水中樹

水中樹、というものを御存知だろうか。その名の通り、水中にて育成する樹木である。


初めてそれを目にしたのは友人との会合の席であった。店の一面が水族館並みの大きな水槽になっており、そこに樹が納まっていたのだ。
樹、とは言っても一見してそれと判る立木の姿ではない。幹はあまり目立たず、ただ生い茂る枝葉と(多分隣室から空気を送り込んでいるのだろう)その間から立ち上る多量の気泡、それに枝の間を抜ける魚の群れ、という幻想的風景の印象しか残っていない。
無論、海藻の様に水中適応した樹木というのがあるわけではなく、半ば無理矢理に水中で育成するのを楽しむという趣味的世界であるようだ。その不自然さ故か、美しいのにどこかしら退廃的な印象を受ける眺めだったのを覚えている。


今日になって、その友人が最近始めたという水中樹を見せて貰った。自宅を改装して専用の水槽と設備一式を整えたらしい。「水中樹にも日光が必要だから、水槽は外にあった方が良いんだが、鑑賞と手入れを考えると自室から見えるようにしたくてね」と、彼は自分の部屋の壁を抜いて据え付けた大きな水槽を指して言った。よくよく金と手のかかる趣味だ。
室内の一角には機械室が作られ、コンプレッサが水槽に空気を送り込んでいる。そして、そのパイプ類の間から真横に突き出した幹。
「水中では土が流れて樹木は根付かないから、根の部分は外に出しておくんだ。それに水槽に魚を入れる場合、植物用の栄養剤は魚には害があるから、分離した方が管理も楽だし」
水中樹用の苗は横向きで育成され、幹が90度曲った状態で出荷されるらしい。なるほど、それで幹が見えずに枝葉ばかりがあるように見えたのか。
退廃的な印象が拭えないのは、本来は生存不可能なはずの環境で無理矢理育てるという行為そのものの不自然さと家すら犠牲にするほどの育成者たちの熱の入れ様、それに仄暗い水中の風景、それら全てが相俟って必然的発せられる雰囲気なのだろう。
水中に沈み巨樹の根に絡め取られたアンコール遺跡が見えるような気がした。


という夢を見たのだが、なにしろ今日で2回目、「水中に樹がある」という不自然さ以外はあまり破綻もない(というか樹の印象ばかり強くて他をあまり覚えていないというか)ものだから、すっかり実在するもののように思っていたのだが、調べてみてもそんなものは出てこなかった。
起きた直後はもう関心空間にも登録する気になった程に信じ込んでいたのだが。