ハンドアウトを代替するなら

まあ一応、ハンドアウト利用の目的別に、「ない方が良い場合」というのを考えてみる。

定義

先にハンドアウトを定義しておかねばならない。単に「事前情報」だとあまりに広義に過ぎ、そもそも論じる意味がなくなってしまうので。
私の言うところのハンドアウトは、

  1. プレイ準備段階で与えられる
  2. 各プレイヤーに違う情報が与えられる
  3. PCを規定する
    • PCの作成/ロールプレイに影響しないものはハンドアウトに含めない
      • 影響といっても様々だが、単にプレイヤーに事前知識を与える*1ためのものではなく、もっと直接的に作成または行動を指示するもの

を想定している(不足を感じたら適宜追記)。

導入忌避の回避

多分、マスタリングツールとして意識的にハンドアウトが規定されたきっかけはこれだったんじゃないかと思うのだが、導入忌避とはつまりPCがGMの用意したシナリオへの関与形態を否定すること。「普通の冒険者症候群」などが知られる。
実際、PCの立場から見ると不自然で意義を感じないような導入パターンが多かった時期があったし、そもそも暗に「PCはダンジョン攻略中毒者」や「PCは善人でお節介焼き」を要求するような構成が破綻するのはまあ致し方ないことであったろう。
この傾向への対処は「PCのテンプレート自体に強い動機を設定する」「プレイヤー全員でお約束ノリを共有する」などの試みを経て、「予め関与理由を与えておく(=従来は導入で処理していたことをプレイ前に済ませる)」という形式に至ったものと思われる。
これへの対処として最も簡単なものは、「PC全員を被命令者の立場に置く」ことだろう。例えば軍隊など組織への所属を前提とする*2とか。
だがまあ正直なところ、導入については「ハンドアウトを使わない方が良い」状況がちょっと思い付かない。強弁しても「自主的に選択したと意識させる」程度か。

能力バランス調整

戦力あるいはシナリオ進行上必須の能力を確保するためにクラスやスキルを規定する例。これは逆に、あまり必要性を感じない。よほど特殊な演出でも考えない限りはスキル指定なんてそうそう必要にならないんじゃないだろうか。余程ヒネたプレイヤーばかりで放っておいたらまともにキャラを作らない、とかいうなら別だが、それは(ハンドアウト否定者が特別に悪い演劇シナリオを仮想敵とするように)穿ち過ぎに思える。
そもそもシナリオ作成の上でボトルネック*3はなるべく避けるべきだし、避けられないなら避けられないなりの終わり方を想定しておくべきだ。
また戦力については事前のちょっとした数値調整で結構対応できる。
とは言え「ハンドアウトがない方が良い」とまで言うほどではないが。精々「(この目的のためには)ハンドアウトを用意する必然性の方が薄い」程度か。

コネ

ハンドアウトでコネを提示するようなゲームの場合、そもそもシステムとしてコネの取得が規定されていることが多いように思う。ならば、プレイヤーの選んだコネをシナリオに関連付けられるように準備しておきさえすれば、こちらから指示する必要はないだろう。また、コネの能力はちょっとした助力や助言程度のものであってシナリオの障害を排除するに必須の能力であるべきではない(前述のように、シナリオにはなるべくボトルネックを作らぬようにすべきだ)。
「ちょっと便利なコネ」としてなら使っても良いが、「シナリオ上重要な人物との接点」となるとPCを誘導し過ぎるように思う。「あっても良いが用法に注意」ぐらいのところ。

群像劇

ハンドアウトによって拡張されて可能となった*4プレイスタイルである。
PCが各々異なる立場からそれぞれの思惑で行動するよう仕向ける手法は、ハンドアウトがあってさえなかなかに困難に思われる:何故なら、まったく異なる行動のすべてをGM一人で管理せねばならないから。
この点に於いて、確かにハンドアウトによる強いシナリオフック設定は心強い。予めPCの方向性を制御し、可能性の枠を絞り込んでおくことで行動予想の難易度を下げ、対応を練り込んでおくことが可能だ。仮にハンドアウトなしにこれをやろうとすると、恐らくは「すべてのクラスについて動きを予想する」とか「もういっそ初期状態だけ与えて成り行きに任せる」ということにならざるを得まい。それはそれで機能させようがあるが、楽なものではない。


ハンドアウトとは異なる方法で群像劇をサポートする方法としてマルチテーブル・セッションなどもあるが、これはマスタリングツール云々というよりコンヴェンション自体の運営方法にまで踏み込む形であり、ここで扱うに適切ではないように思われる。
GM一人でのコントロールを前提とするなら、

  1. 舞台を狭い範囲に制限できるギミック(箱庭式)
  2. 種となるイヴェントの設定
    • 舞台全体に影響を及ぼすような規模で、かつ各PCの思惑が一致しないようなものでなければならない
    • イヴェントを駆動するキーNPCを1〜2人に絞る
      • このNPCは状況変化に応じて瞬時に行動を定めねばならぬので、実質的に「GMの担当するPC」に近い存在とする必要がある
  3. シナリオを、主に時間を軸として区切る
    • PCの動きとは無関係に進行する状況の設定
    • PCの動きにより変化する状況のパターンを想定しフローチャートとメモを用意
    • あとは流れに任せる

まとまらない。

ミステリー系の場合

ハンドアウトがない方が良さそうなシナリオ形式」として想定したものがミステリー。
いやハンドアウトありならありで、無作為配布・開示なしとして各人に犯人や重要人物を任せるのは面白そうだが(ほとんど人狼だな)「GMの用意した謎をPLが解く」タイプでは下手にシナリオフックなど用意しない方が良かろう。実質的に、PC能力=PL能力なので。

*1:クトゥルフ未経験者のために基礎的な神話知識を配っておくとか、軍隊ものをプレイするためにまずFMJを観るとか……それはそれでPC作成やロールプレイにも影響するだろうが

*2:はじめに断ったように、全員に共通して提示される事前情報をハンドアウトの範疇に含めていないので「今回、君たちは全員刑事ね」なんてのは「ハンドアウトを使わない」に分類されるし、そもそも他の立場がないシステムを使う方法もある

*3:排除のための手段が極めて限定される障害。何らかの理由でその手法を利用することが不可能である場合、シナリオが停止する。複数の回避手段を用意しておき、不測の事態に備えるのが望ましい

*4:正確には、群像劇スタイル自体を可能とした変化は「PCが全員仲間ではない」という状態を容認したことであって、ハンドアウトはそれを容易にしたと言う方が適切だろう