もうすぐ世界は無産主義に向かう

所謂後進国では低賃金による重労働が問題になるが、先進国では失業率の増大による所得の減少が問題になる。
生産性の低い世界では、いくら働いても大した収入を得ることができない。それを賄えるほど市場に余裕がなく、商品需要が低いためだ。
機械化などで労働者一人当たりの生産効率を上げることでこの傾向は改善される*1が、購買層は一定以上に拡大することがないので、生産効率ばかり追求し過ぎると収益拡大の方法が生産量の増加から人件費の削減に移り変わってしまう問題がある。
つまり、競争の方向が新規購買層の開拓から市場シェアの奪取になってしまうことで、1社ごとに見れば成長があっても、市場全体で見ると成長率ゼロに落ち着くことになる。
こうなった社会では既に雇用の需要は枯れており、一握りの能力者以外は必要とされていない。しかし資本主義の基本理念は「働かざるもの喰うべからず」であるので人々は労働を必要とし、需要と供給のバランスがふたたび大きく崩れることになる。


欧米では既にそれを強く認識しており、ために1日8時間週40時間みっちり働くのではなく、例えばその半分の時間だけ働くことで同じ労働量を二人で分け合う「ワークシェアリング」という方式が出てきているし、生活保護や失業保険のような形で有資格者にのみ補償される制度を廃して万人に等しく生活資金を支払い、必要に応じて+αの労働で賄う「ベーシック・インカム」などという考えまで提唱されている。
全員が同じだけ受け取る……それはある意味で共産主義の再来だ。いや、等しい労働を前提とした共産主義に対し、ベーシック・インカムは不労でも生活可能だから、むしろ「無産主義」とすべきか。


無産主義は新たな可能性を拓く。それは例えば、創造的行為の促進だ。
仕事としての創造的行為はこれまでにも存在したが、それらは基本的に(1)自分の感性に基づき自由に創造するが、ほとんど収入にならないか、(2)請け負って確実に収入を得るが、様々な制約を受けるかのどちらかであった。自由に創造したものが収入に結び付くのは、よほど実力があって人気の高いごく一部の人だけである。
従って、1のパターンでは生活のための仕事を別に持たねばならず創造に打ち込めないし、2では自分の感性と異なる要請から不本意創造を強いられる問題がある。
しかし、ベーシック・インカムにより生活が保証されるのであれば、好きなだけ創造に没入することができるし、また自由な創造が可能になるだろう。60年代の未来像にあったような「機械が働き人間が労働義務から開放された世界」に近い理想郷がそこにある。


当然ながら「皆働かなくなって生活に必要な業務まで回らなくなるのでは」といった危惧が出ることと思うが、実際にはベーシック・インカム導入で労働者がいなくなるようなことはなさそうだ。何故なら、それは生活を保証するものではあるが贅沢を保証するものではないから。ちょっと良い暮らしをしようと思えば、何らかの形で追加収入を得なければならない。ただ、その閾が下がり労働時間が短かく済む、或いは自営業の利益目標が少なく済むというだけだ*2
これは副次的に、ネットショップなど売り上げの少ない販売形態の価値を高めることに繋がる。今まではそれだけで食べていこうとするのは困難だったが、生活の保証があるならリターンは小遣い程度でも構わない。
あるいは、いっそ「モノを作って売る」という形態から脱却すべきなのかも知れない。贅沢品とはつまるところ嗜好品で、そのうち半分ほどは音や文字、映像など形のない情報である。これらを売って買う代わりに無償配布し無償で貰うようになれば、お金がなくとも生活はそれなりに潤う。これは著作権の放棄ではなく、著作権に伴う利権の放棄である。


ところで、仮にベーシック・インカムが導入されるとして、実際のところどれぐらいの金額が支給されることになるだろうか。
生活保護の支給額を見る限りでは一人あたり4万円前後+世帯の構成人数に応じて3万程度(例えば4人家族では合計20万程度)+家賃が支給されているようだが、家賃と光熱費、食費を考慮するとまともな生活には一人あたり10万ぐらい必要だろうか?*3それを全国民1億2千万人に等しく支給するのだとすれば総額12兆円/月。日本の国家予算は232兆円だそうだが、そのうち半分以上の144兆円が費されることになる。流石にそれは無理のありすぎる話だ。
これを実現するとすれば必然的に支給以外の所得に対する税率を上げるとか企業に対する大増税といったことを考慮に入れんければなるまい。或いは生活必需インフラを全て国営化して無償とするとか(それでも減少額は精々2〜3割、インフラの運営コストとどちらが安いだろう)。
実現すれば非常に面白そうな制度だが、実際にはかなり難しいものがあるようだ。

*1:大量生産により低コストで商品を投入でき、また労働者の収入増加により購買層が拡大する。世界初の流れ作業体制を確立したフォードが用いた手法である

*2:とは言え、不人気な業種にますます人手が不足することは考えられる。自然な流れとしては、そういう業種ほど賃金を高額に設定し、需要に対し供給の多い人気業種ほど賃金を安く設定することで過不足なく労働力が賄われるようになるのが望ましい

*3:ベーシック・インカムは一切の需給資格を考慮せず全員に等しい金額を支給する方式なので、一人暮らしでも生活可能な金額に設定すると共同生活世帯ではかなり裕福な額になってしまう