交田稜「ブランクアーカイヴズ」:認知し得ぬ障害の受容

当人の意図とは無関係に周囲の人間に影響を与え、知覚を読み取り、あるいは書き換えてしまう「認知拡張症候群」。しかしその症状は当人だけの知覚による、もしくは逆に全員の知覚を改竄してしまうが故に周囲からの認識が困難で、そのため認知はほとんど広まっていない。そういう症例があることは伝えられていても、漠然としたイメージしかなく、あるいは超能力のようなものと認識しているか、いずれにせよ社会に正しく理解されない。
そんな症状を持ち、社会生活に支障を来している人たちを支援するための社会福祉法人「アーカイヴズ」。その相談員もまた、ACSに悩まされる人たちだ。


まずは公式から1話を読んでいただきたい。
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バットを持った少女は簡素なパーカーにショートパンツ姿で、活動的な人格を伺わせる。しかし髪の毛は整えられておらず、また服は染みだらけで、まともに世話されていないことが想像される。「他者に知覚されない」症状の持ち主であるが故に、親にさえも知覚されていないからだろう。
次の見開きで、ネコは貸し物件のガラスの手前に見えているが、少女は鏡面の向こうにしか描かれていない。つまりヒトは直接視認できないが鏡面反射やカメラ越しにならば見えること、また動物には普通に見えていることがわかる。
そしてインターホンを鳴らした時に、長髪の男性が離れた位置から他人の存在を知覚し思考を読んでいる──これもまたACSの症状だ──様子が示され、それを「便利な能力」としか見ずに利用したがる人物のあること、また少女が「長髪男性以外には知覚されていない」ことなどが丁寧に示される。
いずれも高度に計算された描写で、作品としての完成度の高さが伺える。
この後に発生した出来事を、ACSの特性を活かして解決してゆくことになるが、作品内で示される「支援の必要な障害」という認識をきちんとベースラインに敷き、あくまで「超人」「便利な超能力」的な扱いではなく、「厄介だが付き合ってゆくしかない症状」として取り扱う、非常に真摯な作品であった。

だというのに、本作はわずか2巻で打ち切られてしまった。まだ登場しない職員──証拠はないが他メンバーのACS発症に関与している可能性が匂わされている──の存在や、主要人物の過去にも触れる一幕がありながら、それらが一切描かれることなく。

作品の方向性としては「サトラレ」と似ていると言えるだろうか。あちらは「他人に認識されない」のではなく「自分だけが認識していない」というべきだし、周辺への多大な影響力と当人の国家的利用価値から告知を避ける措置を講じたサトラレに対し、ブランクアーカイヴスは周囲への認知が進まず理解されない様子で、扱いはずいぶん違うが、いずれも「他人の認識に干渉する」ことによる社会的な影響を描く点では一致している。

だが10巻まで続いた後に続編も出たサトラレと異なり、こちらは明らかな打ち切りによる2巻完結である。一体何が両者を分けたのだろうか……

設定にせよ、語られずに終わったエピソードにせよ、あまりに勿体ないのでどこかで続きを描いていただけることを期待している。