http://d.hatena.ne.jp/DocSeri/20050901/1125541818#cでid:santaro_y氏にお教え頂いた"http://simple-u.jp/pd200311.html#2003-11-09"あたりに関連する話。
基本的に投票率が低い状態というのは民意を正確に反映しているとは言えない*1という点で望ましいものではないが、それ故に価値を持つ場合も無いではない。
1933年、ドイツではナチス統一党政権が投票率96%中92%という驚異的な支持を得た。実に全有権者の88%を上回る支持率である。こうなると、ナチスの意志は国民の相違であると言い切られても反論しようがない。
しかしまた、投票者の何割がこのとき本当にナチス党を、ヒトラーを理解していただろうか。戦争が彼らの望むものであったとしても、恐怖政治をも望んだわけではなかったはずだ。表向きの主張に目が眩み、或いはただ雰囲気に飲まれ、ドイツ国民は一丸となって狂気の渦に身を投じた。
本の数人ならば兎も角、ある程度以上の規模の集団内で殆ど意見が割れないとすれば、それは正しい状態ではない。多様性の維持は、生物学的見地のみならず社会学的見地からも重要視されるべきであろう。
同記事には更に、「投票率が高くなると投票の質が低くなる」という趣旨の記述がある。それには
という前提条件が真で無ければならない*2が、上記のナチスを選出した96%の投票率は、その主張の正しさを良く表す例に思える。仮に投票率が50%程だったら、うち92%が支持したとしても有権者全体でたしかに支持票を投じたのは半数に満たない46%。それは「国民の総意」を主張するに充分な率だろうか。
"S@t@VYÌäª"を発見。なるほど……ナチスの驚異的支持率は対立政党(主に共産党)への徹底した弾圧により成立するのか。
安定期の支持率は僅か2.6%。上記の支持率も、共産党に対する票を無効票とする(前段階で共産党は非合法化されている)ことで実現しているっぽい。