旅に軽量ミニ三脚を

旅行用の三脚を考える。
日帰りや一泊程度の短い旅行であれば三脚なんか必要ない。撮れる範囲で撮れば十分だ。けれど纏まった休暇を得てしっかり旅行するならば、なるべく多くを撮れるようにしたい。もちろん携行するレンズも限られるから本腰入れた撮影は無理でも、三脚のひとつぐらいはあったほうが良いのではないか。
夜景などの撮影用に軽量な伸縮式三脚は用意してあるが、これはあくまで三脚を使った撮影を目的として行動するときのためのものである。比較的小型軽量とはいえ、なるべく身軽にしたい旅行で携行することを前提としてはいない。
旅行用の三脚には、旅先で負担にならないサイズと重量に収まることが求められる。脚は伸びなくていい、カメラを手放しで安定させられれば十分だ。ただ、できれば雲台は自由の利くボールマウント、カメラとの接続は手軽なクイックシューにしたい。

実は、一台でそれをすべて備えた商品が既にある。

ULANZI MT-46

自重
335g
耐荷重
1kg
雲台
ボール
価格
4939円

アルカスイス互換のクイックシュー、ボール雲台を備えた三段伸縮式のミニ三脚。ポールを伸ばせば高さ32.5cmになり、脚を畳んだ状態ではグリップとして自撮り棒などに使える。

これで十分といえば十分だが、もう少し軽くすることは可能だろうか。できれば1万円を超えない範囲で済ませたい。

三脚

まずは軽い三脚を物色する。
以前に軽量三脚を探したときにも実感したが、三脚の重さは安定性とも直結しているので闇雲に軽くすればいいというわけでもない。とはいえ伸縮式の三脚とは異なり低い位置で使うものなら、重心がそう高い位置には来ないので軽くてもそれほど安定性が悪くはないはずだ。
どちらかというと耐荷重のほうが問題になってくる。超軽量の三脚はそもそもポケットサイズのコンデジやアクションカメラ、スマートフォンなどを想定していることが多く、1kg前後のカメラを支える性能がない場合もある。

DJI pocket2 micro tripod

自重
27g
耐荷重
250g?
雲台
なし
価格
3019円

細い金属の脚が開くだけの単純な機構であり、角度調節も何もない。その分だけ軽さとコンパクトさは飛び抜けており、全長わずか7cm、重量27gだという。
ただこれ、耐荷重がわからない。そもそもDJIのジンバルカメラに付属する超小型三脚であり、120gぐらいの小さなものを支える前提であってミラーレスを想定したつくりではないと考えるべきだろう。実際、脚の長さは5cmほどしかないので支えられる範囲も高が知れている。
類似した商品でJOBYのマイクロトライポッド https://amzn.to/3mo0Y9L というものもあるが、これも耐荷重250gということになっており、これもさほど違いはなさそうだ。
とりあえず今回の候補からは外す。

Manfrotto PIXI mini

自重
190g
耐荷重
1kg
雲台
ボール
価格
2864円

ミニ三脚の代表格。球の下に長楕円形の脚が突き出た見た目はちょっとタコっぽいが、要するにボール雲台とグリップを兼ねる脚を最小限にまとめたデザインである。
わずか190gと破格の軽さで、しかも耐荷重1kgと観光時のカメラ/レンズ構成なら十分支えられるだろうスペック。クイックシューはないが、本命といって良いだろう。

ゴリラポッド

自重
197g
耐荷重
1kg
価格
4140円
雲台
ボール雲台付属

言わずと知れたフレキシブル三脚の代表格。脚が曲がるため全長を縮めて収納することも可能で、柵などに巻き付けて固定することもできるので柔軟な運用が可能。反面、安定的に水平を確保するようなことはあまり得意でない。
耐荷重の違いでいくつか種類があるが、これは1kg程度を支えられるもの。

CHIHEISENN

自重
210g
耐荷重
2.5kg?
雲台
ボール
価格
1499円

商品名不詳。マンフロットPIXIのデッドコピーのようだが脚部が伸縮式となっている。耐荷重2.5kgとあるがちょっと信用しにくい……まあ1kgぐらいまでなら大丈夫なのかな……

Velbon M32 mini

自重
218g
耐荷重
1kg
雲台
ボール
価格
2374円

ミニ三脚にありがちな「カメラグリップとしての利用」を想定していないオーソドックスな三脚デザインだが、脚は伸縮しない。マンフロットPIXI miniの方が軽くてコンパクトなので、2割ぐらい安いことぐらいしか利点がない。

Koolehaoda MT-02

自重
360g
耐荷重
10kg
雲台
なし
価格
3980円

全長23cmほどのコンパクトな三段伸縮三脚。ローアングル対応と耐荷重は頼もしいが、雲台を付けると500g近くになってしまうこと、また脚を伸ばしても高さ33cmほどに過ぎず、いささか半端の感は否めない。大型のカメラ/レンズを運用しつつ大型の三脚を使わず軽量化したいときには有効か。

SWFOTO T1A12

自重
387g
耐荷重
5kg
雲台
ボール
価格
7200円

SmallRigのミニ三脚あたりのコピーという感じだろうか。URANZIのMT-46と比較すると高価で重く優位性はないが、SmallRigなどのしっかりしたミニ三脚よりはだいぶ軽い。雲台が水平回転可能で目盛付きなので、水平に振る撮影を想定するならば意義がある。

SLIK MEMOIRE T2

自重
125g
耐荷重
2kg
雲台
なし
価格
2255円

シンプルにただ水平近くまで開くだけのローアングル専用三脚。安価軽量な割に耐荷重が高く、軽量構成には最適だが、雲台もないため価格競争力の点では一歩及ばない。

VANGUARD VESTA TT1

自重
156g
耐荷重
2kg
雲台
ボール
価格
3423円

グリップにもなるローアングル三脚。軽量でボール雲台も付いており、耐荷重も2kgと申し分ない。クイックシューを含めてもURANZI MT-46より少し高い程度に収まるだろう。
Manfrotto PIXI miniと並ぶ本命。

雲台

カメラの向きを変更するための雲台が備わっていない三脚もあるので、軽量な雲台を探しておく。

SLIK SBH-61

自重
48g
耐荷重
1kg
価格
2355円

軽量なボール雲台。耐荷重がもうちょっと欲しいところかも知れないが、これ以上となると(主張の怪しい中国製以外では)どうしても重量が嵩む。

クイックシュー

三脚へカメラを取り付けるために雲台に備わったネジを使うと、つけ外しにちょっと手間がかかる。クイックシューは予め雲台側に台座を、カメラ側にプレートを、ネジ止めしておくことで瞬時に脱着が可能なようにしてくれるアイテムだ。
台形のプレートをネジで挟み込んで止める「アルカスイス」方式がデファクトスタンダードになっているが、これだと「下からネジで止める」代わりに「左右から止める」だけなのでイマイチ着脱が早くない。そこで最近はボタンやレバーひとつで着脱可能なジョイントが作られている。

ULANZI F38

MT-46にも付いているクイックシュー。アルカスイス型準拠のプレートにワンタッチ着脱の構造が追加されたもので、アルカスイス式のクランプを持つ製品に対応しつつF38の台座であれば瞬時の着脱ができる。汎用性を重視するならばこれが良さそうだ。

SmallRig Hawklock3513

小さなプレート下部に爪を持った円柱状の突起があり、これを台座がしっかり挟み込んで止める形式。安定性が高いが、突出部が2cmぐらいあるので若干気になる。

ULANZI F22

非常にコンパクトなクイックシュー。アルカスイス型のF38を小型化したような構造で、前後にスライドして固定する。SmallRigのものと違ってカメラ側のプレートが薄いので邪魔になりにくい。

ULANZI Claw

こちらもULANZIの小型クイックシュー。なぜ複数の規格を作ったのかは謎だが、こちらはF22と違って上から嵌め込む形。リリースボタンをスライドすることでロック可能。

Vlogger クイックリリースクラン

他社のものより台座・プレートともに薄く軽量だが、なぜか台座後端にプレート上端より飛び出た部分があるため取り付け位置によってはカメラ底面と干渉しそうな気がする。

塔の諸島の糸織り乙女

ずっと書籍化されるべきだと思っていた作品がとうとう書籍化されたので紹介する。
kakuyomu.jp

渡来みずね「塔の諸島の糸織り乙女」は、王国辺境の離島で(このあたりではそこそこ裕福な)仕立て屋の子供として生まれてきた少女が、のほほんと数奇な運命に巻き込まれてゆく、のんびりスローライフ転生ファンタジーである。

物語は主人公スサーナさんが6歳にして前世の記憶をなんとなく思い出したりするあたりから始まる。
おおおこれが異世界転生……と早速知識チートなどを試みるものの、この世界はこの世界なりにちゃんと技術文化が発達しており大抵のものは既にあるか、あるいは見当らぬものは環境に合わないから発達しなかった感じであり、ぜんぜんチートできない。
けれど実はチートは転生ではないところにあって──

どうやらこの世界に於いて魔法の権能を振るう血筋である「鳥の民」の血を引くらしい彼女は、そうと知らずに彼らの使う「糸の魔法」を発動させてしまう……のだが、だからといって魔法の力で無双するようになるわけでもなければ、逆に魔法の使い手であることがバレて周囲の扱いが激変するというわけでもない。
相変わらずのほほんとお人好しな彼女は、主に頼みを断り切れなかったり見捨てられなかったりで色々な面倒ごとに巻き込まれ、そのたびに少しづつ人脈を広げ、その立場を変動させてゆくことになる。

……スサーナさんに本当にチートな能力があるとすれば、その天性の人たらし能力かも知れない。

客観的に見れば美少女と言って差し支えない容姿で、その上によく気が回り温和な性格、しかも理知的(まあこれは前世の記憶というアドヴァンテージもあるにせよ)と、好かれるに十分な要素を備えている。ついでに仕立屋の家で修行を積んできたので裁縫ごとも得意で、また食いしん坊な(というか時折迫り来る前世味覚への希求がある)ので調理にも積極的、いわゆる「家庭的な女性」像との一致度も高め。
しかし当人は「この世界では忌まれる」黒髪であることや自身の出生、それ以上に幸福だったとはいえない前世の影響から自身の価値を低く見詰もる傾向があり、それゆえ他人からの好意には極めて鈍い。
……まあ記憶だけは成人であるため、同世代の子を歳相応の相手と見るのは難しいという面もあるのだろうけど。

そういうわけで彼女には複数のハイスペック男の子たちが密かに恋情を寄せている。だけどそれで甘酸っぱい雰囲気になるかというと……彼らの気持ちにはまったく気付かない彼女はそれを単なる親切、もしくは自分以外への情と考えており、みんな「仲の良いお友達」としか思っていない。そのすれ違いぶりにあらあらうふふするのがひとつの楽しさである。

なおスサーナ自身の好意とベクトルがきちんと向き合っているたぶん唯一の男性は、この世界で畏怖の対象とされる長命種「魔術師」の一人にして、彼らを束ねる十二塔の一人、医療を修める「第三塔」の主なのだが、これはこれで「世話の焼ける幼子/家族以外の安心できる保護者」ぐらいの感覚であって恋情とは程遠い。
こちらは冷静で超有能な「保護者」とその庇護下にある小動物の如き幼子、という組み合わせで、これはこれでにっこりできる。



人間関係だけではなく、この世界に対する描写の豊かさも、本作の魅力のひとつだ。

塔の諸島では島の周りの海が雲を呼ぶために初夏になると雨が増える。
 さあっと雨が降っているのを眺めながら、スサーナは中庭を囲む回廊をてちてちと歩いていた。

 中庭に植えられた植物たちは気合を入れてわさわさと成長し、ささやかな林めいて空を遮りだしている。雨の粒が葉を打つ音がちょっとした楽器のようだ。

春と夏の合間、一番気候のいい時期のよく晴れた昼、戸外のあずまや。
 梁に絡むオールドローズは今や満開に花を咲かせ、まるで甘い香りの飛沫を立てる白い清楚な花の滝のようだった。

 木製のベンチに厚くクッションと絨毯を敷いて、白い石の丸テーブルを囲んで上品に座った少女たちが五人。
 彼女らの前にはそれぞれ茶がサーブされ、繊細な白い皿の上にはそれぞれ薄く上品な形にこしらえた、生ハムと塩気のある硬いクリームを挟んだ薄切りの発酵パン。

こんな風に情感たっぷりに描写されてゆく。ちょっと海外の児童文学めいた趣きさえ感じるが、明るい場面だけではなく、時には海賊市のような些か薄暗い社会なども描かれ、楽しい島暮らしだけでは終わらない可能性も示唆される。

特に、しばしばチート可能性を探るスサーナさんの視線は、この世界の文化、とりわけ家業の服飾や当人の興味が強い料理を重点的に描写する傾向がある。
たとえば……

 ほにゃんと顔が緩んでしまう。さくさくとした糖衣の中にたっぷりの果汁がじゅわっと染み出してくる歯切れのいいスポンジのようなものが入っている。
 なんだろう。柑橘の皮かな。スサーナは口の中でもごもごと味を確かめる。
 確かに鼻にすうっと抜ける甘い香りと味は柑橘の精油のものだ。レモンの皮にしては妙にふわふわしっとりして厚いけれど。

これはざぼんのようなアルベドの厚い柑橘を砂糖煮にしたものの描写だが、料理については万事このような感じで読者の食欲を刺激する。
「食べ物が魅力的なファンタジーは名作」と言ったのは誰だったか、たしかに食は文化の基底であり、およそ人間が存在する限りどんな世界であれ通用するだろう分野だから、ここを手厚く描写できる作品は、書き手の中に確りと世界が構築されているのだろう。

書籍はひとまず1〜2巻同時発売、カクヨム版でおよそ60話ほどを収めるが、現在のところ連載は320話ほどまで進んでおり、たっぷり10巻は刊行可能な分量が既にある。続きを楽しみに待ちたい。

はとバスツアー:ムーミン谷と川越散策

バスツアーって経験ないな、ということではとバスのツアーに参加してみた。
どうせはとバスなら二階建バスのツアーを、とも思ったのだけどわりと都内の「知ってる」スポット巡りが多かったので、どうせならまだ行ってないところへ、ということで「ムーミンバレーパーク」ツアーに決定。
1人あたり5000円だが、ムーミンバレーパークのチケット3200円(前売りなら3000円)+併設レストランのビュッフェ1800円込みなので実質的に「交通費分お得」ぐらいの料金設定、しかもコロナ禍の観光補助政策でクーポン券が2000円分付くという。

出発は京橋駅、8時半。

首都高から外環道を通って関越道で飯能へ。順調だと1時間で着いてしまうので開園までの時間調整を兼ね、途中三芳PAで小休止。

ムーミンバレーパークは、埼玉県飯能市にあるダム湖宮沢湖」の畔にある。正確には北欧テーマの総合レジャー施設「メッツァ」(フィンランド語で「森」を意味する)の中に、商業施設群「メッツァビレッジ」とムーミンのテーマパーク「ムーミンバレーパーク」が併設される形である。
metsa-hanno.com

元は立川市あたりに建設する予定だったが、より「北欧」らしい雰囲気を求めた結果としてこの地が選ばれたのだとか。

実際、湖畔にムーミン世界の建物が見え隠れする風景はなかなかの雰囲気。

ところどころに写真スポット的な場所も用意されている。

ムーミンバレーパークは今年で開園3周年であるらしい。

ゲートを通過すると、まずはアンブレラスカイが出迎え。





この日は生憎と小雨のパラつく天気だったけど、雨粒に濡れる傘も悪くない。

園内には作中に登場する建物などが再現され、いくつかは中に入ることもできる。


湖沿いの道を離れ坂を上ると、丘の上にはツリーハウス。

道端や柵の外には、原作に登場したのだろう小物がちらほら。





私はムーミン物語に詳しくないのでよくわからないが、近くに作中の挿絵を描いたプレートがあったりも。

時々、短かいアニメーションを上映する小屋もある。

行き止まりにはスナフキンのテント。小さな焚き火もあり、日が暮れてからの雰囲気が見たかった。

湖畔なので至るところで水面の雰囲気を感じ取れる。


園内に流れる音楽はBOSEの全天候型スピーカーから流れるものだが、鳥の囀りは天然もの。


昼食込み3時間強の行程だったが、撮影しながら一周するだけで時間を使い切ってしまい園内アトラクションを全スルーする羽目に……次に行くときは夜のライトアップも見たいので、ツアーじゃなくここ1箇所だけを目指そう。
どうせなら近場で宿泊できると良いのだが、生憎とそういった施設はないようだ(飯能駅まで出ればビジネスホテルぐらいはあるだろうが)。

飯能を離れ、バスで川越へ。
途中、激しい雨に遭遇。川越の観光が危惧されたものの、到着頃にはもう傘も要らないぐらいの雨足に。

川越は何度か来ているので、今回はまだ行っていなかった氷川神社を目指す。

多数の風鈴を並べた演出で知られる神社だが、今年は市政110周年を記念して風車が並んでいる。

形代流しの小川。

吊灯籠の並ぶ一角も人気のフォトスポットである。

特に何かイベントがあるわけでもないようだが、着物姿の女性も多い。

絵馬を下げる通りや籤を結ぶ場所も。「鯛みくじ」を下げてゆく人もいる。

街中をひと巡りして、バスで再び東京駅へ。


バスで目的地まで行けるのは快適である半面、1箇所で好きなだけ遊べるわけではないのでちょっと気ぜわしくもある。
気になっている観光地の下見には良いかも知れない。

女王の化粧師

「女王の化粧師」は、所謂「主従もの」に分類されるファンタジー小説である。
atrium.flop.jp
女王を戴く小国デルリゲイリアの没落貴族家の一人娘、次代女王候補のひとりマリアージュ。その父亡き後に当主代行として、沈みゆく家をまとめる家宰ヒース。そして「女王の顔を作る」ために雇われた化粧師ダイ。この3人を中心に、女王選、そして国主としての采配を描いてゆく。


かつて大陸を統べた魔法技術の大国が、その技術と共に滅んでのち数十年。デルリゲイリアでは、今しも次代の女王選出の儀式が行なわれようとしていた。
この国では、旧国の聖女に連なる血筋から女王を戴く習わしがある。そのため前女王の退位あるいは崩御に際し、血筋を継ぐ各家から候補となる娘を立て、女王の座を争うのだ。

デイルゲイリアの国土は山脈と海に挟まれ、居住に適した平野は狭い。産出する資源にも乏しいこの国は、昔から芸術を主要な産業としてきた。ゆえに<芸技の小国>と呼ばれる。
そして<芸妓の小国>でもある。娼館もまた、この国の主要な「産業」のひとつだ。
その娼館で、芸妓に化粧を施す「顔師」として腕前を認められたダイはある日、貴族の使いによって呼び出される。女王候補の一人である上級貴族の娘、マリアージュ様専属の化粧師として雇いたいと。
芸技の国の女王候補らは、それぞれに国の産業たる技術を受け継ぐ職人を抱える習わしである。この家は、よりにもよって貴族社会で価値を認められていない「化粧師」を、お抱え職人に定めたのだ。

没落貴族ミズウィーリ家の、賢くもなければ見目麗しくもない、癇癪持ちの我侭な小娘。それに化粧を施し、女王らしい「風格」を与える、それがダイの職分である。
だが、化粧は単に白粉を叩き口紅を塗るだけの作業ではない。体質を知り、体調を管理し、肌を作る。そして当人の造作に合わせて欠点を隠し、美点を引き出す。それだけではない──マリアージュ自身がどのようになりたいか、どのように見られたいか。それを化粧によって実現するのだ。
だが、そのためにはマリアージュについて深く知らねばならない。何を考えるのか。何を望むのか。どのような女王でありたいのか。そうして一介の職人に過ぎなかったダイは、次第に彼女を支える腹心として政治の場に足を踏み入れてゆく……


まずもってキャラクターが魅力的である。
常に先を読み状況を整える、怜悧な敏腕家ヒース。あらゆる人物を、状況を、盤上の駒と為す天性の策略家。平民出で上級貴族家の使用人らとは距離を置くが、同じ平民出のダイにだけは気を許す。
劣等感を抱えながらも折れない強さを持つ女王候補マリアージュ。感情の機微には敏く、本質を鋭く見抜く。初めは物知らずで我侭な暴君だがダイによって環境に変化が生じたことで少しづつ考えを深め、人の上に立つに相応しく開花してゆく。
そして冷静ながらトラブル体質、貴族の常識に染まらぬ我らが視点主人公ダイ。画家であった父ゆずりの観察眼と魔性の娼姫であった母ゆずりの顔立ち、それに心を開かせる話術を持つ無自覚の「人たらし」。
彼らを中心に、敵味方入り乱れて多くの人物らが世界を彩る。彼らにはそれぞれの立場があり思惑があり、単なる冷酷な敵ではないし、絶対の味方でもない。とりわけ他国との外交ではそれぞれの関係性と思惑、国内の情勢に応じて時に協力し時に対立し、絡み合って物語が紡がれる。

複雑な裏事情は、社会に疎いダイの目を通して疑問を浮かび上がらせ、すべてを把握するヒースの説明を受けることで読者にもわかりやすく示されてゆく。
国交を描く物語であるため登場人物は決して少なくないが、ダイの立場から一度に接する範囲が制限され、また印象的なエピソードを伴って登場することでしっかりと印象付けられる。

もちろん、主人公が「化粧師」であるからには、肝心の化粧に関する描写にもしっかりと力が入っている。
私自身は化粧の経験がないため些か具体的なところをイメージしにくく、その演出効果についても判断はしかねるが、それでも色選びや載せ方の丁寧な描写には説得力を感じずにはいられない。
ダイの化粧はどのように女王を彩り、影響力を発揮してゆくのか。是非読んで確かめられたい。

なおビーズログ文庫より書籍化進行中、ガンガンコミックスでコミカライズ進行中。

神田明神夜桜会

先日は昼の桜を撮るのが楽しかったので、今度は夜桜のライトアップを撮りに行くことにした。
都内でもあちこちでライトアップを行なっているが、今日は会社帰りのアクセス性から神田明神のライトアップイベント「NAKED 桜モウデ」を選択。
naked.co.jp

鳥居越しに見える隨神門がライトアップを受けカラフルに輝く。
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隨神門をバックに近隣の植木を撮るだけでも楽しい。
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もちろん門だけでなく境内もライトアップされている。
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さほどの混雑もなく、ゆったり撮影できた。
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LINE登録で借り受けられる提灯は、足元に桜の花を投影してくれる。
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時刻は夜7時、ふたたび門の外へ。
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やはり隨神門と桜の取り合わせは格別。
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王子の桜

この季節、王子駅付近は花見で賑わう。
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駅の南側にある飛鳥山は江戸時代から花見の名所として知られた場所だ。
そこから道を挟んで北側にはちょっとした繁華街があり、一角には落語「王子の狐」にも登場する厚焼き玉子の老舗「扇屋」も。とはいっても料亭としての構は既になく、玉子焼きの売店が残るのみだが。
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駅南口すぐの音無親水公園も、なかなかに風情ある桜の小道として知られる。
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公園そのものは全長150m程度だが、突き当たりはそのまま石神井川に繋がっており、そこから川の両岸に沿って遊歩道が延びている。

公園の出口付近にはコンクリート打放しのマンションが。
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石神井川は川沿いに桜の木が多く植えられており、どこまで歩いても桜が楽しめる。道路沿いの桜だと通行の邪魔になる枝が切り落とされてしまうことが多いが、川面に突き出た枝は伸びやかに水面へと垂れ、花筏で楽しませてくれる。
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駅からのアクセスも良く、散歩道としても気持ち良い一角。カメラ片手に散歩はいかがだろう。
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本好きの下剋上:漫画版は如何にして平行連載となったか

本好きの下剋上は、コミカライズを第一部完結後に第二〜第四部平行連載という変則的な形でリリースしている。第二部以降はいずれも未完であるため間がつながっておらず、原作小説未読だと話が飛んでしまうし、未完状態での同時刊行を知らずに新刊を買うと「新刊かと思ったら違う話だった」ということになりやすく混乱を招きがちだ。
無論そういった問題は出版サイドも重々承知ではあったろうが、それでも敢えてこのような形に至った理由はコミックス第三部I巻の後書に説明されている。曰く、「今までのペースでコミカライズを続けると完結まで約30年かかる」。

実際、第一部のコミカライズは完結までには3年以上かかっている。書籍版は1巻あたりおよそ25話程度を収録しており第一部77話分が3巻で刊行されているが、ということは単純計算で書籍1巻分をコミカライズするのに1年が必要ということになる。
書籍自体が未完だが、Web版の話数を基準にするならば全677話であるから書籍としては全27巻の分量、ということはコミカライズ全話完結までには27年かかる計算である。もちろんこれは単純計算なのであって、実際には文章量と漫画描写量は必ずしも一対一で対応しないし、書籍の巻数自体も当初予定より少々増えており30巻を少し超える見込みなので、やはり30年以上を見込んでおくのが順当に思われる。2015年の連載開始であるから、単純に言えば2045年頃までかかる見通しだ。

さすがにこれは長すぎるということになり、完結期間の短縮を目論んで第二部以降は作画担当者を増やして並行展開となったわけだが、では実際のところ、これによって完結までの期間はどの程度短縮可能なのだろうか。

各部のコミカライズ開始日と最新話の掲載日、消化済みの原作話数を元にざっと計算してみる。

原作話数 最新話 第一話掲載 最新話掲載 連載日数 年あたり消化率
第一部 1〜77話(77) 77話(100%) 2015年10月30日 2019年2月19日 1,208日(3.3年) 23.2話
第二部 78〜172話(95) 128話(53%) 2018年9月24日 2022年03月14日 1,267日(3.5年、完結予想6.5年) 14.7話
第三部 173〜277話(105) 204話(30%) 2018年04月30日 2022年03月10日 1,410日(3.8年、完成予想12.8年) 8.3話
第四部 278〜460話(183) 296話(10%) 2020年12月24日 2022年03月21日 452日(1.2年、完成予想12.3年) 15.3話

なぜこれほど消化が遅いかというと、原作がなにげない日常にすら後々の伏線が張り巡らされた緻密な構成であるために省略可能な箇所がほとんどないからだ。
足掛け3年3ヶ月を費やした鈴華さんの第一部、隅々まで丁寧に描写してゆくスタイルの分だけ進みもゆっくりなのだろうかと思っていたら意外にも結構ハイペースだった。逆に週刊連載経験をお持ちの勝木さんによる第四部は、CG背景などを駆使して作画コストを圧縮する手法を取り入れており、一度の更新ページ数も多いためハイペースな印象があったが、こうして比較すると思ったほど話の進みが早いというわけでもない。もちろん状況の違いもあって一概に比較できるものではなく、速度によって優劣を付ける意図はないのだが、この計算に拠ると第二部の完結時期が2025年中、第三部が2031年頃、第四部が2033年といったところになりそうだ。
すると(更に別の方が担当されるのでない限り)第五部は改めて鈴華さんの作画に戻り、年15話程度の消化率で進むと仮定して14.5年ほどかけて2040年前後の完成に……あれ、もしかして5年ぐらいしか短縮できてない?
というか第一部の年23.2話という(これまでで最速の)ペースを基準としたときでさえ完結が30年がかりだったのであって、年15話だったら45年、年8話だったら……80年以上!それは到底待てないなぁ……