ボードゲームカフェの成立要件

「気軽に寄ってボードゲームできるスペースがあればいいのに」とはプレイヤーならば誰しも一度は考えたことがある筈だ。一人では遊びようのないボードゲームは常に対戦相手を必要とするが、余暇の多い学生ならば兎も角、社会人ともなるとなかなかタイミングが合わず遊べなかったりするのは珍しいことではない。私も実際のプレイ機会は年に数回だ。
行けばいつでも対戦相手がいて、持っていないゲームもプレイできる。そんな場所があれば。


ないわけではない。新宿にはゲームスペース柏木という伝説の店があり、ここでは常に誰かしらプレイヤーがいて、常時(常連が持ち込んだ)大量のストックゲームがあり、一人で手ぶらで訪れても存分に遊ぶことができる。
つまり形態として不可能ではないのだが、実態としてほとんど成立していない。これは何故か。
まあ結論から言えば要するにプレイ人口の問題なのだろう。
同じような形態でも雀荘などは(少なくとも往時は)結構な人口を抱えていたから一人で訪れて利用可能なフリー雀荘などというものが実現したが、ボードゲームに於いてそれは容易ではない。これは単一のゲームルールではなく様々なゲームの持ち寄りという形態も影響しているのかも知れない。
結局のところ、柏木という成功例がありながら他にほとんど同様の形態が存在していない理由は「首都圏での需要はほぼ柏木一店が吸い込んでしまい、他地域では採算が合う/利用価値が見出せるほどの合計需要が得られていない」ということなのではないかと見ている。


では、どの程度の需要があれば見合うのだろうか。
「店を維持できるか」という点については、その店の賃料や席料の設定などでも異なってくるだろうから、差し当たり「常に対戦相手がいる店を実現するためには1店あたり何人ぐらいの常連客が必要か」というあたりから考えてみよう。
「一人で訪れてもすぐプレイできる」という要件を満たすには、いつでも席と対戦相手の空きがあることが重要になる。待ち時間は最長でも20分以内が望ましい。
ゲームのプレイ時間は短いもので30分程度から長いもので3時間以上とかなりバラツキがあるが、平均で90分ぐらいのものが一般的だろうか。そうすると、20分づつスタート時間がずれているとして4卓あれば20分以内にはゲームを終える卓が出てくる計算になる。実際にはそう都合良く行くものでもないから、理想的にはその1.5〜2倍、6〜8卓ぐらいだろうか。
ゲームのプレイ人数平均は4人。これは4人を上限/最適人数とするゲームが圧倒的に多数であることが原因だが、かなりパーティ寄りのゲームでもない限りは多くて5人ぐらいでプレイされることが多いと思われる。すると常時24人〜32人ぐらいが店内にいるぐらいが望ましいということになろう。
毎日開店〜閉店まで居座るような剛の者はまず居るまいから、休日でも滞在時間は長くて8時間程度。短かければ……というかそもそも「気軽に訪れてちょっと1〜2戦遊んで帰る」というスタイルを想定しているので、平均滞在時間は3時間程度だろうか。店が12時間オープンだとして4人で全時間に満遍なく1人分ということになるので、30人常駐のためには120人の常連が必要になる。実際には分布は平日夕刻までと開店直後〜閉店間際あたりが手薄になってそれ以外の時間に密集することになりそうだが、まあ需要の方も同じような曲線を描く筈なので大体この人数で1日をカヴァできるということにしようか。
しかし全員が毎日くるということはないだろう。仕事の都合で休日しか来られない人、週一で平日に1日滞在する人、様々なパターンが考えられるが、平均して週あたり一日訪れるのだとすれば全部で7倍、840人の常連が必要になる。
この数字はあくまで計算上のもので、柏木あたりでもこれほどの人数を抱えているとは思えない。記憶の限りではあの店は最大容量で30人程度だった筈だし、常時の滞在となると多分十数人程度ではなかろうか。
逆に言えばこの程度で充分に目的を達成できるのだとすれば、確保すべき常連数は少なくとも半分程度になる。また滞在を3時間として計算しているが、これがもっと長いなら常連はもっと少なくて良い。すると200人程度でも機能し得るのかも知れない。


そんなわけで200人を一応の結論としようか。では、実際に人口密度的にどの程度の範囲で200人が集まるのだろうか。
そもそも日本のボードゲーム人口に関する確たる統計データもないのだが、ボードゲームの大型イヴェントであるゲームマーケットで1000人規模だという。首都圏各所から人が集まるものとして8都県で1000人、1県あたり125人。実際には東京に近いエリアほど人数が多いものとすると、東京200人千葉埼玉神奈川150人、残り4県でそれぞれ80人ぐらいの感覚だろうか。勿論これは来場者数に過ぎずゲーム人口をそのまま表すものではないが、「ある店に集まる見込み客の人数」としてはそれなりに近似できるのではないかと思う。
そうすると東京でもやっと200人が確保できる程度、複数店舗も不可能ではないにせよ商圏が重ならないよう注意せねばならないから、既にある新宿の柏木を避けるならば山手東側エリア、秋葉原あたりが精々だろう。秋葉原には既に(ボードゲームを含む)貸しゲームスペースを持つゲームショップなどが存在しているので、「一人で来ても遊べる」以外の部分については需要を概ね満たしてしまっておりやや厳しい。
あとは精々、大宮・横浜または川崎・千葉あたりに1店舗ぐらいが可能性としてギリギリだろうか。ただ勤務地とも近い東京区内以外のエリアでは平日需要としては弱く、休日以外では所定の機能を満たせそうにもない。むしろ児童生徒・学生向けのプレイスペースとしてカードゲームやTRPGに占領されそうな気もするが、これらはボードゲームと隣接するジャンルながら微妙にプレイヤー層が重ならない存在なので、単純に店舗面積を食い合ってあまり宜しくない。小学生がたむろする店に大人数名で溜まるというのはなかなかやりにくいもので。


……まあつまり、単純にプレイ人口を増やさないとフリーのゲームカフェ的なものは難しいよな、という。