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日出処の屍者

屍者の帝国 架空

屍者労働社会に於ける目下の問題は、社会の高齢化である。
労働力として重宝されるのは若く壮健な肉体だが、自然死は当然ながら老齢のものが多く、それらは肉体機能が低下した状態で提供される。かといって、若い肉体であっても事故死では肉体の損壊著しくまともに利用できない。
皮肉にも、高齢化すなわち平均余命の上昇をもたらしたのもまた屍者であった。肉体を酷使する長時間単純労働が屍者に置き換わったことにより下級労働者の余命が伸び、また社会全体の経済発展による貧困の減少も生活を改善したのだ。
屍者そのものの利用だけでなく、関連技術の発展もまた社会を変えた。屍者のメンテナンス需要は解剖学・外科医療の発達に繋がり、また肉体の腐敗防止技術は食品の保存だけでなく防疫にも役立った。
つまるところ、死亡率の高さが生み出した潤沢な屍者供給が社会を発展させ、社会の発展が屍者需要を引き上げると共に死亡率を低下させたことになる。

短期間のうちに生じた急激なバランスの変化は様々な歪みを引き起こす。需要の高騰はときにモラルを踏み越えさせるに値するだけの利益をもたらし、「若く損傷のない死体」を得るための毒殺事件や誘拐など陰惨な事件が各国の新聞を賑わせた。警察機構は人手不足に悲鳴を上げたが、こればかりは屍者に任せるわけにも行かない。そこでスコットランド・ヤードは捜査の一部を民間に委託する措置を講じ、これを機に犯罪捜査を行なう私立探偵という業が成立したが、犯罪の解決はともかくとして根本的な原因である屍者向けの死体不足は如何ともし難く、各国は屍者技術の普及が遅れている植民地、たとえばかつて奴隷を買い付けていたアフリカなどから死体を輸入するようになる。奴隷制の横行していた当時そうであったように、現地では輸出可能な死体を調達するための「狩り」なども行なわれたという。

日本では更に事情が異なる。開国後の日本は欧米諸国の生産力に追い付くべく富国強兵を国是としたが、そのためには出生率と共に平均余命も伸ばす必要があり、一方では屍者を増産する必要もあるという矛盾を、初期のうちに抱え込んでしまった。
その上、国内の屍者技術水準は低い。供与されるのは形式の古い輸出型、お雇い外国人技術者も決して腕利きではなく、国内の技術者養成も覚束ない。そんな状況下で必要な屍者素体は、とにもかくにも頑健で長持ちのする死体ということになる。
そんな都合の良い死体が、偶々国内にあったのだ。

京都は大江山の麓。
平安の頃、この地に君臨した三本角の巨鬼、朱点童子。それを討ち果たした一族がいる。
言い伝えによれば、彼らは朱点童子にかけられた呪いにより、幼少のうちに成人へと成長し、僅か数年のうちに死を迎えるのだという。鬼をも討つ力は鬼神の血を引いているためだともいわれるが、事実その肉体は鬼をも討つに相応しい膂力を有し、また死の床にあってなお肉体は若々しく、少なくとも外見的には衰えた様子を見せない。
「我ら一族が身をば、生くる時も死して後も、御国の為に捧げ奉らむ」
もはや討ち果たすべき鬼を持たぬ鬼狩の一族は、そうして生前は帝の守護職を得、死後その遺体を国に納めたという。

余人の十分の一という短期間で供給される頑健な死体は不慣れな技術者の拙い保守にも耐えて経験の蓄積に貢献し、あらゆる点で日本の屍者技術の基礎を支えた。無論、十倍を越える生産量とはいえど供給源の人数規模からして国内のあらゆる需要を支うるような数ではないが、それでも退役させた諸外国供与の旧式屍者を解析に回す余裕を得るには充分なものであった。
また、「大江山の屍者」は卓越した肉体能力がとりわけ軍事用途に最適と見做され、「特屍」と呼んで重宝された。当初は宮城警備などに優先配備されたが、これは「死してなお帝をお護りする」と国民から好意を以て受け入れられ、屍者の印象改善にも大きな効果があったという。
国産屍者が充分に供給され始めると、特屍はその精強さを買われ特別部隊を編成、後に日清戦争で陸戦を制し、日露戦争に於いてもロシアの最新鋭を相手に互角以上の性能を見せた。
この屍兵隊の強さが後年に仇となり、陸軍は対屍戦術/兵器の開発を怠ったままあの泥沼の総力戦へと突入してゆくのだが、それはまた別の話。


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屍者の帝国×俺の屍を越えてゆけ」というネタで一本書いてみた。