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ゲーム時間市場

遊戯

ゲームというのは資金リソースはもちろんのこと、それ以上に時間リソースを占有する行為だ。資金の方は都合を付ければ複数購入も不可能ではないが、プレイ時間ばかりは基本的に同時処理できない。従ってゲームの人気とはそれに割り振られた延べ時間によって決まる。

ゲームをハードウェアの視点で見ると、頻度に於いて最も有利なのは明らかにスマートフォンだ。次いで携行頻度では劣るもののその他の点で遜色ない携帯ゲーム機、大きく間を空けて据置きゲーム機とPCゲーム。
当然ながら売上もそれに比例する。

かつてゲーム市場が据置きを中心に回っていたのは、主として表現力の差によるものだろう。一世代ごとに目覚ましい表現力の進歩を見せる据置き機に対し、携帯ゲーム機はコンパクトさとバッテリの保ちを優先せざるを得ないためどうやっても「一世代前の据置き機程度の能力」しか得られない。先進的でパワフルなゲームは据置き機でリリースされ、携帯機は主に「枯れた」ゲームを主力とした。
しかし、据置き機の進化は徐々に頭打ちになってゆく。いや世代を重ねる毎に確かにカタログスペックは数十倍にも強化され、新たな機能を得てもいるのだが、そうした変化も閾値を越えると体感的にはあまり大きな差をもたらさなくなってくるのだ。

処理能力の強化は歓迎すべき要素ばかりでもない。画像が高精細化すれば、従来と同じ作り方では粗が目立つから高度に作り込まねばならないし、容量が増えれば大作化も求められる。全体として、ゲーム制作のコストは増大の一途を辿っている。先行投資分を回収するためには販売価格を釣り上げ、かつ本数を売らねばならない。そのためには広告費もまた……
その一方で、「一世代前の据置き機程度の能力」を持つ携帯ゲーム機の表現力が閾値を突破しつつある。据置き機に比してコンパクトな開発体勢でコストを抑えつつ、充分なだけの表現力を持つに至った携帯ゲーム機は、今や先進的なゲームが真っ先に投入され得る主戦場だ。それが、端的に販売台数の差として現れている。

面白いのはスマートフォンの立ち位置だ。純粋にゲーム機として見るならば、専用の入力系を持たないスマートフォンは操作性で専用ゲーム機に劣り、コンパクトな筐体で長いバッテリ持続力を求められるため処理性能も控え目だ。そのためパワフルなゲームを遜色なく楽しめる状況にはまだ遠い。しかしゲーム市場としては最も巨大なシェアを占め、時間占有率も最も高い。
これは開発サイドが徹底して「隙間の時間」を狙っていることに原因があると思われる。

スマートフォンゲーム有数の成功事例である「パズドラ」を例に見てみよう。
パズドラの基本的なゲームシステムは「玉を揃えて消す」というものだ。従来、この手のパズルゲームは制限時間を設けて「どれだけ多く消せるか」を竸うような仕組みであることが多かったが、パズドラは「1手番ごとの時間は制限するが、手番間の時間制限を設けない」仕組みを採った。これは「空いた時間でちょっと弄って放置できる」ことを狙った仕様ではないかと思われる。
また、従来からの所謂「ソーシャルゲーム」に多く見られる仕様から「スタミナ制」を引き継いでいる。これは1プレイごとに消費するリソースを時間で回復させるもので、一見するとむしろプレイ頻度を抑える(あるいは枷を嵌めて焦らすことで有料アイテム購入を促す)仕組みに思えるが、実はリソースの消費効率を最適化するために「頻繁に回復度をチェックし、全快状態で放置しない(=自動回復を常に機能させ続ける)ために小まめにプレイする」ことを推奨する仕組みなのではないだろうか。
結果としてパズドラは「閑さえあれば遊ぶ」ゲームとして時間占有率のトップに君臨するに至った。


ただしこれは国内での話、海外ではむしろ据置き機が市場の中心を担っている。この差はなんだろう、と思ったが恐らくは「ゲームに求めるものの差」なんじゃなかろうか。家の外でゲームする/もしくはTVを使わずにゲームすることの需要が少ないとか、グラフィック表現にデフォルメよりもリアルを求める傾向が強く現状の携帯機では閾値を越えたと見做されてないとか、たぶんその辺りが原因なんじゃないかな……