女王の化粧師

「女王の化粧師」は、所謂「主従もの」に分類されるファンタジー小説である。
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女王を戴く小国デルリゲイリアの没落貴族家の一人娘、次代女王候補のひとりマリアージュ。その父亡き後に当主代行として、沈みゆく家をまとめる家宰ヒース。そして「女王の顔を作る」ために雇われた化粧師ダイ。この3人を中心に、女王選、そして国主としての采配を描いてゆく。


かつて大陸を統べた魔法技術の大国が、その技術と共に滅んでのち数十年。デルリゲイリアでは、今しも次代の女王選出の儀式が行なわれようとしていた。
この国では、旧国の聖女に連なる血筋から女王を戴く習わしがある。そのため前女王の退位あるいは崩御に際し、血筋を継ぐ各家から候補となる娘を立て、女王の座を争うのだ。

デイルゲイリアの国土は山脈と海に挟まれ、居住に適した平野は狭い。産出する資源にも乏しいこの国は、昔から芸術を主要な産業としてきた。ゆえに<芸技の小国>と呼ばれる。
そして<芸妓の小国>でもある。娼館もまた、この国の主要な「産業」のひとつだ。
その娼館で、芸妓に化粧を施す「顔師」として腕前を認められたダイはある日、貴族の使いによって呼び出される。女王候補の一人である上級貴族の娘、マリアージュ様専属の化粧師として雇いたいと。
芸技の国の女王候補らは、それぞれに国の産業たる技術を受け継ぐ職人を抱える習わしである。この家は、よりにもよって貴族社会で価値を認められていない「化粧師」を、お抱え職人に定めたのだ。

没落貴族ミズウィーリ家の、賢くもなければ見目麗しくもない、癇癪持ちの我侭な小娘。それに化粧を施し、女王らしい「風格」を与える、それがダイの職分である。
だが、化粧は単に白粉を叩き口紅を塗るだけの作業ではない。体質を知り、体調を管理し、肌を作る。そして当人の造作に合わせて欠点を隠し、美点を引き出す。それだけではない──マリアージュ自身がどのようになりたいか、どのように見られたいか。それを化粧によって実現するのだ。
だが、そのためにはマリアージュについて深く知らねばならない。何を考えるのか。何を望むのか。どのような女王でありたいのか。そうして一介の職人に過ぎなかったダイは、次第に彼女を支える腹心として政治の場に足を踏み入れてゆく……


まずもってキャラクターが魅力的である。
常に先を読み状況を整える、怜悧な敏腕家ヒース。あらゆる人物を、状況を、盤上の駒と為す天性の策略家。平民出で上級貴族家の使用人らとは距離を置くが、同じ平民出のダイにだけは気を許す。
劣等感を抱えながらも折れない強さを持つ女王候補マリアージュ。感情の機微には敏く、本質を鋭く見抜く。初めは物知らずで我侭な暴君だがダイによって環境に変化が生じたことで少しづつ考えを深め、人の上に立つに相応しく開花してゆく。
そして冷静ながらトラブル体質、貴族の常識に染まらぬ我らが視点主人公ダイ。画家であった父ゆずりの観察眼と魔性の娼姫であった母ゆずりの顔立ち、それに心を開かせる話術を持つ無自覚の「人たらし」。
彼らを中心に、敵味方入り乱れて多くの人物らが世界を彩る。彼らにはそれぞれの立場があり思惑があり、単なる冷酷な敵ではないし、絶対の味方でもない。とりわけ他国との外交ではそれぞれの関係性と思惑、国内の情勢に応じて時に協力し時に対立し、絡み合って物語が紡がれる。

複雑な裏事情は、社会に疎いダイの目を通して疑問を浮かび上がらせ、すべてを把握するヒースの説明を受けることで読者にもわかりやすく示されてゆく。
国交を描く物語であるため登場人物は決して少なくないが、ダイの立場から一度に接する範囲が制限され、また印象的なエピソードを伴って登場することでしっかりと印象付けられる。

もちろん、主人公が「化粧師」であるからには、肝心の化粧に関する描写にもしっかりと力が入っている。
私自身は化粧の経験がないため些か具体的なところをイメージしにくく、その演出効果についても判断はしかねるが、それでも色選びや載せ方の丁寧な描写には説得力を感じずにはいられない。
ダイの化粧はどのように女王を彩り、影響力を発揮してゆくのか。是非読んで確かめられたい。

なおビーズログ文庫より書籍化進行中、ガンガンコミックスでコミカライズ進行中。