未だ続く「メルトダウン」発言問題に関して

2011年3月11日に発生した、震災および津波被害による福島第一原発事故について、翌12日に菊池誠氏が放ったこの台詞(およびその後の一連の発言)が、4年経った今でも蒸し返されている。

メルトダウンじゃないだす

基本的には「済んだ話」の筈だが、未だにそう思っていない人は多いようであるので、外野から見た状況をちょっと整理しておこうかと思う。

概要

この後、氏は問題となった発言の翌日以降に「当初の"メルトダウン"という語の認識にズレがあった」ことを認め、また「厳密に定義された語ではなく使用者によって意味の異なる語であるため混乱を招くので使わないことにする」旨発言している。

どういう意味の熔融? 核反応の暴走という意味でのメルトダウンは起きてないし、万が一のために、海水といっしょにホウ酸を注入中だから、大丈夫なのでは? 崩壊熱のほうは海水でいいのではないのかなあ

何をメルトダウンと呼ぶのか、もしかすると人によって違うのかも。僕は核分裂反応が制御できなくなって「暴走して」融けるのがメルトダウンだと思っていたので、その意味では今回のはまっさきに反応を停止させたから違います

僕もそう思ってたけど、使い方に幅があるなら「メルトダウンだ、メルトダウンじゃない」的な話は意味ないか RT @ 結局、炉心溶融って言葉は、崩壊熱で燃料棒が溶けただけでも当てはまるのかな。ニュースではそうしているみたい。私は臨界をともなう溶融の意味で使ってたけど。

(発言引用は当初TwitterのURLを直接埋め込んでいたが、Mention先の発言も引用されることになり「元発言者に迷惑がかかる」との要請に基づき発言内容のみの引用に変更した)

氏の主張するところに沿ってまとめるならば、こういうことになる。

  1. 菊池氏は「制御不能の臨界による炉心溶融」という意味でメルトダウンを否定した
  2. が、世間は「炉心溶融による格納容器外への核燃料曝露」の意味でメルトダウン可能性を問うていた
  3. 従って、間違ったことを言ったわけではないが結果として誤解を与えた
  4. 定義の定まらない語は議論には適さないので今後使わないようにする

とりあえずこれを「菊池説」と呼ぼう。

もちろん、違う見方もできる。

  1. 菊池氏は正確にメルトダウンの意味を知っていたが、当初「格納容器外への核燃料曝露には至らない」と考えたためメルトダウンを否定した
  2. が、その後の情報から発言内容が間違っていたことが明らかになりつつあったため言い訳を探した
  3. その結果「認識が間違っていた」という苦し紛れの嘘をついた
  4. 「その語は不適切だ」と言い続けることで問題をうやむやにしたい

こちらは便宜的に「反菊池説」と呼ぶことにする。

ついでに言えば、一応こういう見方もあり得る。

  1. 菊池氏は最初から正確にメルトダウンの意味を知っていたしそれが発生しつつあることも知っていた
  2. が、政府/東電からメルトダウンの発生を誤魔化すよう密命を受けていたのでこれを否定した
  3. しかし隠し通すことはできず嘘がバレてしまったので工作員であることを隠すために「言葉の認識を間違っていた」と誤魔化した

これは「御用学者説」とでも言うべきか。

論争の主眼

御用学者説はまあ論外として、菊池説も反菊池説もともに「菊池氏の発言が間違っていた」点では一致している。が、その間違いが「語の意味を間違って認識していた」のか「事故原子炉の状況を正しく推測できなかった」のか、については意見が分かれており、結果としてその後の発言についても受け取り方に差が出ている。
前者であれば(当該の語は元々厳密に定義された専門用語ではないので)物理学者としての見識を問われるものではないが、後者ならば(専門分野外とはいえ)見識──というよりも「誠実さ」を問われるところであり、つまりは「識者としての質」に疑問を付すもの、と言える。
要するに、この論争の真の争点は「氏が何を言ったか」ではなく、「原発事故/放射線問題に関する氏の発言を無視してよいどうか」だということだ。

それぞれの妥当性を検証しよう。

発言時の状況と要旨

まず、冒頭に掲げた「問題の」発言は震災翌日の午前5時、まだ「事故があった」以上の情報に乏しく、実際に何が起こったのか誰にも正確なところがわからない段階での発言である。また、そもそも菊池氏は物理学者ではあるが専門は統計力学・計算物理学であり核物理学でもなければ原子力工学者でもなく、専門家よりも推論に正確さを欠いたとしても致し方ない面はあろう。

もちろん、「わからない」状況なのに断定的に「ない」と発言しているのは問題だ、という批判はできる。ただ、そもそも菊池説に従えば問題の焦点は「臨界による溶融」であり、残された燃料棒が再臨界に達する可能性がまずないことはわかっていたため、この観点から見るならば発言は妥当であったと言える。

また、氏の発言ログを見ると12日の午前1時段階で「核反応の暴走という意味でのメルトダウンは起きてない」という発言、午後2時前には「核分裂反応が制御できなくなって「暴走して」融けるのがメルトダウンだと思っていたので、その意味では今回のはまっさきに反応を停止させたから違います」との発言が見て取れる。原子力安全・保安院が炉心溶融の可能性を認めたのは12日の午後2時会見時点であり、それよりも前にこれらの発言を行なっていることから見ても、この時点まで菊池氏はメルトダウンを単なる炉心溶融として捉えていなかったであろうことが伺える。

菊池氏ご本人より誤認について指摘を頂いたので訂正する。冒頭の発言は12日22時過ぎ、保安院炉心溶融の可能性についての発表があった時期より後であるため、氏は「『炉心溶融』が発生している可能性がある」ことについては認識しており、その上で「しかし(再臨界を生じているとは考えられないため)これは炉心溶融ではあってもメルトダウンではない」との判断を見せたことになる。
この時点では、なにしろ政府の側が炉心溶融の可能性を認めているのだから、擁護の意図であれそうでないものであれ、菊池氏には(政府見解を否定する目的で)「メルトダウンではない」と発言するべき理由がない。
以上、上記について事実誤認はあったが、いずれにせよ論旨にさしたる変更はない。


これらは当時の発言ログから確認できる。もちろんこれは現存する記録しか拾えないので仮に氏が一部発言の消去を行なっていたとすれば話が違ってくるが、現在まで「後日の説明は誤魔化しだ」という趣旨の批判はあっても「発言の消去改竄を行なっている」という話はなく、あくまで「氏がメルトダウンという語をどういう意味に捉えていたか」が争点である以上、菊池説を支持する根拠はあるが反菊池説を支持する根拠はないと考えるのが妥当だろう。

念の為、御用学者説についても述べておく。この説は氏が「既にメルトダウンが発生している」ことを知りながら隠したという論旨になっているが、それにしては災害の発生からわずか2日で保安院が発表しており、何の隠蔽にもなっていない。

追記:世間でのメルトダウン定義

本来の趣旨とはややズレるが、菊池氏の(当初の)メルトダウンに対する定義に関して、「そのような主張を他に知らない」(ので菊池氏が言い訳にでっち上げたのではないか、という趣旨かと思われる)というコメントが見られたので、ちょっと「当時、他の人はどう思っていたのか」について調べてみた。

3月16日の、質問サイト上で個人が行なったアンケート事例では、
炉心溶融メルトダウンも同じ意味なのに、というニュース解説を見て初めて同じ意味であると知った」
「チェスで言えばチェックとチェックメイトのように、似ているが意味の違うものと認識されているのでは」
炉心溶融とは、炉心が融けること。問題は何故融けるのか、の違いだと思います。 メルトダウンは、核分裂(核反応)が続いて、暴走状態になって炉心溶融が起きます」
などの見解が見られる。
okwave.jp
時期的には菊池氏の問題が(今後使わない、という形で)収束してからのものだが、文脈を見る限りでは(少なくとも直接的には)これとは関係なく発せられたもののようだ。

あるいは新聞報道によれば
"経済産業省原子力安全・保安院は、燃料棒内部にある焼き固められた燃料が溶けて崩れることを「燃料ペレットの溶融」、溶けた燃料棒が原子炉下部に落ちることを「メルトダウン」とする定義を発表した"と、炉心溶融メルトダウンを区別している。
www.asahi.com

また、そもそも上に挙げた発言のひとつは非公式RTの形で発せられているが、元発言者も「臨界を伴う炉心の溶融を指すと認識していた」ことが伺える。

これらは直接的に「菊池氏の言い分が正しい」ことを示すものではないが、「メルトダウンという語が多義的なものである」こと、当時から「制御不能の臨界による炉心溶融を指す語」という認識が存在していたことを示すものではあり、氏がそういう語として認識していた可能性が少なからずある傍証にはなるのではないかと思われる。