屍者の帝国 用語集III

目次

第一部

II

カタコンベ
地下墓地。元は初期キリスト教に於いてローマからの迫害を逃れる目的で地下に空洞を作り、礼拝や埋葬を行なっていたのが始まりという。
辺獄
死後の世界のうち、「地獄の周辺」をいう。キリスト教の正式な教義には含まれないが、「地獄に墜ちない屍者のいる場所」とされる。
煉獄
死後の世界のうち、「天国に行く前に罪を贖う場所」。地獄と同様に苦しみを受けるが、いずれ罪は赦され天国へ至るという。辺獄と同様、キリスト教では正式にはこれを認めない。
全球通信網
地球全土を繋ぐ通信網構想と思われる。史実でも英国は世界中の植民地を繋いでオール・レッド・ライン(→画像と呼ばれる赤道方向に地球を取り巻く通信網を形成した。
解析機関
チャールズ・バベッジが設計した機械式汎用演算装置、及びその発展型。現代のスーパーコンピュータに相当する装置。IIIで「ロシア帝国の解析装置イヴァン」への言及があるように、各国に類似の装置が存在している。
ケーブル
当時の海底ケーブルは銅線をガッタ・パーチャと呼ばれる、水に強いマレーシア産の天然樹脂で絶縁、周囲を縒り合わせ鋼線で被覆し、更にガッタ・パーチャで覆う構造を取っていた。このガッタ・パーチャの製造は英国が独占しており、20世紀初頭まで通信大国として君臨した。
スエズ
アフリカ大陸とユーラシア大陸を切り離す大運河。古代エジプトからこの地には運河が建設されていたが、水位の低下と共に交通不能となっていた。1958年、フランスのフェルディナン・ド・レセップスが運河の建設許可を取り付け、11年かけて開通。以降、広大なアフリカ大陸を回り込むことなく地中海からインド洋へ抜けることが可能になり、アジア方面への便が一気に改善した。
emeth
ユダヤ教の伝承にある泥製の疑似生命である「ゴーレム」の額に刻まれる文字。真理を意味するが、ゴーレムの破壊時には頭文字を消し「死」の意味に変えれば良いとされる。
サツマ・リベリオン
日本では西南戦争と呼ばれる、最後にして最大の内戦。明治に入り、武士の廃刀及び俸給の廃止を不服とした薩摩藩士らが豊富な軍備を背景に挙兵、討伐に当たった政府軍と激しく争った。
田原坂
西南戦争最大の激戦地。加藤清正は防衛上の必要性から熊本各地の道路をわざと狭隘で見通しの悪い作りにしており、坂上へ陣取った薩軍は熊本へ攻め入る官軍を寄せ付けず、13昼夜に及ぶ激戦の末、万を越す死者を出したといわれる。
アヴェ・ヴェルム・コルプス
聖体賛美歌。キリストの現世受肉を讃える聖体祭に於いて歌われる。
女性のクリーチャ
理由については些か不明瞭ながら、当時のモラルに於いては労働に供されるのはすべて成人男性の屍体であったようだ。
洗礼
入信に際し神の名の元に祝福を与え罪を赦すことを意味するが、これを屍者に行なうというのは、屍者という存在を神が認め祝福すること、あるいはまた幼児洗礼と同様にこれをある種の新たな生と捉えているという解釈ができよう。
倫理規定
女性を屍者として利用することはモラルに反する行為と認識され、国際的にも強く禁止されていたようだ。
智天使
楽園から放逐された人間が再び戻らぬよう門を堅固する、4つの顔を持つ天使。
アンハイムリッヒ
フロイト「不気味なもの」より。「親しみ」を表わすドイツ語「ハイムリッヒ」の否定形が不気味という意味になることを引き、親しみと不気味が観念的に近しいことを表わす。動く人形などの喩えで、「不気味の谷」同様の現象を説明している。

III

フレデリック・ギュスターヴ・バーナビー大尉
1842年ベッドフォード生まれ。近衛騎兵連隊に入隊するが冒険心を抑えられず、一時はタイムズ特派員としてスペインの内戦や英国のスーダン遠征を取材、のち1875年冬からヒヴァ汗国を始めとする、ロシア=アジア境界地域を騎行し手記を著す。
ヒヴァ汗国
17世紀後半から19世紀後半にかけて、かつてのアラル海沿岸に栄えたテュルク系イスラム王朝。本作時点ではロシア帝国保護領、のちウズベキスタン及びトルクメニスタンに分割された。
ヒヴァ騎行
バーナビー大尉の著書。
カラチ
パキスタンに存在する、有数の大都市。当時はインド西岸の重要な港町で、東インド会社がここを支配下に置き、インドまで鉄道を引いて本国への輸出港として活用した。
ラージプータナー
サンスクリットで「王子の地」を意味する語で、中央アジアから侵入してきたエフタルの騎馬民族がラージプート士族としてこの地を治めたことに由来する。インド北西部、現在のラージャスターン州に相当。
パンジャブ
ペルシア語で「5つの水」を意味するパンジュ・アーブを語源とし、インダス川及び4支流に囲まれた肥沃な穀倉地帯。現在はインド及びパキスタンに分割されている。
カリフィスタン
ペシャワールからほぼ真北、独自の宗教を信仰するカラーシャ族が住む谷であり「異教徒の地」を意味する。
ヒンドゥークシュ山脈
インド北西部を囲む山脈。ヒンドゥークシュは「ヒンドゥーの山」あるいは「インド人殺し」を意味するとか。
ペシャワール
ペルシャ語で「高地の砦」を意味する都市で、カイバル峠すぐ近くという地理条件から度々異民族の支配を受けた。記録によれば起源2世紀前後にクシャーナ朝によって建設されたという。
サミュエル・ブラウン将軍
隻腕のペシャワール野戦軍司令官インド大反乱の鎮圧で片手を失いながらも敵軍砲兵陣地を抑え、ヴィクトリア十字勲章を授与。
カイバル峠
ヒンドゥークシュ山脈を越える交通の要衝であり、古来よりインドと中央アジアを繋ぐ結節点として諸勢力が支配権を巡り争った。
パミール
ヒマラヤ、崑崙、カラコルムなど中央アジアの錚々たる大山脈群の結節にあたる、平均標高約5000mの高地。
アード
イスラムの伝承に登場する、「アッラーを信仰しなかった民」。
カシュガル
タクラマカン砂漠西端、シルクロード南路の要所に位置するオアシス都市。
ヤクブ・ベク
清国の支配下にあった東トルキスタン(現新疆ウイグル自治区)の反乱・内乱を統一したムスリムの軍人、支配者。
新疆
清国の西部、チベットの北に位置するテュルク系民族の居住地域。中央アジアの文化圏にありながら度々漢民族の支配をも受けた地域で、19世紀には各地でムスリムによる清への反乱が勃発、ヤクブ・ベクによる統一を経て一度は清からの独立を果たしたが、左宗棠に破れ再併合された。
左宗棠
清朝末期の軍機大臣。太平天国の乱を鎮圧するなど軍功を立て、後に東トルキスタンを統一したヤクブ・ベクを破り新疆を併合。
アレクセイ・フョードロヴィチ・カラマーゾフ
フョードル・ドストエフスキー最後の長編小説「カラマーゾフの兄弟」に登場する、兄弟の三男。真面目な修行僧であるが、師たる長老の死後に還俗。
ロシア皇帝直属官房第三部
皇帝直属の行政機関、第一部は書類及び行政管理を担当、第二部は法務、第三部は諜報機関・秘密警察に相当する。
カーブル川
インダス川の支流のひとつで、ほぼ真西方面に流れアフガニスタンへ至る。
アトック砦
イスラマバードペシャワールの中間に位置する城塞。
防水布
スコットランドの発明家チャールズ・マッキントッシュが開発したゴム引き布。2枚の綿布の間に天然ゴムを挟んだもので、従来の油引き帆布オイルドに比べ高い防水性を持ち、マッキントッシュの名はこの布で仕立てたレインコートの代名詞となった。
ドジソン符号化
恐らくは数学者チャールズ・ドジソン(ルイス・キャロル)の研究をベースとした暗号化方式ではないかと予想される(→参考が、詳細不明につき識者の解説求む。
ベルティヨン・プロファイル
イタリアの犯罪人類学者アルフォンス・ベルティヨン(1853-1914)の研究に基づく、人体及び骨相測定術。いかなる変装によっても骨格を変じることはできない点に着目し、人体の顕著な特徴を、特に骨格に基づいて記す。
スコトプリゴニエフスク
ロシア北西の街。「家畜追込」の意味があるという。
フョードル・カラマーゾフ
カラマーゾフ家長。強欲かつ好色で知られ、女と金を巡って長男と諍いがあったというが、変死体で発見された。
ゾシマ長老
聖人君子と名高い、修道院の長老。アレクセイの師。
ドミートリィ
カラマーゾフ家長男。直情的な退役軍人で、女と金を巡る諍いの末、父親を殺害した容疑がかけられた。
イヴァン
カラマーゾフ家次男。
スメルジャコフ
カラマーゾフ家に仕える使用人。
ペテロ
キリスト最初の弟子、キリストの死後その教えを継いだ者とされ、カトリックに於いては初代教皇と見做される。
ブラヴァツキー夫人
エレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー、各地の宗教や神秘思想をミックスした独自の「神智学」を唱え協会を創設。思想・芸術に様々な影響を与えた。
キュビット
古代メソポタミア発祥とされる長さの単位で、指先から肘までに由来する。ヨーロッパ各地で用いられ、ユダヤ教などでは今日でも宗教用途に用いる。
聖墳墓教会
キリストが処刑されたゴルゴタの丘(とされる場所)に立つ教会。