読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

劇場版PSYCHO-PASSをネタバレする

劇場版PSYCHO-PASSを観てきた。
結論から言うと、「駄作とまでは言わないにせよ凡作の域を出ない」。

アニメーションのクオリティはとても高い。特に戦闘シーンの描写は、戦術アドヴァイザーを付けているだけあって、密度高く迫力がある。
「シビュラの輸出」という設定は面白い。国内とは異なるディストピアの描写。あくまで法の下で運用されるはずのシビュラを他国の法に適用し得るのか。
あの男の登場。もっとも期待されたであろう要素。
これだけ揃っているのに凡作止まりなのか。違う:「これだけ揃っているから凡作」なのだ。

この映画の見せ場は「咬噛の戦闘シーン」だ。
TV版一期の主要人物中、存命でありながら二期で登場しないただ一人の人物。主人公を導き、物語を導く核となってきた男。その再登場が強く望まれてきたのは間違いない。
冒頭から、物語は咬噛を中心に進む。武装集団の密入国という国防上の重要問題捜査から浮かび上がる咬噛の存在。常守は咬噛逮捕のためにシーアンへ赴く。咬噛と常守を諸共に葬らんとする国家憲兵隊大佐。依頼を受けた傭兵隊長の、咬噛に対する執着。宣言通り、一発殴る宜野座

だが、そこへ唐突に「シビュラの陰謀」が入り込む。
サイコパスは元より「シビュラシステムがすべてを掌握するディストピア」の物語だ。だから常に悪役としてシビュラが立ち現れる。そうでなくてはサイコパスとは言えない。
しかし、そのことが「咬噛」の存在と噛み合わない。
咬噛は既にシビュラの支配下を脱した存在であり、シビュラと直接の敵対関係を持たない。現政権がシビュラの後ろ盾を利用して政治的支配を固めている、という点について間接的な利害があるだけだ。従って「咬噛を描く」物語としての劇場版と「シビュラを描く」物語であるサイコパスが、分離してしまう。

はっきり言おう。サイコパスに、既に咬噛は不要なのだ。
咬噛を出したが故に、刑事ものであるはずのサイコパスが戦闘ものになってしまった。
咬噛を出したが故に、シビュラの存在が軽くなってしまった。
咬噛を出したが故に、二期で立派に主役を務めた常守がふたたび脇役に転じてしまった。

咬噛を出さなければ、この話は「独裁者の立場を利用して権益の及ぶ範囲拡大を目論んだシビュラ」と「シビュラを利用して都合の良い治世を目論んだ軍」を中心とする物語になっていたはずだ。ゲリラの存在も法という観念を軸に「無私の独裁」「力で抗することの是非」あたりが落としどころになっただろう。
しかし咬噛が絡んでくることで話の焦点がぼやけにぼやけ、結果として「キャラ同士の絡み」に重点が置かれた単なるアクション映画になってしまっている。咬噛を追うためだけにシーアンまで赴く常守。咬噛の戦闘シーンを描くためだけに登場し、物語に一切関与しない傭兵団。「咬噛を一発殴る」ためだけに意味もなく駆け付けるに至った宜野座と公安局の面々。そのくせ、本来なら「事件を捜査するうちに浮かび上がる」べき真相、シビュラの陰謀は、脈絡なく傭兵の口から曝露されるお粗末さ。

「シビュラシステムというディストピア内での捜査もの」というサイコパスアイデンティティが、「咬噛を活躍させる」という目的によってすっかり塗り潰されてしまった。あるいはこれが「サイコパスのキャラを流用したスピンアウト」として打ち出された作品ならば納得もするが、サイコパスの看板を掲げておいてこれでは些か幻滅だ。


さて批評はこれぐらいにして、考察なども少々。

常守が輸送機で飛び立つシーン、乗務員が「普通に生きた人を乗せるのは久し振り」というようなことを言う。いつもは精密機器を運ぶから……かと思ったが、それならば「人を乗せるのは」と表現するのが普通だろう。つまりこの台詞は「普通に生きてない」人は乗せた、ということを意味するものと思われる。
物語の展開上、輸送機が運んだと思われる「普通に生きてない」人というのは議長の義体、あるいはシビュラの脳ユニットぐらいのものだろう。どちらであるにせよシビュラシステムの根幹を為す極秘情報のはずだが、それをなぜ輸送機の一乗務員が知っているのか。

冒頭で密入国した武装集団は、侵入のための高度な情報機器を有し、入国ルートや物資の入手にツテを持っていた、と作中で語られている。その一方で、彼らがその目的のために組織された専門集団というわけではないことも明かされる。
実際に彼らを手引きした人物/組織は明示されないが、尋問の結果得られた咬噛の情報は常守に国外での捜査を決意させ、その動きが憲兵隊にボロを出させる役割を担い、最終的にシビュラが介入し粛清を実行する口実となった。ここまでが全てシビュラの計算尽くであったとすれば、手引き自体もシビュラによるものと考えるのが妥当である。
しかし咬噛の関係者から離反者が出ることまではシビュラが介入できるものではない。「脳から掻き出した」情報自体はシビュラならばでっち上げも可能だろうが、それを容疑者に見せての反応まではコントロールしようがなく、虚偽情報では常守に見破られる。
些か偶然頼みの場当たり的な陰謀ではあるまいか。
それならばむしろ、単に「情報が入った」などと常守に咬噛の情報を渡し、国外捜査を命じるだけで充分だったのではないか。なぜわざわざ、国内に不穏分子を引き入れるような真似をしたのか。

また作中、「日本だけがシビュラによる安全と平和を維持している」ような説明があったが、そうすると100年後には欧米諸国も危うい状況下にあるということだろうか。これまで、サイコパスでは(シビュラが国内法を前提としたシステムである関係上)描写が国内に限定されてきたので、これが初めての世界情勢描写であり、情報に乏しい。今後の展開(があるなら)には期待したい。日本から輸出されたシビュラシステムだけでなく、これを真似て構築された独自のディストピアが展開され、それらが相互に接続提携したり、あるいは逆に統治システム同士の衝突が戦争を引き起こしたり……といった展開が想像される。

スタッフロールの後、総選挙で結局現職が当選しているのは結局「何も変わらない」ようにも思えるが、どうあれ選挙を行なう体勢が確立されたこと自体が民主化運動としては成功である。現政権を打倒できるかどうかは今後の政治活動に委ねられ、もはやゲリラ活動の出る幕はない。咬噛はこの後、何をするのか。

ところでアジア方面の話なのになぜ英語で会話しているのか、が気になっていたのだが、すべては「スタッフロールの『字幕』にあの名を乗せるため」だったとすれば説明が付く。流石にクメール語などで会話しては翻訳してもらえないだろうから……まあ単に「英語以外で台詞を書くのが難しい」という都合もあっただろうと思うが。
台詞が妙に日本語からの直訳っぽいベタベタな英語だったのも多分、変に誤訳されたくなかったからではないかと思われる。本編の2時間丸々を前振りに使ったネタの仕込みには大層笑わされた。