ファンタジーがファンタジーであるために、必要なのは異世界ではなく、「幻想」だ。
魔法と呼ばれていても、定型の呪文を唱えれば定型の効果が発揮されるようなものは、単なる「技術」であって、幻想がない。
魔獣と呼ばれていても、生態が知られており人の力で易々と討伐できるようなものは、単なる「生物」であって、幻想がない。
幻想というのは捉えどころがなく曖昧なものだ。だから、それのみで物語を構成するのは難しい。物語には、幻想を支えるしっかりした世界が必要になる。
一番しっかりした世界は私たちの住むこの世界自体だが、隅々まで照らし尽くされて幻想を織り込む余地が少なくなってしまっているので、幻想を支えるための世界としてはちょっと使いにくい*1。
だからファンタジーは異世界を描くことが多いのだが、今度は世界の「厚み」が試されてしまうことになる。穴の多い世界では幻想を支え切れない。
60年も昔の「指輪物語」が未だに金字塔として聳えているのは、その精緻な設定あってのことだろう。
あの重厚な設定に憧れて、同じようなことを試みた経験のある方もおられよう。
紫堂恭子もその一人だ。
デビュー作「辺境警備」は、辺境の国境付近を部隊に、警備隊長と若き神官を中心として西カール地方辺境での生活を描いたファンタジー漫画である。
この辺境に着任した「隊長さん」サウル・カダフ。
酒と女と博打が好きでだらしないヒゲの中年だが、
時折ただの能天気なオヤジではないところを見せる一面も。
実は兵法書にも名の出る切れ者。
「神官さん」ジュニアス・ローサイ。銀の髪に菫色の瞳、女性と見紛う線の細さ。
星径神殿の神官であり、神話だけでなく天文や数学にも精通する。
中央神殿育ちの孤児だが、幼いうちから神童として知られていた。
*2
ほのぼのした田舎暮らしで始まる物語だが、話はいつしか「優秀にも関わらず辺境へと左遷されている二人の事情」に及び、そこから王都と辺境、文化と魔法、平穏と戦乱を対比させながら社会を描いてゆく。
平行して連載された「グラン・ローヴァ物語」は、辺境警備と背景世界を共有する作品。
田舎貴族相手の詐欺師サイアムが放浪の大賢者だという老人と旅をする。
まあ実際にはこんな感じなんですけどね大賢者グラン・ローヴァ。
世界設定は辺境警備と共通しているが、人里を離れ旅をする過程で多くの魔的存在に接する描写があり、「社会」を中心に描く辺境警備に対しこちらは「魔法」を中心とした作品といえる。
どちらも地域や歴史、神話などが豊かに作り込まれており、それが物語の厚みとなって現れる、ファンタジー漫画の傑作である。
なお「辺境警備」の後日譚として、「逃げる少女〜ルウム復活歴1002年〜」と「虚妄の女王〜辺境警備外伝〜」がある。
また、ほぼ世界設定を同じくすると思われる作品として「オリスルートの銀の小枝」「癒しの葉」「東カール シープホーン村」もおすすめしたい。
いずれも電書化により入手しやすくなったので、是非お読み頂きたい。