花井沢町公民館探訪(1):花井沢町はどこにあるのか

「花井沢町公民館便り」は、架空の小さな町に引き起こされた「生物だけを通さない」障壁の暴走事故と、その結果として外界と隔てられた閉鎖社会を描くSFである。

「一生この町に閉じ込められ、決して出られない」ことを除けばごく普通の町である花井沢町。それは一体この日本のどこにある町なのか。

作中の描写を確認する

作中では花井沢町の場所が明らかにされたことはない。そもそも架空の自治体であるから明確にこれと比定することも難しいが、しかし断片的な情報から漠然と位置を想像することはできる。
まず、「町」であるから区政を敷く東京23区や政令指定都市内ではなく、また市制ではない地域に限定される。都内でいえば西多摩郡あたり、もしくは隣接県のどこかということになるだろう。
また作中の描写から、だいたいの距離関係が推定できる。

乗り換えなしで妻の職場へ40分 ぼくの職場へ25分
都心へ出るのも楽ちんな 小さな町です
(3巻 15号)

「ねー 花井沢って行ったことない どんな?」
「えー どんなって フツーだよ フツーの…ベッドタウン?」
「へー うちのまわり高層マンションばっかだよ うちもだけど」
「えーまじで そゆとこ入ったことない うち一軒家」

「花井沢は〜〜一軒家が多いかも〜〜♪」

「家までどんくらいかかんの?」「40分くらいかなー」

「てか花井沢で止まっちゃってるぽくない? あたしの線動いてる」
「他の線とかバスで遠回りして帰れないの?」
「1本しか通ってない」

「全然帰れない感じ?」
「これ動いてなかったら無理」「急行停まんないような小ちゃい町だからさー」
(3巻 19号)

公民館便り19号では、少女たちがカラオケやショッピングに繰り出した先が「花井沢から40分ぐらい」と3巻15号の「妻の職場」と同じぐらいの距離で、「都心へ出るのも楽ちん」。都心というのは大都市圏の中心部を指す語であるから地方大都市について用いることもあろうが、一般には東京都の商業中心部、つまり渋谷・新宿・池袋あたりを指すと考えるべきだろう。作中に方言が見られないことからも地方都市ではなく東京である可能性が高いと言える。
また、ここで言う急行はJRのような急行券を必要とする特別列車の類ではなく、普通乗車券のみで乗れて途中駅を飛ばして停車するタイプの私鉄急行であろう。
以上から、池袋・渋谷・新宿を起点とする私鉄のうち、各駅停車で25〜40分ぐらいの距離にあり、かつ急行停車駅ではない駅のうち23区外、できれば町に所在するものがあれば、そこが花井沢のモデルである可能性が高いのではないかと思われる。
駅間経過時間をおよそ2〜3分程度と見積れば、起点駅から数えて13〜20番目ぐらいの範囲に、高層マンションがなく一軒家の多い「花井沢」駅が存在するだろうと想定される。

都心駅から40分の駅を探す

新宿駅

新宿には複数の新宿駅があり、7本の私鉄が乗り入れている。
そのうち23区内を巡る山手線、東京メトロ丸の内線および都営大江戸線新宿線の4路線については条件に合わない。残る埼京線湘南新宿ライン中央・総武線西武新宿線京王線小田急線の駅をカウントしてゆこう。

西武新宿線

西武新宿線は13〜20駅の間に各駅のみ停車の駅がひとつもない。準急まで許容するならば武蔵関、東伏見西武柳沢の3駅が候補となる。
なお16駅目の田無以遠は急行が各駅に停車するようになるが、所要時間情報で見ると各駅停車で40分の距離にあるのは19駅目の久米川である。

京王線

新宿から数えて13駅目に当たるのは「つつじが丘」。ただしこの駅は急行停車駅である。だとすれば柴崎・国領・布田のいずれかだろうか。
調布駅以降の西調布・飛田給・武蔵野台は快速が、相模原線に分岐した京王多摩川京王よみうりランドは快速および区間急行が停車する区間となる。

小田急

13番目の成城学園前は急行停車駅。各駅のみ停車する駅ならば喜多見および読売ランド前、準急も含むならば狛江および生田も候補になる。

渋谷駅

都区内の東京メトロを除くと東急東横線東急田園都市線京王井の頭線の3私鉄が走っている。

東急東横線

13〜20駅範囲内で各駅のみ停車するのは大倉山・妙蓮寺・白楽・東白楽・反町の5駅。
ただし東横線は横浜へ向かう線であるため、この範囲からであれば渋谷へ向かうより横浜へ向かう方が繁華街へ向かうには適切と思われ、またいずれも横浜市区内であるため、花井沢町の立地条件に合わない。

東急田園都市線

13〜20駅目では江田・市が尾・藤が丘・田奈の4駅が各駅のみ停車する。

京王井の頭線

17駅しかない路線であるため終点の吉祥寺まででも渋谷から40分かからず、また吉祥寺がなかなかの繁華街であることも考えると条件に合わない。

池袋駅

東京メトロの他は西武池袋線東武東上線の2私鉄のみとなる。東京メトロ有楽町線は珍しく区内を出る線であるが、8駅目の和光市以降は東武東上線への乗り入れとなるので今回は考えない。

西武池袋線

13駅以降で準急・通勤準急・快速の止まらない駅はなく、急行が止まらないのは清瀬・秋津のみ。

東武東上線

13〜20駅目のうち柳瀬川・みずほ台・鶴瀬・上福岡・新河岸の5駅が、各駅のみ停車する駅である。

これで「都心から40分」「急行が止まらない」を満たす駅をリストアップできた。次にこれらを地図上にプロットして半径1km円を描いてゆく。これは「鉄道路線が1本しか通っていない小さな町」であることを確認するための作業である。
一見して、新宿からの京王線および渋谷からの田園都市線西武新宿線の新宿寄り側などでは駅間が狭いことが見て取れる。
花井沢町にはあくまで「線路が1系統しかない」のであって「駅がひとつしかない」とは限らないのだが、1巻2話で「1丁目の端っこを横切ってる電車」とあることから市街の中心を抜けてゆく感じではなさそうで、しかも小さな町であることを考え合わせるに、駅ひとつのみである可能性は高そうに思われることから、駅間が1km程度しかない場所は候補地から外しても良いのではないだろうか。
だとすると候補駅はぐっと絞られ、西武池袋線 清瀬駅東武東上線 上福岡および新河岸ぐらいしか該当がない。

花井沢町の場所を確認する

ただ、上でも述べたように花井沢はそもそも架空地名であるから、すべての条件を満たす場所があるからといってそこが即ち花井沢だということにはならないし、逆にこれまでの条件から外れる場所であっても「花井沢のモデル」となっている場所というのは有り得る。
たとえば都内で町政を敷くのは西多摩郡に属する瑞穂町、日の出町、奥多摩町の3町しかないが、このうち山間の奥多摩町は面積的に決して小さくなく、また都心から40分の範囲をかなり離れる。また日の出町には鉄道駅がない。瑞穂町は鉄道が八高線箱根ケ崎駅しかない点で花井沢の特徴に近いが、JRを乗り継いで1時間以上と少々遠く、少なくとも花井沢そのものでは有り得ない。

さて、ここでひとつ気になるのが、西部新宿線 花小金井駅である。
新宿から各駅で17駅目、花と井を含む地名……と条件適合率は高く、また周辺駅からは距離があり孤立している。駅周辺に5階建を越える高い建物はなく、主に一軒家で構成される住宅地である点も、花井沢町の描写と合う(まあこの周辺は大体どこでも似たようなものか知れないが)。ただし特急および通勤急行こそ通過するものの急行は停車する駅であるし、小金井市自体が町ではなく市であり、西武鉄道路線だけで4系統に加えてJRが走る場所であるから自治体としては条件に合っているとは言えない。
だが、それはあくまで花井沢ではない自治体としての話であり、仮にこの辺りに小金井市とは別の自治体として花井沢があったとすれば、かなりそれらしくなるのではないだろうか。

となると、だいたい「瑞穂町を花小金井の位置に持ってきた」ぐらいが、作中の架空地域としての花井沢町のイメージにもっとも近いのではないだろうか。

「都心」駅はどこなのか

3巻19号には、カラオケで夜を明かした女子高生が帰ろうとして鉄道事故で足止めを食らうシーンがあり、ここで花井沢へと向かう鉄道の駅入口が描かれている。
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明らかに「JR」と書かれているので、この駅はJRと私鉄各線の改札が隣接するタイプの駅なのだろうと推測されるが、残念ながらこの入口のモデル駅がどこなのかは判明していない。
今後の検証が待たれる。