iPhone ファームウェア1.1.1騒動とか

iPhoneはガチガチに固めてユーザによるカスタマイズが効かないような作りになっている。それでも(なればこそ)その堅牢なる守りに攻め入らんとする勇者はいるもので、各所でhackが公開され、独自アプリなんかも出回ってきた。
これらすべてが、ファームウェアのアップデートで動かなくなる。それどころか、hackしてあると本体そのものが動作しなくなったりしているようだ。


これは「酷い」んだろうか。
確かに、iPhoneほどガチガチに縛り上げてきた例というのはこれまで類がなかったかも知れない。PSPでもいくつかのスマートフォンでも、ユーザが不便と思う箇所に手を入れて望む環境を作り上げてきたし(そのうちいくつかはメーカとしては歓迎すべからざる状況だったろうが)、結果としてそれらはほぼ黙認/放置されてきた。
そう、「結果として」。
別に公認されていたわけじゃない、お目零し頂いてただけだ。


iPhoneの仕様が公開された時点で、それがサードパーティによるアプリのインストールを赦さず、SIMロック解除もできない代物であることははっきりしていた筈だ。ファームウェアアップデートでの改造箇所初期化についても。
承知の上で買ったのだから、その仕様に文句を言うことはできない。いや、仕様であっても不具合を生じる部分に改善を要求する権利はある。けれど「改造させろ」というのはちょっと変だ。「改造したら動かなくなった、どうしてくれる」というのはもっと変だ。
「改造にはリスクが伴う/自己責任でどうぞ」なんてのは常識以前だと思ったが、どうやらヌルい改造追認方針に慣らされてしまったユーザにとっては<あ「改造できて当たり前/それを妨害する奴は悪」になってしまったらしい。


気に要らないなら買わない。不満が多くてもなおそれを上回る魅力があるなら欠点も甘んじて受け入れる。それが、ユーザに与えられた唯一最大の選択肢じゃなかったのか。