異世界ひとりDASH村(ただし本限定)「本好きの下剋上」

「小説家になろう」で大勢を占める異世界転生チートものの中で、ちょっと異彩を放つ作品である。
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特徴的なのは「中世ヨーロッパ風世界であること」「(中身が)現代日本人という設定が描写に生きていること」「チートというより苦労話であること」か。

ファンタジーといえば「中世ヨーロッパ風」と相場が決まっているが、その実ほとんどの国産ファンタジー世界は近世〜近代だ。窓にはガラス、鋼の武具、乗りごこちの良い馬車、陶器の皿、遠洋を航海できる船などは、中世には存在しない*1。領主が領民を支配し、宗教の影響力が極めて強く、その一方ではまだ地方に残る土着信仰も根強い、そんな時代である。
中世初期のイメージなら「ヴィンランド・サガ」、後期だと「ホークウッド」などが参考になるだろう。「チェーザレ」なども中世といえば中世なのだが、ルネサンス期は中世から近世への移行期であり様々な発明・発見が産まれ時代が大きく変わってゆく時代なので、標準的な中世のイメージとは些か異なる。

「本好きの下剋上」は、何をするにも木を削って道具を作り、夜間の明かりは獣脂から作る蝋燭、紙といえば庶民には手の出ない羊皮紙、そんな世界で、かなり前期中世の雰囲気に忠実なようだ。もっとも社会構造については、序盤はごく狭い範囲しか見えていないので実際がどうなのかはよくわからないけれども。

異世界転生というテンプレートにはいくつかの利点があるが、その一つが「読者と同じ現代日本人の感覚で異世界を描写できる」ことだろう。比較校正するための「標準」を読者と主人公が共有していることで、差違を明瞭にすることができる。
たとえば異国の料理を、それを日常的に食べて育った人は「普通の味」としか感じないが、日本人が食べれば「食べ慣れない複雑な味」になり、それが何なのかを分析し、あるいは過去の経験から似た料理を思い浮かべる。
たとえば現代文明から遠く離れた生活を、その地の人は特段苦にするわけでもない「普段通りの暮らし」だが、日本人にとっては耐えかねる気候であったり衛生状態であったり、重労働であったりする。そういった意識の差がありありと描かれており、苦労が想像できる。

タイトルの通り、主人公は本好きで、そして転生先は本が個人では入手どころか見ることも叶わぬ世界。自らの境遇を確認した主人公がまず行なうことは「本を作る……ための紙を用意する」ことだ。現地で、虚弱な子供がどうにか手に入れられる限りの材料だけで、どうにかして紙を作り文字を書こうとする、その様はちょっとDASH村っぽくもある。本好き故に様々な知識があるとは雖も、まさか紙を自作することになるなどとは想像もしていないわけで、その辺りはうろ覚えの知識を元に試行錯誤。エジプトに倣い草の茎からパピルスめいたものが作れないかと考えてみたり、シュメールに倣い粘土板に文字を刻んでみたり……
とか思ってたら、

いつだったか、村作りをしていたアイドルらしくないアイドルがテレビ番組で紙を作っていた。アイドルにできて、わたしにできないはずがない

本編にも書かれてた。
もっとも、流石に道具も材料もすべて手探りで独自開発というのは条件が厳しすぎるようで、途中からは段々、自作の工夫よりも交渉が主体になってゆくようだが、その分だけ人との関わりが増えて面白さは加速する。

チートっぽさはむしろ「(日本人だった頃に)母親のオカンアート趣味に付き合わされた」手芸方面の経験と、そもそも「学習」の経験があることに依っている感がある。言葉で読むよりも図で見るよりも、実際に作ってみる方が理解は早いものだ。

まだ序盤しか読んでいないので今後の展開次第な面はあるけれど、期待を裏切られそうな感じはしない。これなら書籍化も納得できるというもの。

*1:まあひとくちに中世といっても1000年ぐらいあって時代ごとに状況も異なるし、「どこまでを中世とするか」によっても多少違ってはくるが