館を優先してスルー。
ただ残念ながら西エリアにある建物のうち「前川國男邸」と「大川邸 田園調布の家」の2棟は耐震改修のため3月末頃まで公開中止となっていた。

デ・ラランデ邸は園内で一番最後に移築された、明治期の洋館。




1階は喫茶として使われている。

「小出邸」はモダニズム建築を推進した堀口捨己の作で、シンプルな外観からはちょっと想像しにくいほど素敵な内装だった。どうやら建築設計だけでなく内装家具に至るまで、すべて堀口によるトータルコーディネートであるらしい。




個人的にグッと来たのはこの屋根裏。


園内には古い交通機関も展示されている。

さて、西エリアを離れ中央エリアを抜けて東エリアへ。こちらは主に看板建築の商店街となっている。











突き当たりには湯屋「子宝湯」。





女湯は壁と摺りガラスに覆われていたが男湯は素通しのガラス窓から庭が見える。

万世橋の袂にあった交番。コンパクトだが小さな机を備えた前室、布団の敷かれた宿直室、その奥に執務室が詰まっている。

これはかつて皇居正門の石橋にあった飾電燈。

センターゾーンに戻って、さきほどはスルーした高橋是清邸。二・二六事件で暗殺されたのはここの二階だそうだ。

廊下の赤絨毯と庭の竹林の対比が美しい。


古いガラスなので平滑でなく、影が揺らぐのも良い。

閉園30分前を知らせる放送を聞きつつビジターセンターに戻り、小出邸を設計した堀口捨己展を。小出邸をプロトタイプとし発展させたモダンな邸宅やパビリオンなど、たいへん興味深かったのだが見終えて園を出たら園前バス停はどうやら最終が出てしまっていたらしい。閉園まで粘るのはやめた方がいいかも知れない。
武蔵小金井まで歩いて帰宅。

書字板を作る

本好きの下剋上」に、書字板ディプティクというアイテムが登場する。これは紙がまだ高価だった時代にメモ書きのために使われたもので、木枠に蝋を流し込み鉄筆で引っ掻いて字を書き、篦で削って消すことで何度も利用できるという代物である。
これを自作してみようかと思った。

とはいえ木枠を拵えるのはそれなりに面倒である。まあ角材を斜めに切って組み合わせ、裏から板を打ち付ければいいだけではあるのだが、サイズを合わせて板と縁材を切り出し、隙間ができないように組み合わせるのは結構大変そうだ。
第二部でマインが手に入れた最初の書字版は父ギュンターの手作りであったので、こちらを再現する場合は多少不恰好になってもそれらしさがあるかとは思うのだが、第三部でプランタン商会から納められたようなものを想定する場合は枠もかっちりとして飾りのあるようなものが欲しい。
そういうものは既製品で賄ってしまうのが宜しかろうということで、100均でポストカードサイズの額縁を買ってきた。
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硬質のスチロール樹脂で、木に似せた塗装が施されておりなかなかの雰囲気。
これを2つ合わせて止めるためのリングも購入する。事務用品でパンチした紙を通すリングでいいだろう。枠の厚みが1cmぐらいあるので、リングは径の大きな32mmを選んだ。

ドリルで中央と上下の3箇所に穴を開ける。このとき、閉じた状態ではリングが斜めに貫通することを考慮して縦長の穴になるように加工する。
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リングを通して閉じてみたところ。
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リングが少し大きいかと思っていたのだが、閉じた時の状態を見るとこれより小さなものでは無理そうだ。
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開いた状態ではこのように、左右の板は少し離れる。

さて、これは額なので枠だけである。そのままでは蝋を溜めることができないので、この裏側にガラス板を接着してしまおう。裏側からゼリー状瞬着を流し込んで隙間を固める。
これで表側は割合それっぽくなったのだが、閉じた状態では本の表紙にあたる裏側が丸見えなのはどうにも格好が付かない。それに、白い蝋を流した裏側が明るい色だと文字が読みにくいような気もする。
というわけでガラスの裏側を黒く塗り、端材で段差を埋め、その上から飾り紙を貼って表紙らしく見せる。
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ついでに鉄筆も用意した。ヨハンに発注したのは片側が鉄筆、もう片側が彫り跡を均すための篦になったもので、リングに引っ掛けておくためのクリップが付いたものということだったが、クリップはともかく鉄筆と篦がセットになったものを探さなくてはならない。幸いにしてパジコからそのようなものが販売されていた。

パジコ ステンレス細工棒

パジコ ステンレス細工棒

これにゼムクリップを加工してクリップを付ける。

最後に、枠内に蝋を流し込む。
蝋は100均でハンドクラフト用のものを買ってきた。予め小さく分割されて溶かしやすくできている。
最初これを並べて上からヒーターで温めようかと思ったのだが、枠がスチロールであるため溶けては困る。そこで(原作でやっているように)湯煎して流し込むことにする。
しかしこれが意外に大変な作業だった。平らにして液状の蝋を流し入れれば勝手に平滑になって固まるかと思ったら、流し込んだ時点で冷えて固まり凸凹になって、とても字が書けるような状態ではない。仕方ないのでこれを半田鏝で溶かしたり篦で削ったりしてなるべく平滑になるよう調整してゆく。
そうやって出来上がった状態がこれだ。
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さて、それでは早速字を刻んでみよう。
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えー……お判りだろうか。
面が平滑でないため直線的に描くのが難しく、それなりに力を入れて刻む必要があるため素早いメモには向かない。削った跡は決して視認性の高いものではなく、篦で均しても白い跡が残る。削り屑はポロポロと落ち、均してくっつけるのは難しい。
これは正直かなり使いにくい代物だと感じられた。蝋を平滑に鋳込む、あるいは鋳込んだ後で平滑になるよう削る技術や、松脂などを混ぜて軟粘性の蝋にするなどの改質ができればあるいは違ってくるかも知れないが。

川崎九龍城砦遊戯

来月で営業を終了してしまうという、ウェアハウス川崎店に行ってきた。
香港の旧九龍城砦遊を模した内装で知られるゲームセンターである。

外見は錆びた鉄板で覆われたそっけない建物である。入口付近は太いパイプが巡らされているが、あとは文字以外にはさして装飾は見られない。

店内では謎解きイベントが開催されていたようだが、キットは売り切れていた。

入口だけを見るとほとんど廃墟だ。

重厚な鉄扉……に見える自動ドアが開くと、赤く塗られたもうひとつの扉が。

その先はもう九龍城砦の狭い路地。



入口脇には「娼婦の部屋」なども作り込まれているが、えっちなので割愛。

2階から上はゲームセンター。壁や両替機などにはウェザリングが施されているものの、ゲームコーナー自体はごく普通の様相。しかし男子トイレはこんな様相である(女子トイレの方はごく普通だそうで)。


そして2階奥のレトロゲームコーナーは……



もうこれ自体がサイバーパンクなゲームの舞台じゃないかという雰囲気。



2階と3階は吹き抜けになっていて、街としての「高さ」までもが演出されている。



4階はビリヤードや卓球台があるが、特段九龍の雰囲気ではなかったのでこちらも割愛。

最後はこの赤い扉を選んで日常へ。

地下謎への招待状

毎年10月になると東京メトロで開催される謎解きイベント「地下謎への招待状」に今年も参加してきた。
realdgame.jp

地下謎も今年で6回目。何度も参加している人はもう慣れているかと思うが、初めての方向けに少しばかりガイドを書いておこう。

キット購入からもう謎は始まっている

地下謎に参加するためには、まずキットの購入が必要である。
販売所は上野・東京・新宿・北千住、それに加えて1月末までは新橋・王子、それから土日祝日のみだが銀座・明治神宮前の、それぞれ東京メトロ定期券売り場で販売している。
今年はキット内容が例年より少し厚くなり、その分少し値上がりして2400円。複数人で1つのキットを共有してもいいが、1日乗車券も付いているし、2人分以上を一緒に買うとハンドタオルが付いてくる。

販売所内に「最初に行くべきところ」が示されているので、購入の際はチェックをお忘れなく。キットのみ購入しておいて後日解きに行ってもいいが、最初の謎だけは予め情報を集めておかないと、わざわざ販売駅まで足を運ぶことになる。

3回はカフェに入るつもりで

さて、最初の謎を解くための手がかりを入手したら、ひとまず喫茶店にでも入ろう。これはキットの中身を取り出して全部揃っているか確認すると共に、冊子に一通り目を通し、ゆっくり謎を考えるためでもある。
このように、謎解きの最中に何度か「座って考えたい」場面が出てくる。しかし街中でゆっくり座れるところを探すのはそう簡単ではない。特にSCRAPの謎解きは「キットに含まれるあらゆるものが謎解きに使われ得る」ため、メインとなる冊子のみでは解けずキットを展開したくなる場面が多くあり、そのためのテーブルも考えると喫茶店などに入るのが順当だろう。
そのため、最小の参加費用はキットの価格+購入駅までの運賃(以後の移動は付属の1日乗車券を使うため、24時間を越えない限り追加料金は発生しない)のみだが、少なくとも3回分ぐらいのカフェ利用料金程度は余裕を持っておいた方がいいだろう。
また、謎解きだけでなく移動を伴うこともあってそれなりに時間がかかる。謎にどれぐらい悩むか、途中でどの程度休憩するか、どういうルートで移動するかなどによっても異なるが、クリアまでに3〜5時間ぐらいは見込んでおくべきだ。そのため途中で食事を挟むことも考慮して、お金には余裕を持って動こう。

キット以外はなるべく手ぶらで

謎解きの最中は基本的に片手に冊子、片手にペグシルを持っての移動になるだろうと思われる。そのため、他のものを手に持つことになるとどれかをしまったりまた取り出したりと、結構煩わしい。
今年のキットは持ち手が紐状になって腕にかけやすく、また外側に乗車券とペグシルを差し込んでおけるポケットが付いたので袋の中から取り出すよりも見失いにくくなっているが、それでも手に持つものはなるべく減らしておこう。できればスマホや財布はポケットに入れられるようにしておくかバッグに入れて肩からかけてしまうか、謎解きの最中は手を空けておけるようにしたい。
過去の謎解きでは消しゴムがなく間違った時にちょっと困ることがあったが、去年あたりから消しゴム付きのペグシルに変わったため別途筆記用具を準備しなくても大丈夫になった。

歩きやすい靴で

謎解きは基本的に「駅で降りる→指示に従い駅の外を歩く→必要な情報を集めて謎を解く→次に行くべき駅を見出す」の繰り返しによって進行する。そのため少なからぬ距離を歩き(私は1万5千歩ほど歩いていた)、また地下鉄での移動中も座れるとは限らない。なるべく足に負担の少ない靴で行こう。

雨具を忘れずに

地下鉄謎解きでも駅外を歩くことは少なくない。そのため雨の中を移動せざるを得なくなることもある。雨具の用意は忘れずに。
あまり天気の悪い日は避けた方がいいかも知れない。まあそんな日の方が、他の参加者が少ないためネタバレになりにくいかも知れないけど。

ネタバレ厳禁

当たり前の話だが、謎は自力で解くから楽しいのであって他人に答えを教えられたくはない。答えがわかっても他の人には知られないように気を付けよう。

環境問題への否定について

国連の温暖化対策サミットで、スウェーデンの活動家が行なった演説に対して、ネット上で多くの否定的意見が噴出している。
彼女の発言に対して、ではない。発言の「態度」や、発言者の「出自」、あるいは「経歴」、もしくは未成年であることから「背後にいる者に操られているだけ」、あるいはナチスプロパガンダに似ているといった「印象」に対して、である。

当初、私はこれら否定者の「卑怯なやり方」に憤りを感じていた。批判するならするで発言を受け止め正面から反駁すべきであって、発言内容「以外」のところに否定すべき理由をあげつらうのは議論の上で決して行なってはならぬ最低の行為だ。いつの間にネットの「論壇(などと表現するのも烏滸がましい何か)」はこんなにも腐り果ててしまったのだろうか……と。

が、どうやらこの問題は意外に深刻な捻れが原因であったようだ。


私の見た限りの範囲で、彼女の「発言内容」に対して言及していた唯一の例は、経済発展に関するものだった。


「経済発展は永遠に続く」という命題が真であるか偽であるか、という話は経済に疎い私には手に余るので、元発言および反論に対する批判は控える。重要なのは、温暖化への対策を訴える環境活動家にしても、それに否定的な人にしても、概ね「環境対策と経済発展は両立しない」と捉えているらしい、ということだ。

環境と経済が両立し得るのかし得ないのか、それ自体についても私の拙い知識では判断できないので、その議論自体は専門家に任せよう(もしこの問題について一家言お持ちの方がおられたら、見解は是非論文なりに仕立てて然るべきところへ発表して頂きたい。私では受け止めかねるので)。

両立できるのであれば望ましい。それならば経済発展を目指しつつも環境問題に立ち向かい、問題を乗り越えてゆけるだろう。ただ、「経済さえ回っていればそのうち今はない超技術が開発されて環境問題を完全解決してくれるかも知れない」というような期待は流石に楽観と運任せが過ぎるので、もう少し現実的な路線での両立をお願いしたい。

さて問題は「両立できない場合」である。

環境か経済か、どちらか一方しか選択肢がないのだったら、どちらを優先すべきなのか。これは実に苦しい問題である。
今を生きる我々は経済を無視しては生活できない。もし経済の悪化を容認するとしたら、そのことによって生活が圧迫され、死者だって増えるだろう。
一方で環境問題は、今すぐにではなくともじわじわと、人類全体に襲いかかる。私の生きているうちには表面化しないとしても、数世代先にはもう取り返しが付かなくなっているかも知れない。
破滅的なトロッコ問題だ。「この線路の先には人類の破滅的な未来があるが、ポイントを切り替えると代わりに経済の破綻が待っている。トロッコ問題について訊くと少なからず「ポイントを切り替える行為によって自分の責任問題になるのが嫌なので放置する」という答えが出るそうだが、状況的にもそれと似ている。政治家にしてみれば、国内経済を悪化させて支持を失ってまで未来の環境に対処すべき理由がない、ということなのだろう。
むしろ「共有地の悲劇」として見るべきという指摘もあった。長期的全体的な利益と短期的個別的な利益が相反し、かつ競争原理の介在によって「長期的利益の減少を無視して短期的利益の最大化を狙う」ことが各自の最適解になってしまう。そのことによって環境の悪化を早めるとしてもなお、「それで他プレイヤーに負けるよりはまし」という判断が下される。目指すは短期的な発展と長期的な絶滅だ。

で、どうやらこの「本音としては経済発展を手放す気など毛頭ない(ので環境問題へは取り組まない)が、建前として環境問題を無視するとは言えない」という心理が、冒頭で取り上げた「発言者を貶めることにより発言そのものをなかったことにする」という態度に繋がっているらしいのだ。

余談ながら、この対応は発達障害者によく見られる問題の先送り行為にたいへん似ている。
発達障害では、気が進まないことを実行しようとする場合に強い拒絶を生じる。そのため、しばしばやりたくない行為の存在によるストレスを、忘却によって緩和する。できれば発覚した頃には手遅れになっており実行しても無意味な状況になることを願いながら。
今起きているのは、まさにそういう類いのことだ。環境問題への対応は気が進まない(それによって経済が減速するならば尚更)。どうせすぐには問題が深刻化しないだろうし、手に負えなくなるまで放置すれば対応しなくて済むんじゃないかな……

ところで実は、更に悪い可能性もあるのだ。つまり「環境と経済の両立どころか、そもそも環境対策はもうとっくに手遅れ」という可能性である。

箱根と湯本温泉と萬翠楼

熊本に行ってきた。

羽田空港から熊本空港まで小田急ロマンスカーで1時間45分。
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ここが熊本である。


その証拠にほら、くまモンの姿も。

というのは嘘で、ここは都心から近い観光地、箱根である。
……実は、熊本に行くつもりで飛行機と宿の予約を済ませ休暇も取ってあったのだが、当初の予定日に仕事が入ったために日を後ろにずらし……たはずが元の日付で予約してしまっていたらしい。空港のカウンターではじめて「もう日を過ぎていた」ことに気付いてしばし呆然とした後、「じゃあ今日取れる宿を取って他の場所に行こう」ということになった。
元々は重要文化財の温泉宿「日奈久温泉 金波楼」に泊まるつもりでいたのだが、代わりに他の重文の宿をということで探してみたところ、箱根湯本温泉の萬翠楼 福住に空き室ありとのことで、急遽予約を取って行き先を変更。
安からぬ金額を無駄にすることにはなったが、まあ滅多にない経験と笑いのタネになったので良しとしよう。

なにしろ熊本のつもりでいたので箱根については何の下調べもない。ひとまず登山電車のフリー切符を買って箱根山に上がってみることにした。
ケーブルカー→ロープウェイを乗り継いで芦ノ湖遊覧船というルートも考えたが、現在はどうやら噴火警戒レベルが2に引き上げられているためロープウェイは運休、代わりにバスで迂回は可能なのだが遊覧船も霧のため運行を減らしており、つまり登山ルートは日が悪い。

というわけで箱根登山鉄道である。小田急線の終着ホームから直に乗り換えることができる。
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これが実は非常に撮り鉄度の高い絶好の路線であった。なにしろ大正8年(1919年)開通の登山鉄道であり、粘着式(=ケーブルやラックなどを用いず車輪と線路の摩擦力のみによって走行する)鉄道としては日本一/世界でも二番目という80‰の急勾配(碓氷峠でも66.7‰である)や、旋回半径30mという急曲線は他の路線では例を見ない。温泉地であるため水源に影響を与えぬようトンネル掘削が制限されたため、山肌に沿って登るしかなかったことによるものだという。
まあ蘊蓄はさておき、急勾配と短かいトンネル、それにスイッチバックによる高低差軌道が楽しめる、なかなかにフォトジェニックな路線であった。
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途中、鉄道橋の上から眼下を流れる早川を眺めることができるのだが、撮影しようと思うとどううしても鉄骨を避けられない。これは車で塔ノ澤橋へ行かないと難しそうだ。
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トンネルを抜けた後、最初のスイッチバックを行なう出山信号場は単線である箱根登山鉄道線の行き違い待ちを行なうため、しばし景色を眺める余裕がある。ここからは眼下に先程通過した早川橋梁と塔ノ澤橋が撮影できる。
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創業当時に導入された木造チキ1形をベースとするモニ1形、1927年チキ2形ベースのモニ2形がまだ現役である。これらのタイプは窓が少し開くので、ガラスの反射なしに景色を撮影することができる。箱根寄木細工柄のシートカバーも楽しい。
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大きな窓の3000形「アレグラ」は窓枠に邪魔されず前面の景色が撮りやすい。それでも車内の明かりが少し写り込んでしまうが。

終点は標高541mの「強羅」駅。
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ここからは山頂方面へ向けてケーブルカーに乗り換えられるが、今回はバスで美術館を巡ることにする。湿性花園行きバスは箱根美術館、ポーラ美術館、星の王子さまミュージアム箱根ガラスの森美術館箱根ラリック美術館を経由して湿性花園へと向かう、見所の多い路線である。

まずはポーラ美術館へ。
www.polamuseum.or.jp
ここはガラスを主体とした建物が美しい。
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2019年12月1日まで、「シンコペーション」と題して、所蔵する名画と現代アートの対比展を開催している。モネ「睡蓮」と対比される、 セレスト・ブルシエ=ムジュノ「クリナメン v.2」は円形のプールに白い磁器のボウルを浮かべ、水流で触れ合って音を立てる作品で、心地良い音が楽しめる。撮影できないのが残念だ。
個人的に好みだったのはマグリット「前兆」と対比される、青にこだわりのある石塚元太良の写真。
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それからダリ「姿の見えない人、馬、獅子」と対比される、アリシア・クワデによる鏡と照明のインスターレション。
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他にも色々な対比が試みられ、単によく知られた「名画」を見るのとは異なった趣きが感じられる。
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全体にキュレーターが良い仕事をしているなと感じられる展示だった。

ポーラを出て、次はラリック美術館へ。ここはアール・ヌーヴォーおよびアール・デコを支えた宝飾・ガラス器デザイナー、ルネ・ラリックの作品を収集展示している。残念ながら撮影禁止なのだが、「ミュシャ以外のアール・ヌーヴォー」に興味ある向きには大変面白いだろう。
庭にはクラシックカー、赤いフォードT・ツーリングが置いてある。なぜルネ・ラリック美術館にフォードが、と思ったらヘッドマークがラリックの作品なのだそうだ。館長は元々クラシックカーのコレクターで(大宮にそちらの博物館もある)、収集中にヘッドマークのコレクションを始めてしまったのがラリックへの傾倒に繋がったのだとか。
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庭には他にサンキャッチャーが下げられていたりして、ガラス系美術館っぽさが感じられる。
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なぜか根本にはカタツムリの殻が。
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このあたりはトンボや蝶が多く見られた。
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青い橋のかかった「モネの池」もあるのだが、これは館内からしか見ることができないため撮影できず残念。

この日はこれで山を下ることにする。強羅駅へ戻り、登山鉄道で箱根湯本へ。
ひとつ手前の「塔ノ沢」駅は無人駅で、降りる時に車掌が交通ICリーダーで検札を行なう。
ここはホームに銭洗弁財天が直結している。というか、他に何もない。そのため乗降客がほとんどなく、鬱蒼と茂る森の中の神社という空間を独り占めできる。
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赤く大きな提灯には、白い円に黒々と卍が。わかってはいてもこの配色はちょっとドキッとする……
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少し登ると、いくつか鳥居をくぐった先に小さな祠洞が。
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箱根湯本へ戻り、宿へと向かう。
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道沿いに進み、橋を渡る。
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突き当たりに大きな破風屋根を持つ木造旅館が見える……のだが、これは昭和初期創業の萬寿福(ますふく)旅館で、今回の宿ではない。
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右へ入ってすぐが萬翠楼 福住。外観はぜんぜん古そうに見えないが、寛永年間……1625年頃の創業だという、箱根でも随一の老舗であり、建物もおよそ140年前のものが今も現役で使われているのだという。
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今回の部屋は「新館」の方だが、それでも前述の萬寿福と同じ頃の建物であるという。

部屋に通され、茶と一緒に「湯もち」をいただく。
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これは今しがた渡ってきた橋のたもとにある和菓子匠「ちもと」さんの商品だそうで、角切りにした羊羹が、柑橘の香るマシュマロのような食感の「もち」に包まれている。
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まずは温泉に漬かり汗を流してから食事となる。
正直なところ、碌にチェックもせず「今日泊まれる重文の宿」というだけで来てしまったのだが、萬翠楼 福住は料理のすごい宿だった。
とにかくご覧いただこう。
まずは涼味。
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オクラのムース、鬼灯玉子、無花果天麩羅に抹茶塩、夏の地魚龍皮炙り寿司、水海月酢浸し、白瓜雷干し粉鰹まぶし、ラム肉香草焼き白ポン酢ジュレ

向附け。
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小田原漁港地魚を含む5種盛り。

吸い物。
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主菜は黒毛和牛サーロイン陶板ステーキか鮑の踊り焼きバター風味。
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コリコリした蒸し鮑しか食べたことがなかったので、生鮑の蒸し焼きがこんなにも柔らかなものだとは初めて知った。

副菜は胡麻豆腐。
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もっちりした作りたての胡麻豆腐に胡麻ペーストと摺り胡麻がたっぷり。

冷菜。
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野菜、みる貝、穴子の炊き合わせに凍らせた出汁を載せて。

焼き物。
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水茄子の照り焼き、夏鮎の化粧焼き2種、茗荷の出汁醤油漬け、それに骨煎餅。

手打ち蕎麦と香の物3種。
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汁が甘口なのは箱根風なんだろうか。

最後は甘味。
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西瓜シャーベット、黒胡麻ムース、マンゴープリン、ソルダム、小豆氷室羹、白桃コンポートゼリー、グレープフルーツクリームのブリュレ、アンデスメロンのスフレ。

もう既に満腹なのでは、と思いつつも一品あたりの量は控え目に作られているのとどれも驚くほどに美味なのでついつい箸が進む。
これを味わえただけでも、この宿にして良かったと思える料理だった。

朝早くの飛行機に乗るつもりで随分早起きしたので、この日は早々に就寝。その分朝早くに起きたので朝焼けを見ることができた。
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さて、朝食もまた豪勢だった。
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流石に夕食のようなコース料理ではないが、それでも15品ぐらい付いてくる。鍋に入った白いものは豆乳で、固形燃料で温めて引き上げ湯葉を食べた後、にがりを混ぜて豆腐にして食べるという二段構え。「付属のスプーンで混ぜてください」加減がわからずに混ぜすぎたらモロモロになってしまった……2、3回混ぜたら放っておけば良かったらしく、愛妻のはちゃんと豆腐に。
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食べ終わった頃には、外は雨になっていた。
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重要文化財の建物と聞いて楽しみにしてたんです」というような話を中居さんとしていたら、「お泊まりの方がおられるのでチェックアウト後でしたら中をお見せできますよ」とのことで案内して頂くことに。少しの間写真を撮らせて頂くぐらいのつもりでいたら、なんと宿のご亭主直々に解説して頂きながらの見学に。
有名な天井画の間や、
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差渡し2mはあろうかという一枚板の天井、
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敢えて透かし彫りなどを施さない一枚板の欄間は神代杉だという。
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当時はわざわざ建材に使用した木材のリストを印刷してあったそうで、つまり材を見て素性がわかる教養の持ち主が泊まったし、それが粋な遊びのひとつともなったのだろう。

室内の照明を落とすと自然光のみに照らされた、建築当初の頃の雰囲気が甦る。
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明治初期頃の萬翠楼 福住は政府要人方の定宿というか、半ば避暑地の別邸に近い立場だったようで、従者や警固など二十数名を引き連れて一棟貸し切って1〜2ヶ月ほどを過ごしたのだそうだ。単なる休暇ではなく、自邸に招くほどには親しくない相手との会談の場なども兼ねて、「お帰りの折には仕事が捗られたそうで」つまりここで歓待、根回し、密談、折衝をこなしていたということらしい。

宿を辞して再び駅へ向かう。
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芦ノ湖遊覧船は運休だったので、前日と同じく登山鉄道 強羅駅からバスに乗り、今日は星の王子さまミュージアムへ。
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www.tbs.co.jp
ここではタカラッシュ ブラックレーベルによる謎解き「星の王子さまと導きのダイス」が開催されている。
blacklabel.takarush.jp
この手の謎解きとしては難易度が低く、子供と一緒でも楽しめそうだ。

ガラスの森美術館などにも行きたかったが、雨が強まりそうだったため断念して下山し、ロマンスカーで現世へと戻る。
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今回、鉄道を撮る機会に直面して「単焦点の不便さ」を思い知らされたので、次の旅行に行く時はズームレンズを導入しようと思う。沿線からの撮影ポイントなども研究したいところだ。
萬翠楼 福住は素晴らしい宿だったのでまた泊まりに来たいが、箱根には他にもいくつもの古い宿があるので、それらにも行ってみたい。
今回巡れなかった美術館や、大涌谷方面もいずれは見に行きたいし、まだまだ遊び足りない。
都心から片道2時間ぐらいで来れる絶妙な距離なので、もっと頻繁に遊びに行こう。
箱根、おすすめですよ。