読了:アラビアの夜の種族

アラビアの夜の種族 (文芸シリーズ)

アラビアの夜の種族 (文芸シリーズ)

凡そ5時間をかけて、700頁程をようやっと読み切る。
凄まじいばかりの密度であった。京極とてこんなに時間をかけて読みはすまい。


本書は編纂者不明の説話集「アラビアの夜の種族」の英訳版を底本とした訳書である、という体裁を取っている。その内容に拠れば、本書は表向き、ナポレオンの侵略からエジプトを防衛する為に準備された古の魔書「災厄の書」のフランス語への翻訳作業の顛末を綴ったもの、ということになっている。
「災厄の書」はその読み手を物語に引き込み、忘我の状態に誘う呪いの書であり、関わったものは必ず破滅するという。為に彼の暴雄を破滅さす手段として君主に進言されたのであるが、しかし勿論そんな本は存在しない。すべては部下のでっち上げであり、彼はこの非在の奇書を贋作し、主に奉げるのである。
さて、本書の底本はこの顛末を書き綴った著者不明の説話集の英訳、ということになっているが、本当にこれが「英訳」であるかどうかも疑わしい。出所を不明にする為の儀装ではあるまいか。
そして本書がその和訳である、ということもまた-----


この本の中で、夜の眷属になる譚り手が紡ぐ三篇の物語は爆発的に広がりながら交錯し、譚られる内容さながらの魔術的混沌を成す。
しかしそれは随所に挿入された聞き手の周辺状況描写によって故意に引き裂かれ、為にその魔法は効力を殺がれ、封印されているように見える。
…果たして本当にそうなのだろうか?それが儀装ではないと、或いは誑かしの手口ではないと言い切れるのだろうか?
その魔術的効力は読み切ったときに発揮されるのかも知れない。物語の断片が、雑音を除いて読者の裡で結実したときにこそ。或いは…分断し、興奮に水を差し、半ば覚醒状態で物語に没頭することによって。


架空の魔書と偽造された魔書、実在しない原書と存在しない底本とその訳書、一体どれが本当の姿なのか?