意味の掴めぬタイトル。黒バックに禍々しく紅い円が乱舞する装画。いかにもホラーめいた佇まいだが、本書はホラーというわけではない。では何なのか、というと……
作者の高田大介はファンタジー作品「図書館の魔女」でデビューを飾った。しかし本書はファンタジーでもない。高田の本職は対照言語学者であるが、本書は言語学ものというわけでもない(あながち無関係とも言えないが)。
では何か、というなら「民俗学ミステリ」というのが最も納まりの良い説明だろうか。
読み始めると、まず文章の巧さに舌を巻く。潤沢な語彙に支えられた幅広い表現力。普段読み慣れぬ書かれ方ではありながら、しかし意味を捉えかねるようなことはなくスッと頭に入ってくる。
表現だけではなく構成も巧みで、章ごとに興味を引き付ける謎を示し、さりげなく伏線を織り交ぜながら、複数のまるで無関係な道筋が一点へと収束してゆく。
主人公は社会学を志す大学生で、主に数理的な解析を得意としている。ゼミの卒研で「都市伝説の伝播と変容」という広範なテーマを掲げたグループの手伝いに引き込まれ、調査範囲の絞り込みを検討する流れから、気になる「実体験」を聞く。それは自身の郷里に程近い、群馬県は奥利根地方のとあるお堂での出来事で、それに興味を持った彼は夏休みを利用して地元へと戻り、お堂の由来を調べるべく図書館を起点に文献調査を開始するが……
寺社仏閣の来歴というものは真贋確かならざるものが多い。というか「確かな来歴を伝える」方が稀なぐらいではないか。時代の都合に合わせて様々に変貌し、それに応じて来歴が「整えられる」こともしばしば。
そもそも史料文献というのは、「書かれたという事実」はあっても「書かれたことが事実」ではない。まったくの嘘ではないとしても、都合良く書き換えられたり都合の悪いことは書かれなかったりする。それを様々な文献と突き合わせて傍証を拾い集めることで検証してゆくのだが、そのためには「関連する文書」を知悉しておかなければならない。その文書が書かれた時代、その文書に書かれた時代、その地方に何があったのか。地方史を記した膨大な文献史料は当然ながらテキストデータどころか活字でさえなく、検索できる範囲には自ずと限度がある。
一介の学生の手には余る専門分野を導くのは博覧強記の学者たち。一を尋ねれば十が返ってくる、立板に水の如く繰り出される膨大な情報はいずれも実在の史料で、それらが様々な角度から奥利根地方の過去を紡ぎ出してゆく様は心踊るのだが、同時にここを詳しく語ることはネタバレにもなるので紹介は控える。
この地方にどのような「隠された」歴史があり、それは主人公の境遇とどう繋がってゆくのか。中学生の目撃した少女とは。そして「まほり」とは何なのか。
あとは、自分の目で確かめられたい。