知の螺旋は真理に至るか

えーつまり、超古代文明コミュで懐疑的に批判する立場を採ったところ、「超古代文明の存在を否定してはならない」と(事実上)追い出されたわけですが。
うん、まあ「古代文明には宇宙人が関与していたに違いない」「ノアの方舟が発見されたということは、聖書は事実なんだ!やっぱり創造論は正しいんだ!」みたいな段階の人には結構キツい話だったのかとは思う。
(お断り:私はここで「理論的に正しい」知識を上に、誤った知識を下に置いたヒエラルキーを前提として話を進めています)
以前これに関して記事を書いた。→階層的知識コミュニティ - 妄想科學日報
今回のケースに適応して要約すると「ちょっと上の知識程度のユーザとちょっと下程度のユーザとだけ繋がるようにするといいかも」ということになるのだが、ここでひとつ疑問がある:「誤った知識からスタートしたユーザはいつか正しい知識に到達するのだろうか」。
明快なヴェクトルを持った知識体系であれば、下の階層からも正しい到達点は見出せるから努力の方向も安定する。しかしオカルト偽情報入り乱れる分野に於いては努力目標そのものを見誤り易く、下の階層はむしろ誤った知識の深淵に落ち込んでしまうのではなかろうか。
仮令オカルト情報から出立したとて、広く情報を取得し理論的に思考できさえすれば必ずや矛盾のある情報は排除され、そしていつかは正しい知識の園へ上り詰めようもの。しかしそれは、あくまで理論的な判断によってのみ到達し得る境地であり、まずそこを踏み越えられずにいる底辺層では這い上りようもないのかも知れない。
残念なことに、どうやら理論的な思考というのは成長期の訓練によって、もしくは生来の能力によって決まってしまうもののようで*1、長じて尚それを身に付けられずにいる人を救うことはおそらくできない。
知識が不足しているだけ、あるいは誤った知識を掴んでしまっただけならば補いようがある。しかし選択的に正しい知識を拒むものを補う方法はないのだろうと思う。

*1:これは経験による判断であり裏付けはない