綺麗なボケを安く撮る

写真というのは基本的に引き算の画作りが肝要だ。絵画と違って撮影範囲に入るものすべてが写ってしまうので、その中で「如何に不要なものを取り除き、被写体に意識を集中させるか」が重要になってくる。
最も基本にして効果的なテクニックが、被写界深度を利用した「ボケ」だ。風景のように全体を捉える写真でなく、人物写真や植物、小物など「部分をクローズアップする」写真はほとんど、ボケを利用して前景や背景に余計なものが写らないようにして撮る。

ボケというのは要するにピントが合っていない状態だが、単にボカせば良いというものではない。被写体にはピントを合わせなければならないわけだから、その周辺にはピントが合ってしまう。また、ボケの割合が小さいと写り込んだものがはっきり認識できてしまうので狙った効果が出ない。被写体以外をなるべく大きく均等にボカすのが重要になる。
ピントが合う範囲のことを「被写界深度」と呼ぶ。被写界深度を深くするとピントの合う範囲が前後に広がり、またピント外の範囲でもボケの量が小さくなる。浅くするとピントの合う範囲が前後に狭まり、ボケの量が大きくなる。

被写界深度の浅い写真を撮りたければ、相応の機能を持ったカメラが必要になる。そして、そういうカメラはちょっと高い。その機能を付けるためには構造が複雑になる、というのもあるが、どちらかというと「安いカメラで済ませる人はそういう機能を必要としてない」からだろう。
ボケの量が大きいほどピント合わせがシビアになるので、「シャッターを押すだけ」では済まなくなってくる。「撮れればいい」人には却って邪魔な機能だし、逆にそういう機能が必要な人は出費を厭わないから、その辺で本気度が棲み分けされている。

被写界深度の浅い写真を撮る方法に関してはitmediaの「今日から始めるデジカメ撮影術:第97回 一眼レフとボケの関係 (1/3) - ITmedia LifeStyle」などを参照されるのが早いと思うが、とりあえずカメラに要求される性能を大雑把に言うと「倍率の高い望遠レンズかマクロレンズが必要」「なるべく撮像素子が大きいと有利」といったところになる。

撮像素子というのは、要するに銀塩カメラならフィルム、デジカメならCCDやCMOSセンサーのこと。コンパクト機では画素数ばかりアピールされてセンサーのサイズなんてあんまり気にすることもないが、実はかなりサイズが違う。
wikipedia:センサーサイズ比較図
一番上がフルサイズ、つまり35mmフィルムと同等のサイズ。デジタル一眼レフの中でも、フルサイズ対応機となると最もハイエンドで高価な部類だ。その下がAPS規格相当のサイズ、普及帯〜ハイエンド寄りの一眼レフ機などに使われているタイプ。3段目はレンズ交換方式の機種でもコンパクト寄りのミラーレス機などで使われる、フォーサーズなどの規格。最下段はほとんど米粒サイズだが、これがコンパクトデジカメのセンサーサイズ。
センサーが大きいと、綺麗にボケるだけじゃなく色々といいことがある。面積が広い分だけ多くの光を受けることができるから高感度で、その分明るく写るからシャッタースピードを上げることができて手ブレしにくい。暗いところでも増感の必要性が低いからノイズが出にくく、綺麗に写る。
もちろん良いことばかりではなく、センサーが何十倍も大きいからその分だけ高価だし、カメラサイズもレンズサイズも小さくできない。機能面だけじゃなく持ち歩き的にも、気楽なカメラではなくなる。

でも最近は、ハイエンド機と遜色ないAPS-Cサイズのレンズ交換式ミラーレス機がかなり安価に入手できるようになった。本体もかなり軽量コンパクトで、まあレンズによって重さも大きさも変化するけど、いかにも一眼レフという感じの重厚なカメラではなく「ハイエンドなコンパクトデジカメ」ぐらいの感じで使える。

そんなわけで、APS-Cサイズでなるべく安価に綺麗なボケを作れるカメラを買うとしたら、どの機種がいいか考えてみた。
価格.comでAPS-Cを検索してみると、本体ではSONYのNEX-3系、ペンタックスのK-01、CanonのEOS kiss X50が2万円台で入手できるようだ。もっともこれは最安値の話で、Amazonあたりで検索してみると3万円台後半ぐらいになるが。大体このあたりが、手頃なボディの候補になるだろう。

次に必要なのはレンズだ。被写界深度の浅さで言えばなんといってもマクロレンズ。まずは各機種に対応するマクロレンズを探してみよう。
K-01はペンタックスKマウント。最安のマクロレンズはシグマ MACRO 50mmF2.8 EX DGだ。サードパーティのレンズなので各社用に出ている。

シグマ 50mm F2.8 EX DG MACRO ペンタックス用

シグマ 50mm F2.8 EX DG MACRO ペンタックス用


シグマ 50mm F2.8 EX DG MACRO キヤノン用

シグマ 50mm F2.8 EX DG MACRO キヤノン用


このレンズによるマクロ撮影の作例はこんな感じ。これはK20Dなので機種は違うが、APS-Cサイズであることに変わりはないので極端に写りが違うことはないと思う。この組み合わせで大体6万円代ぐらい。
SONYのNEXは一眼レフ系のαマウントではなくミラーレス機用のEマウントになっていて、シグマの50mmマクロは対応してない。代わりに純正で30mmマクロが出ている。
SONY マクロレンズ E 30mm F3.5 Macro SEL30M35

SONY マクロレンズ E 30mm F3.5 Macro SEL30M35


標準で2万5千ぐらい、実売では2万を切る。本体が3万円台で買える(しかもレンズ付き)ので5万円代でマクロが実現する。
作例はこんな感じ
NEXの廉価機はボディがどちらかというとコンデジ寄りのつくりで、モードダイアルなどがなくメニューボタンから画面上でモードを変更する感じなのでカメラ慣れしてるとちょっと使い難いかも知れないし、銀色でつるりとした外見も好みの分かれるところだろうが、この性能が5万円代で手に入るのはちょっと魅力だ。

望遠レンズについても考えておこう。被写界深度を浅くするにはなるべく倍率の高い望遠を使うのがいい。でも正直、「遠くの方しか写せない」レンズの出番は少ない。野鳥撮影専門とか、そういう特化した使い方なら別だけど、日常的には「遠くも近くも写せる」方が圧倒的に便利だ。
つまり、望遠ズーム。

ズームレンズのいいところは「画角を好きなように変えられる」こと。「広い範囲を撮りたい」時も「遠くのものを大きく撮りたい」時も、その中間も、柔軟に対応してくれる。どの辺の画角があれば充分かは好みの分かれるところでもあるけど、できれば広角と呼べる28mm以下から望遠と言える200mm以上ぐらいまでは欲しい。

この辺ちょっと面倒で、コンデジなんかでは普通「実際の画角でどう写るか」が表示されるものだけど、レンズ交換式ではボディによってその辺変わってくるので「35mmカメラで写した時の画角」で統一されていて、APS-C機に付けた時の数字ではない。大体1.5倍ぐらいすると実際の画角になる。例えばNEX-3のレンズキットに付属するのは18-55mm、実画角でいえば28-72mmぐらいの感じになる。広角はいいけど望遠が物足りない。特に、高倍率で背景をボカそうとしている時にはちょっと。

というわけで各マウント向けの望遠ズームを見てみよう。
Eマウントではソニーの55-210mmが最安で2万円台で手に入るが、広角側が足りない。まあキット付属のレンズと被る域を敢えて避けて安くしたのだと思うが、2本を付け替えて対応するのでは折角のズームレンズの「柔軟な画角」が損なわれる。

SONY E 55-210mm F4.5-6.3 OSS SEL55210

SONY E 55-210mm F4.5-6.3 OSS SEL55210

広角域から対応する中ではタムロンの18-200mmが最安だ。27-300mmと広角から望遠までばっちり押さえてくれる。ただ、ちょっと値が張る感は否めない。

TAMRON 18-200mm F3.5-6.3 Di3 VC ブラック ソニー NEX用 B011SE ブラック

TAMRON 18-200mm F3.5-6.3 Di3 VC ブラック ソニー NEX用 B011SE ブラック


面白いことに、同じタムロンの18-200でもペンタックスKやキャノン用はもっと安い。


NEX用と同じぐらいの価格帯だと18-270mmぐらいの、もっと望遠に強いものもある。

……ところで、実は望遠によるボケだけ考えるなら、いっそコンデジで行くというのもひとつの選択ではある。もちろんセンサーサイズの小さなコンデジではAPS-C機ほど綺麗な画質は望めないのだけれど、6〜10万ぐらい(あるいはそれ以上)かかる一眼レフ系を買うほどの画質を望んでいるかどうか、というのもある。2万円ぐらいのコンデジでも、機種によっては充分なボケを得られるものもあり、それで満足できるならコストパフォーマンスは非常に高い。

ここでちょっと特殊なカメラを紹介しよう。リコーが3年前に投入した「ユニット交換式」カメラ、GXRだ。
GXR / デジタルカメラ | リコー
これはレンズ交換式とは異なり、「センサー+レンズ」の撮影ユニット全体を交換してしまう仕組みになっている。これにより、同じボディで異なる描写のユニットを組み合わせ、レンズ交換式ミラーレス機の利点とコンパクトデジカメの利点を同時に享受することができる。光学系が密閉構造なので原理的には塵に強く、レンズと撮像素子一体で最適化できるので特化設計が可能。と(少なくともコンセプトとしては)優れた代物だ。
たとえば高倍率ズームレンズをコンパクトに実装できるコンデジの利点を生かしたP10ユニットは28-300mmのズームでワイド端ならレンズ前1cm、テレ端で27cmの接写が可能になっている。沈胴式で収納時の厚さはわずか3cm未満。撮像素子の小さなユニットだからこそできるサイズだ。
一方でボケを重視するマクロユニットはAPS-Cサイズに50mmの組み合わせで、こちらはレンズ部5cm近い。ボディこそやや小振りながら全備重量では500g近い、決してコンパクトとは呼べぬ風合いである。また1600万画素APS-Cに実画角24-85mmのズームを備えたA16ユニットに至っては鏡胴がユニットからはみ出る始末。

このGXRでマクロ撮影するとどんな感じになるか、ちょっとお目にかけよう。
まずはズームレンズユニットP10の、ワイド端接写とテレ端接写。
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ワイド端ではここまで寄れる。下の升目はカッティングマットの1cm方眼。室内照明の関係でカメラが陰を落としてちょっと暗くなってしまう。
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テレ端だとこんな感じ。カメラの角度が違うのもあるけど、パースがほとんどなくなってちょっとのっぺりした印象。
細かいところではワイド端で寄った方が大きく撮れるけど、陰も落ちるしかなりパースもかかるし、被写体によっては寄らせてくれない場合もあるからテレ端でもほぼ同じ程度のサイズで撮れるのは心強い。この作例では室内の電球色で撮っててホワイトバランス調整もしてないのでちょっと色カブりしてるのと、照度が不足気味で暗部のノイズが気になるけど、それなりにいい感じにボケてくれて、これはこれで充分使いものになる感じ。
で、同じものをA12 50mmマクロで撮る。
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ちょっと色カブりが強くなっちゃった。まあこの辺は調整が効くけど。
P10よりもずっと被写界深度が浅いので、ちょっとズレると狙った場所にピントが行かない。ボケ方もぜんぜん違う。

公園でタンポポの綿毛も撮ってみた。
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こちらはP10。ちょっと萼のあたりとか流れてるような印象もあるけど、綿毛にはピントが合ってて背景は大きくボケてて、毛の一本一本もくっきり見えてるし、描写力はなかなか。
で、A12で撮る。
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背景のボケ方、毛の描写、ピントの合い方、すべてがこれほど違う。P10でも及第点なんだけど、A12を見ちゃった後ではやっぱり厳しい。

GXRは発売当初「性能の割に高価」という評価を受けていた。一眼レフに匹敵するとはいえ基本的にはコンパクト機で、本体とレンズ込みで10万ぐらいだったらしい。しかし3年が経過して、価格は随分と落ち着いた。今ではP10かS10のレンズキットなら2万円ぐらい、A16キットでも4万円しない。A12 50mmマクロはキットがないので本体単品+別売レンズユニットという買い方になって、しかもユニットの中では一番高価だけど、それでも5万円ちょっとで買える。6万出せばP10かS10+A12の2本構成になって「交換式」の意義も出る。もしかしたらNEXよりも安い。

RICOH デジタルカメラ GXR ボディ

RICOH デジタルカメラ GXR ボディ


RICOH デジタルカメラ GXRボディ RICOH LENS A16 24-85mm F3.5-5.5 カメラユニットキット GXR+A16 KIT

RICOH デジタルカメラ GXRボディ RICOH LENS A16 24-85mm F3.5-5.5 カメラユニットキット GXR+A16 KIT


RICOH デジタルカメラ GXR P10 28-300mm F3.5-5.6VC KIT GXR+P10KIT

RICOH デジタルカメラ GXR P10 28-300mm F3.5-5.6VC KIT GXR+P10KIT


RICOH GXR カメラユニットGR LENS GR LENS A12 50mm F2.5 MACRO

RICOH GXR カメラユニットGR LENS GR LENS A12 50mm F2.5 MACRO


ちょっと不安なのはこれがリコー純正以外にサードパーティ展開の皆無な代物だということ、3年でわずか5ユニットしか展開されてないこと、ペンタックスと合併したことでこの先KマウントQマウント+GXRシステムの3構成を続けるかどうか不透明なこと。どうせならユニット仕様をサードパーティに公開してヴァリエーション展開を促す、とかやってくれると面白いんだけどなぁ。もしかしたら互換ボディなんかも作られたりして。

……って、長々と書いたけど単なるGXRのステマ記事である。最近買ったばかりなのでつい「良いとこ探し」したくなるのだ。
1台いかが?