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読書感想文と自由研究

夏休みの宿題にはそれぞれ目的があるが、大半は長期休暇中に学習習慣が途絶しないようにするための反復学習や不規則な生活を戒めるための日課などで構成されている。その中にあって普段はあまり行なわない「夏休みを有意義に活用するための」長期的な宿題が、掲題の2種類であろう。
この2つは単に時間がかかるというだけでなく、「必要な指導が碌に行なわれない」という共通の特徴を持つ。

感想を目的としていない読書感想文

その名から「読んだ本の感想を書く」と認識しがちな課題だが、実際に求められているのは「読んだ本の内容をダシに自分の体験を語る」ことである。主人公と自分の似ている面/似ていない面、ある場面の行動を引き合いに出し「自分にもこういうことがあった/その時自分はこうした」。感想文といいながら、本の感想そっちのけで自分語りをすること、それこそがこの宿題の勝利条件である。
しかし学校でそのように教わるということはまずない。「なんでもいいから思ったことを書きましょう」なんて言われるので「おもしろかったです。」以外に書くことがない、と児童を悩ませることになるのだ。

改善されるべきはまず課題名、そして評価基準の明示。評価の高い作例と、その中にどのような記述がありどの部分をどういった理由で評価したのか、という解説。
……まあこれはこれで「同じような文章を量産してしまう」教条主義に陥ること確実ではあり褒められたものではないのだが、ならば評価基準を変えて真に「本の感想」を問う課題に変える必要がある。

研究の方法を知らない自由研究

ある意味で読書感想文以上の混沌である。研究せよとは言いながらテーマはおろか「研究とは何か」すら教えていないのだから。

一体これはフィールドワークをさせたいのか実験させたいのか、それだけでも既にやるべきことが違う。フィールドワークならば収集したものをどう分類するか考えながら記録する必要があるし、実験ならば仮説と検証プランを立案せねばならない。テーマそのものは個々人に任せるのだとしても、最低限その心構えの指導なくしては何の研究もしようがないというものだ。

然るに学校での教育はおろか、自由研究のための参考書類を見ても、その辺りに触れた本は皆無だ。それどころか大半は「実験という名の遊び」の域を一歩も出ていない。「こういうことをやるとこういう結果になって面白いよ」それは確かに理科分野に興味を持たせるためには必要なことでもあるだろうが、本当に必要なのはそのもっと手前の話なのだ。

上記は自由研究参考書の中では比較的出来が良く、実験の手順だけでなく実際のレポート事例、また発展的研究にまで言及している。が、残念なことに肝心の部分──「仮説を立て検証するための方法を考える」という流れがすっぽり抜け落ちているため、これを読んで実験してみたところで「本の通りにやったら本の通りになった」にしかなりようがない。

たとえば「ガムと一緒にチョコを食べるとガムが溶ける」という実験例では、いきなり油分の多い食品を混ぜて溶け方を見るところから始めてしまっているのだが、そうではなく、まずは「チョコレートの成分がガムを溶かす」という仮説から「チョコレートの成分を調べる→主に砂糖や油脂からできている」という段階を経て「じゃあ成分のうちどれがガムを溶かすのか実験しよう→油や砂糖などを個別にガムと混ぜて様子を観察する」ここで油脂がガムを溶解するという結果を得、その上で発展的に「他にどの食品がガムを溶かしやすいか」という実験に移る、というのが適切な段階というものだろう。