ソフトウェア本位時代のカメラ

中国HUAWEIスマートフォンP20が、「カメラ機能の優れたスマホ」として注目を集めている。

デュアルカメラを用いた、視差からの距離情報認識による「一眼レフのようなボケ」加工。しかもピント位置を撮影後に変更可能だ。
ダイナミックレンジの広いモノクロセンサー+色調と解像度に特化したカラーセンサーの合成による、小センサーカメラとは思えない階調表現。
電子補正のみで数秒間のスローシャッターにも耐えてみせる手ブレ補正機能。
そして撮影シーンを自動で判断して最適なセッティングに切り替えるAI認識機能。
もはや「カメラ付きスマホ」どころか下手なデジカメでは太刀打ちできないレベルの写りである。
いや製品のレビューをしようというのではない。それよりも注目したいのは、これらの機能のほとんどが「カメラとしてのハードウェア」ではなく、ソフトウェア処理によってもたらされているという点だ。

カメラは「光を捉える」装置であり、最も重要なのは精密に加工された光学系である。こうした製造技術に於いてはドイツや日本が群を抜いており、今までカメラといえばほとんど日本製、高級品についてはドイツ製……という認識があった。しかしデジカメの到来以降、その常識は通用しなくなりつつある。
デジカメでも光を導く光学系については従来と同じだが、光を捉えるセンサーから先の部分については電子的な処理が大きく影響し、たとえばデジカメに先鞭を付けたのは銀塩カメラメーカーでもなければビデオカメラメーカーですらなく、電子機器メーカーであるカシオだった。

しかし現在のデジカメ市場は、銀塩カメラメーカーが高級機分野を確立し、ふたたび光学機器優位の時代に復権を果たした……かに見える。
その反面、ニーズを開拓した電子機器メーカーはカメラ付きスマートフォンに押されて撤退しつつあり、市場は事実上「レンズ交換式高級カメラ」と「スマートフォン」に二分化されている。そのスマートフォン側の急先鋒こそがHUAWEIというわけだ。

HUAWEI P20は、ハードウェアとして見れば特筆すべき点は少ない。スマートフォンのカメラモジュールとしては大きめのセンサーも、「ライカ」ブランドを冠したレンズも、コンデジとしてはなにも目新しいことはなく、「レンズが2つある」ことですら、今や特筆に値するほど珍しいものではない。
にも関わらず、ありふれた技術の組み合わせが作り出す画は驚くべきものだ。少なくとも、スマートフォンのカメラどころかちょっとした高級コンデジの域をも上回っているように思われる。
この事実が示すのは、つまるところ「光学機器より電子機器、ハードウェアよりソフトウェアの勝利」なのだろうと思われる。

「ドリルを買いにくる客が本当に欲しいのはドリルではなく穴だ」という格言があるが、カメラで言うならば「本当に欲しいのは高機能なカメラではなく写りの良い写真だ」ということになる。もちろん従来より自動露出補正やらオートフォーカスやら「簡単にちゃんと写せる」カメラの開発はずっと続けられてきたのだが、ではそうしたカメラで「良い写真」が簡単に写せたかというと、首を傾げざるを得ない。それはスマートフォン時代にあっても同様で、「写りの良い写真を見せびらかす」欲求の高まりと共に一眼レフやミラーレス需要が喚起されていることからも、これまでのカメラが「写りの良い写真」という需要を満たせていなかったことが伺える。

しかしP20は、ソフトウェアの力で問題を解決にかかった。「撮影者が撮りたいもの」をカメラが認識して最適な撮り方をサポートし、また加工によって「写りの良い写真」に見せるよう補正する。カタログスペックを誇るのではなく、ただ結果を出すことに徹した道具だ。それはまだ発展途上ではあり、「顧客が本当に欲しかったもの」に届かない部分もあるのかも知れないが、それでも一番近い場所にはいる。
これがハードウェアスペックではなくソフトウェアから生み出されているという事実は、今後のカメラが向かうべき方向を端的に示しているのではないだろうか。

そして日本のメーカーは全般に、ソフトウェア開発力が弱い。これは何もカメラに限った話でもないのだが、これまでハードウェアの土俵で勝負してきたメーカーばかりであるためどうしても開発体制がハード偏重であり、結果として「ソフトウェアの発展速度に追い付けなくなっている」ように思われる。

かつて高級カメラの雄として知られたライカは、(現在もまだその地位を失ったわけではないものの)「ライカのブランドを付けた他社のOEM製品を高く売る」メーカーに堕しつつある。光学機器メーカーとしては一流であっても電子機器メーカーとしての力がなかったからだろう。
国内でも、「本格的なカメラ」としての地位を築いてきた一眼レフはついにミラーレスに追い越された。元々が「フィルムが邪魔で撮影像を確認できないので仕方なく」ミラーを付けていたに過ぎず、センサーが捉えた像を直接確認できるデジカメ時代にあっては無用の長物であることは疑いようがない。それでも今日まで生き永らえていたのは単に液晶ディスプレイの性能が追い付いていなかったために光学ファインダーに利があったからでしかなく、並ばれた時点でもう先がないことは明らかといえる。家電メーカーと揶揄されてきた側が伝統あるカメラメーカーを追い落とすのだ。
そして光学機器メーカーとしても電子機器メーカーとしても一流である日本のカメラメーカーは今後、ソフトウェアメーカーとしての弱さによって中国あたりに追い落とされにかかるのかも知れない。10年後、20年後、日本のカメラはまだその地位を保っていられるだろうか?