徹夜問題対策としての「電子コミケ」案

コミケの抱える重大な問題のひとつに「徹夜組」がある。開場に先立ち列を作って入場を待つにあたり、なるべく良いポジションを確保すべく前日から開場周辺に屯する人たちだ。
これは様々な問題を孕む行為で、主催側では常にきつく禁止を申し渡している。具体的な問題に関してはコミックマーケットが抱える問題 - Wikipediaなどに詳しいが、本稿では主に「不正行為なのに有利に扱われる」点に着目したい。

なぜ禁止されていると知りながら徹夜待機するのか。それは、「その方が早く入場できるから」だ。
コミケでは開場前に列を作り誘導に従って粛々と入場するが、この列への並び順は純然たる「早いもの勝ち」である。そのために交通機関の始発で来る人も多いが、徹夜ならばそれに先んじることができる(個別には、距離があるため始発でも早い時間に到着できず、初期競争に負けるなどの事情もあろう)。
一見するとおかしな話だ。不正な参加者の方が正規参加者よりも優遇されるのでは、不正がなくなる筈もない。しかし主催としては徹夜組を冷遇するわけにも行かない事情というものがある。
徹夜はコミケという共同体としての「身内の問題」だけでなく、外部社会との摩擦にかかる問題でもある。野放図に会場周辺を徘徊させるわけにも行かないので、結局敷地内に誘導して制御下に置くことでなんとか黙認される、というのが実情だ。
さてこれを冷遇、たとえば「他の入場者が入り終わるまで外で待機」などとすると、どうなるだろう。まあマトモな反応としては「徹夜をやめる」なのだが、恐らくは「数千人が徹夜列に並ばず会場周辺を徘徊する」結果にしかならないと思われる。つまり、状態が悪化するのだ。

さて、「なんでそこまでして入場順にこだわるか」の話もせねばなるまい。
コミケは「巨大な限定販売会場」だ。ここで扱われる商品は同人誌という性質上、原則として一般市場流通していない。従って「買い逃したら終わり」な代物である。そして同人誌は個人〜少人数のグループで私的に制作する都合上、予算が少ないために印刷部数も決して多くない。更には人気の高い二次創作系などでは「今流行の作品」に乗って制作されるのが通例であるため、旬を過ぎた在庫を残しておきたくない事情もあって「売り切れる程度に刷りたい」面もある。
つまり、「みんなが欲しい同人誌」は「みんなに行き渡るほど用意されていない」のだ。だから順序を争う。
この点には、別の問題も絡む:ひとつは「転売屋」、ひとつは「公式グッズ」。
転売屋は字義通り、同人誌を転売目的で購入する連中だ。品薄でみんな欲しがる商品なのだから、元値より高くても売れる。利益を出すためにはなるべく多く購入する必要があり、まとめて買い漁るから品薄が加速する。
公式グッズは企業ブースの販売する商品だが、一般流通に乗せず「コミケ会場限定」のものも少なくない。企業だから一般サークルよりも予算には余裕があるだろうが、人気は流動的であり需要の予測は困難なため、人気作の場合は需要を満たすだけの量を用意できるとも限らない(実際にごく早い時間での瞬殺事例はいくらもある)。また「限定販売の公式グッズ」は当然ながら格好の転売対象となる。

──つまり、「ここでしか入手できない」から徹夜問題が生じる、ということだ。
じゃあ、事後に入手が確約されれば、徹夜問題は解決する……とまでは言わないとしても、かなり軽減されるのではないだろうか。

コミケでは、各サークルの発行する同人誌を1部づつ見本誌として提出する義務がある。これは「会場前に入場しておける権利を買うだけのダミーサークル」問題や猥褻図画のチェックなどのために行なっているのだが、結果として主催の手元には「ほぼ全サークルの発行物」が残る。
これを、電子化し公開するというのはどうだろうか。コミケ開催後から始まる「電子コミケ」である。
元の同人誌は制作に費用がかかっているのだから、公開は有償であってもいい。そのために電子コミケサーバには決裁処理などを含めた機能を持たせ、手数料を徴収する。「会場でたまたま目に付いた同人誌を買う」楽しみが減衰する代わりに、統計的に「この同人誌をDLした人は他にこんな同人誌も」ができるようになる。

原理的に「完売」がなくなれば、無理して始発や徹夜してまで並ぶ理由の大半が消える。更に転売にも歯止めがかかる。流石にグッズ類まではどうにもならないが、少なくとも規模が縮小はするだろう。
勿論これはコミケの来場者数や発行部数にも多少は影響することになるが、「装丁された物理実体としての同人誌が欲しい」人や、「会場を流しての発見に期待する」人、「コスプレのために行く」人、そもそも「お祭りに参加しに行く」人たちはいなくならないので、そう大きな差は出ないだろう。むしろ大手や企業のための列が縮小され、相対的に小規模サークルへの来客数が増えることになるのではないかと予想される。その上、コミケの存在意義であった「市場流通に乗らない出版物の販売経路」の側面は1都市への集中状況から全国全世界へと広がるわけで、良いことづくめではなかろうか──システムの構築/運営維持の問題以外には。

なおグッズ類の多い企業ブースに関しては、「会場限定販売をやめ市場にも流通してもらうよう申し入れる」もしくは「コミケとは切り離して別開催する」のが妥当かと思う。例えば「本家コミケと同日に隣の館で開催される企業コミケ」の体裁を取り、列も分ける。運営も企業側で設立してもらう、とすればそっちが徹夜列作ろうが何しようがコミケ内の問題ではなくなる。