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「異世界食堂」が面白い

異世界食堂。それは「よくあるファンタジー世界」を扱ったWeb小説である。剣も魔法もあり冒険者もいる、そういう世界だ。
ただし、物語の舞台は我々のよく知る現代日本──の、小さな洋食店。

「現代人がファンタジー世界に行く」話はありふれている。「別世界から現代日本にやってきた」ものも、やや少なくなるが珍しいものではない。けれど「異世界からの客が訪れる場所」を描くものはあまりない。

料理の話だ。
物語はこの店で出される料理の描写を中心に描かれる。カレーやピザ、エビフライにハンバーガー、あるいはチョコパフェやクレープ、チーズケーキやクッキーなど、そんな我々には馴染みの深い食べ物ばかりだ。ただし、それらはいずれも異世界から訪れた、「初めてその料理を知る」人々の視点から描かれる。

料理の話だが、描写の半分はそれを食べる者の人となりに割かれている。結果として異世界での暮らしが語られ、それらが少しづつ繋がって異世界の姿を漠然と浮かび上がらせてゆく。
不思議な扉を知ったきっかけは様々。逃げた先で追い詰められて飛び込んだ者、匂いにつられて覗き込んだ者、扉の魔法を感知して調査に訪れた者、そして常連客に同行した者。それぞれに物語があり、料理に元気づけられ、手土産を待つ者へ、あるいは新たな秘密を胸に元の扉へと帰る。

この店が(異界に対して)開かれるのは七日に一度。世界各地にひっそりと、その扉は生じる。店へ入れるのは1回きり、店を出たところで扉は消え、七日後まで訪れる術はない。
様々な場所から様々な客が訪れ、種族も身分も国籍も様々だが、この店の中ではみな等しく客だ。慣例として彼らは互いを好物料理で呼び合い、元の世界での立場を無視して交流する。
店内での横暴は許されない。店長はごく普通のおっさんであり何の力も持たないが、客には武勇で知られた戦士や名のある魔導師、あるいは大国の姫君や高僧なども名を連ねているし、なにより「扉」がそれを許さない。無礼を働いた客は二度とこの店の扉を開くことはできず、それはなによりの罰だ。

現実世界と中近世ファンタジーを結ぶ「異世界モノ」ジャンルではしばしば現実世界の技術知識が異世界に持ち込まれ、それはしばしば奇跡のような効果をもたらすものとして描かれる。この物語も例外ではない。
無論、只の料理である。敵を打ち倒すでもなければ災厄を防ぐでもない、ただ食す者に深い満足を与えるだけの効果しかない。しかし文化の根源を成す食だからこそ、その影響は深く、広い。
ある者は味の再現を試み、ある者は食材を求めて世界を旅し、ある者は店内で見掛けた人物と交流を結び、ある者は「扉」の出現位置を結ぶ街道を開拓し……

店主の腕は確かだが、それはどこの町にでもあるようなごく普通の洋食店だ。けれどその小さな店には、世界が詰まっている。