嫌煙陰謀論

現在の世の中、喫煙が厳しく制限されつつあることに苛立ちを覚える喫煙者の方も多かろうと思う。その一部は嫌煙論をファシズムと同一視するなどの過激な論を展開している。半分ばかりその心境に理解を寄せぬでもないが、大方が単なるヘイトスピーチに堕しているのが実情だ。


一般に喫煙には受動、能動を問わず健康に害があるものと理解されている。これは疫学による研究結果が示すところだが、医療関係者の中にすらその結論を認めぬ者がいる。
疫学とは、医学と社会学の間に位置するような学問である。統計情報を元に病害の因子を探し当てることで被害の拡がりを抑えることを目的とする。
医学と違って、疫学では病原物質を特定しない。あくまで社会学的な知見から「高い割合で患者に共通する地理的/行動的特徴」を見出し、それが非患者にほとんど見られないことを示す形で「何が病を発生させているか」を探る。喫煙と疾患の関係で言えば、煙草に含まれる物質のうち何が原因になっているかは問題ではなく、喫煙という行為、あるいは副流煙への曝露という状況によって、それらの影響を受けない人と較べてどの程度リスクが高まるか、という研究になる。


これはWHOだけでなく国内外でもそれぞれに大規模かつ長期的な調査が行なわれ、非常に高い確度で「喫煙及び副流煙には有意な健康リスクあり」と認められている。
が、煙草業界やタカ派愛煙家には、そうした研究そのものを否定的に見る意見も根強い。それならそれで真っ向から反証研究してみれば良さそうなものだが、そうではなく「研究自体に嫌煙派のバイアスがかかっているので信用ならん」という形で研究すること自体の意義からひっくり返そうという態度である。
論法としては陰謀論のやり口そのままで、「自分に都合の悪いデータしか出て来ないのは嫌煙に反するような研究に圧力が掛かって潰されるからだ」という"陰謀"を主張する、もしくは「疫学では相関しか出ないので因果を証明できない」と"喫煙が危険に見えるのは誤解"を主張するなど。更には「人権侵害」や「他に俺が迷惑を被る行為が認められているのに喫煙が迷惑だと排除されるのはおかしい」などと議論を逸らそうと画策するなどのパターンが散見される。


無論、実際にはそんな圧力をかける団体など存在しない*1。煙草は産業であっても嫌煙は産業にならないからだ。
また相関について言えば、疫学では必ず「疾患Aの患者はBしている可能性が高い」というデータだけでなく「疾患Aでない人の中でBしている人は少ない」というデータも取ることで「従って両者間には単なる相関でなく因果が認められる」ことを立証する。これに対するJTの説明は「そういう傾向があるとしても個別の事例で煙草が原因と言い切れる証拠はない」と非常に苦しい。個別の事例を出して全体を否定しようとするのはトンデモによくある手法だが、そもそも喫煙の害については終始全体傾向の問題であるので、これは何の反論にもなっていないと言える。


喫煙を殊更に「迫害」することを善しとするものではないが、だからといってトンデモ理論で擁護することを容認するものでもない。反論するなら真っ向から、そして全面勝利を求めるのではなく「落とし所」を模索するのが正しい姿勢だろう。

*1:陰謀論では普通、圧力の主体を何らかの利権に置くことが多いが、この件に限って言えば利権を持つのはむしろ愛煙家(を擁護したい煙草産業)の方である。実際、米国では煙草業界が出資して喫煙の無害性を証明するデータを作る研究が行なわれた事例も